表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/74

俺が王女のためにできること

 暗殺未遂事件のあった次の朝。ホームルーム前の教室は、その噂で持ちきりだった。

 教室の一角に数人の女子が集まり、話をしている。


「ルナリアさま、暗殺されそうになったってほんと?」

「ほんとっぽいよ。お兄ちゃんが大学にいるんだけど、カフェでその事件を見たって」

「王女殿下、本国に戻されