願いを叶える竜の召喚
学院島の外れ近くにある、島内の電力を管理している送電施設のフェンスの陰。
道長が、夕陽がわずかに差し込むだけの暗がりにしゃがんでいる。
「ここは二八二ページから二八四ページまで、三枚……か」
ジェンカから与えられた作業手順を記したマニュアルノートを参照にしつつ、革装丁の本を開いた。指定されたページを一枚一枚丁寧に破って取り、折り紙のようにページを畳む。
マニュアルノートの手順に従い、三角形を成すよう折ったページを地面に置いた。
そしてその中心に、魔力を込める。
ぼっと折られたページが一瞬で燃え尽き、地面にわずかな煤を残す。
「これでよし、と。次は……港のほうか。少し遠いが、頑張ろう。王女殿下が僕を信用して任せてくれた大切な仕事だからな」
道長は改めて革装丁の本を見やった。革の手触りが、ずいぶんと指に馴染んだ気がする。
道長は、ここと同様の作業を、学院島の様々な場所で繰り返してきた。
三〇〇ページほどあった本のページの残りは、もうわずかだ。
「――願いを叶える、神に等しき古の竜……か」
革に金箔押しで綴られた、ブリタリア以前の異世界古代文字の意味が、それだ。
数日前、ジェンカから受け取った後に、表紙の写真をスマートフォンで撮り、三条院本家が使っている諜報員に送って調べさせ、時間はかかったが意味がわかった。
文字と言語は、この世界の紀元前に使われていた古代ヘブライ文字に似ているらしい。
本文ページも冒頭の数ページの写真を送ってみたが、そちらは違う言語らしく、まだ翻訳の連絡がない。
マニュアルノートには作業の目的が記されていなかった。
全てのページを使い終えたら、ジェンカが再び接触するのを待てと指示されているのみ。
だが、道長とて幼少時から陰陽道と近代ブリタリア式魔法の両方の英才教育を施されてきた秀才だ。
自身の行っている作業が召喚儀式系魔法陣の構成であり、魔法の起動方法も、おおよそ推測がついている。
「願いを叶える竜の召喚魔法か。ルナリアさまは何を願うのだろうか……やはり、次期の王になることに違いない。その時にはきっと僕も、重用してもらえるはず」
竜は、特に東洋に於いて信仰の対象だ。日本でも多くの神社で様々な龍神が祀られ、陰陽道でも四神の一柱として青龍を崇めている。
竜が願いを叶える。それに道長は疑問を持たないが、一つ、失念していることがあった。
この世界の西洋では、竜は悪しき存在として扱われることが多い、と。
多くの災いをもたらした竜が、英雄に討たれる神話や寓話が西洋には幾つもある。
竜殺しの英雄として西洋で名高いベオウルフやジークフリートの名を道長は知らないが、日本神話の代表的な悪龍、八岐大蛇を倒した須佐之男くらいは知っていた。
日本にも、悪しき竜の伝承が存在するのだ。だが道長は、願いを叶えてもらうことばかりに意識が向いてしまい、それを忘れてしまっていた。
竜という存在がおおよそ全て人智を超えたものであり、決して人の手に負える存在ではないいう事実と、共に。
「この役目を果たせば、あのノウ無しなんか用済みだ。僕がルナリアさまのお側付きになれる。そうなれば、千羽くんも僕のことを見直すはずだ、絶対に……
そうだ。何もかもが正しい姿になるはずなんだ。この僕が、あのノウ無しなんかに劣っているはずなどありえない」
光のない瞳の道長が、ぶつぶつと呟く。
よろめきながら立ち上がり、次の作業ポイントに向かい、ふらふらと歩き出した。