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地上にある天国で、事件

 プロジェクト・王女の休日in秋葉原。


 命名、千羽アリス亞梨子。計画の内容はシンプルだ。

 三体のジェンカのうち、二体にルナリアとアリスに化けてもらい、寮の部屋に残らせる。

 紫音の迷彩魔法で警備の目をごまかし、ルナリアを秋葉原に連れて行く。

 漫画やライトノベルを潤沢に扱っているアニメ系専門店を、はしごする。

 買い物をして適当に食事をし、再び迷彩魔法で警備をごまかし寮に帰る。

 ただ、それだけだ。そして計画の半分までは、簡単に事が運んだ。

 とあるアニメ系専門店のフロアの一角。

 茶髪ボブカットに大きめのキャスケット帽を目深に被り、茶系のカラーコンタクトをつけて太い樹脂フレームの眼鏡をかけた少女――

 アリス提供の変装セット一式をフル装備したルナリアが、平台に積まれた新刊ライトノベルの山を前にして、ぱああ、と音さえ聞こえてきそうなくらいに表情を輝かせる。


「天国は、地上にこそあったのですね……ああ……こんなにも、たくさん……こんなにも……あちらも……こちらも……全てが、ライトノベル……! 夢のよう……」


「――ここまで喜ばれると、どん引きするわね。逆に」


 アリスの頬がひくひくする。はは、と紫音がわずかに呆れたように笑った。


「いいじゃないか、これが夢だったらしいしね」


 練の左目の視界で、ふてくされたようにグロリアスがぶつぶつと呟く。


(ラノベよりも俺は漫画のフロアに行きてえ。試し読み本、たくさんありそうだしよ)


 ――またの機会にな。満喫にもそのうち行くから。


(当たり前だっての。ま、今日は我慢してやるよ。俺は大人だしな)


 グロリアスと思念だけで会話を交わし、練は周囲を見やる。

『どこにでもいそうな、ただのとても可愛い女子高生』にアリスの手によって変装したルナリアを、気にしているような客はいないようだ。

 少なくとも、ブリタリア王国第二王女とバレていないのは確実である。ルナリアのそばにはジェンカが迷彩魔法機能で姿を消して付き添っているが、それも気付かれていない。

 練も紫音も、アリスも、目立たないようにありきたりな私服を着てきた。


「とにかく。喜んでもらえたようでよかった」


 アリスが呆れ半分困惑半分の表情で、ルナリアに話しかける。


「喜ぶのはいいけれど、あんまりはしゃぐと目立つのよね。変装したって元が可愛いのは隠しようがないんだから」


 ルームメイトだからか、それとも変に敬語を使うと周りに怪しまれると思っているからか、アリスの口調はかなり気安い。だがルナリアは気にしていないようだ。


「は、はい。すみません、でも、興奮を抑えきれなくて。あああ、どうしましょう……」


 夢見心地という様子で、ルナリア。


「好きにすればいいでしょ、お金持ちなんだし。何ならフロアごと買い占めて、どこか倉庫を借りて預けたら?」


 ルナリアが両手を顔の前でわたわたと左右に振る。


「そんなことなどできません! 私以外の読者さんが困ってしまいます!」


「……買い占められるかどうかは問題にならないってわけね……それはそうと、どうするの?何冊か適当に買って、別のお店に行く?」


「その。ここで買う前に、他のお店も一通り見たいのですが、いいでしょうか」


「何でそんな手間暇かかることをしたいのよ」


「ショップ特典というのがあると噂に聞いたので。何でも、お店ごとに違う特典が用意されているとか……!」


 胸元で両手を拳に固め、ルナリアがアリスに詰め寄った。アリスが面倒くさそうな顔になる。


「そんなのスマホで調べればいいじゃない」


「スマホ、ですか。私は持っていませんが、この世界の人は皆さん、お使いになっていますね。あれは、そういうこともできるのですか?」


「あっちの人は、こっちに来てもすぐに持たないのよね、スマホも携帯も。馴染みがないからしょうがないんだろうけど、ほら、見せてあげるわよ」


 アリスが自分のスマートフォンを取り出し、ルナリアに見せつつ操作を始めた。

 ふむふむとルナリアがアリスの手元を覗き込む。


「お店ごとに、その。ホームページ、ですか……色々な情報が見られるんですね! 凄いです、まるで魔法のよう!」


 ルナリアが子供のように驚き、アリスが笑う。


「今時、そんなことに驚く人なんていないわよ。っていうか、魔法って」


 きゃいきゃいとルナリアとアリスがスマートフォンを見ながらはしゃぐ。

 傍目には仲のよい友人同士にしか見えず、誰かに怪しまれることはなさそうだ。

 だが注意を怠るわけにはいかない。練と紫音はそれとなく周辺を警戒する。


「こんなところで襲われることってあると思うか?」と練。


「行動が知られていなければ、まずありえないはずだけど、ね」と紫音。


「ジェンカたちがバレたりしないか?」


「ドロイドのデコイ機能は、対迷彩魔法を使うか、触って見た目との違いを確かめるしかない。わざわざ王女にそんなことをする不敬な警備員はいないから、心配ないと思うよ」


「そうか。それなら大丈夫か」


(ま、気を抜かないこった。トラブルは、気を抜いた瞬間を狙ったように起こるもんだ)


「――気を抜かずにいくよ」


「それがいいね」と紫音。


そこにアリスが声をかける。


「決まったわ、二人とも。同人誌系ショップも違う特典があるみたいだから、全部の店を回るわよ、片っ端からね」


「全部って。何店くらいだ?」


「一〇店くらいかしら? まだ午前中だし、午後二時くらいには買い物終わるわよ、きっと」


 ずいぶんと大事になっていると練には思えた。アリスがさらに言う。


「ほんとは池袋のほうにあるショップまで足を伸ばしたいと思ったんだけど、それはまたにすることにしたわ。さすがに時間がかかるもの」


「あの。お店の数、少しは減らしても……」


 恐縮したようにルナリア。練は即決で覚悟を決める。


「いえ、全然大丈夫です。気が済むまで今日は付き合います」

「そうだね。次の機会なんていつになるかわからないんだし、僕も付き合うよ」


 と紫音。この時、練は気付いてはいなかった。

 ジェンカが姿を見せられない以上、ルナリアが買ったものを持たされるのが、誰なのか。


    †


「…………久々に思い知った。本は、重い物だと」


 秋葉原駅近くのカフェテリア。時刻は午後の二時をかなり過ぎている。ランチの混み合う時刻が終わったカフェテリアのオープンテラスの席につき、練はようやく荷物を下ろせた。

 文庫本が約三〇冊。ソフトカバーの単行本が約一〇冊。正直、げんなりする重さだった。


(特典が違うからって同じ本を何冊も買うってのが、俺にはわからねぇ……)


 とグロリアス。練は、椅子の左右に置いた様々な店の、色とりどりの紙袋をちらりと見る。

 隣の席に座ったルナリアが、身を小さくした。


「……すみません。つい浮かれてしまって、その……買いすぎました……よね?」


「いいんじゃないの」ルナリアとは逆の隣の席で、アリス。続けて、

「読む用、保存用、布教用。限定版に通常版、特典違いで何冊も買えば、出版社も作者も大喜びよ、きっとね。決して無駄使いじゃないわ」


 練の向かいの席で紫音が頷く。


「そうだね。誰かがお金を使えば、そのお金が誰かの元に入る。その誰かがそのお金を使えば、また誰かが豊かになる。散財は経済を回す基本中の基本だよ、いいことさ」


「そうそう。けちけちするほうが罪なのよ!」


 アリスが楽しげに言い、練に顔を向ける。


「と、いうわけだから。このカフェでもお金を使いましょ。練、メニューは任せるから皆の分までお昼ご飯を買ってきてくれない? 学院のカフェと一緒で、中のカウンターでセルフサービスみたいだから、ここ。はい、お金」


 満面の笑みと共に、五千円札をアリスが練に差し出した。断るわけないよね、という顔だ。


(行くしかねえって感じだな)


「わかった。何でもいいんだな?」


「ええ、何でもいいわよ。ドリンクは紅茶系で、フードはサンドイッチ系ね、野菜多めの」


「何でもよくないじゃないか、それ」


「くっくっくっ。女の言う何でもいいを言葉通りに受け取ってたら、モテないわよ?」


 ドヤ顔でアリス。ルナリアが不思議そうな顔をする。


「そうなのですか?」


「僕も千羽さんに同意見かな。男には包容力はもちろんのこと、洞察力もないとね」


 言って、紫音が練を見やる。


「大変だねぇ、男の子って」


(そういうコイツも女なんだよな。ハーレムじゃねえか、練よ)


 グロリアスがニヤニヤとする。練は無視を決め込み、紙幣を受け取って席を立つ。


「全員、ドリンクは紅茶系でサンドイッチのセットを買ってくる。それでいいな?」


「つまんないけど妥当な判断ね。それじゃお願い」


 アリスがひらひらと手を振り、ルナリアがぺこりと頭を下げる。


「姿を消したジェンカにお使いさせるわけにもいきませんし、お手数をおかけします」


「僕も行くよ。一人でトレイ四つを持つのはさすがに無理だからね」


 紫音も席を立った。「助かる」と練は紫音と連れだってカフェの店内に向かう。

 ピークタイムは過ぎているが、まだ店内は客が多い。注文カウンターにも数人、注文待ちで並んでいる。紫音が店内を見回した。


「ちょっとだけかかりそうだね、練」


「ランチタイムは終わってるけど、これからティータイムだからな。仕方な――」


 ぞくっと練は背筋に寒気を覚えた。


「この感覚。まさか……」


(ああ。どこかでクソ野郎が、でかい魔力を使おうとしてやがる!)


 三年前。練は、アカデミー入学式のあのテロ事件の寸前に、似たような気配を察知した。

 入学式会場の外でルナリアと遭遇したのは偶然だったが、攻撃魔法が放たれる前に発動を感じ取ったのは偶然ではない。だからこそルナリアを守ることができたのだ。

 練は即座に身を翻し、オープンテラスへと走った。

 真正面。魔力の高まりを確かに感じる。遠く離れたビルの屋上付近。ちらりと魔法記述光跡と思しき輝きが見えたが、距離がありすぎて魔法の構成が読み取れない。


(これじゃ魔力還元ができねえぞ、おい!)


 練の魔法効果(アンチマジック)魔力還元魔法(カウンタースペル)には、わかりやすい欠点が一つだけある。

 無効化する魔法の構成か効果がわからなければ、魔力を還元するための魔法記述光跡が構築できないのだ。つまり、魔法が成立しない。

 今回のように遠方からの攻撃に対処するのは極めて難しいのだ。

 練は即座に判断した。今ここでルナリアを守れるのは一人しかいない。


「ジェンカ、防げッ!! 正面、攻撃がくる!!」


「あい、サー!」


 迷彩魔法を解除したジェンカが、ルナリアの隣に出現した。

 ジェンカがためらわずにテーブルに跳び乗り、両手を前に掲げる。

 掲げた掌の前。円形の魔法記述光跡が三層、重なって出現した。防御魔法だ。


「何なのよ、練!」


「まさか、これは!」


 アリスとルナリアの叫びが重なると同時に、遠方のビルでちかっと光が瞬いた。

 直後。飛来した光弾がジェンカの防御魔法を直撃し、一瞬で三層の防御魔法を粉砕し。

 小規模の爆発が起こり、ジェンカの右腕が肩まで砕け散る。

 金属にも陶磁器にも見えるジェンカの腕の破片が宙に散らばり、反動でジェンカがテーブルの上から吹っ飛ばされた。

 ジェンカがルナリアにぶつからないよう宙で身を捻り、反転してルナリアの後ろにしゃがんだ姿勢で降りる。


 ジェンカが防がなければ、確実にルナリアが命を落としていた一撃だった。

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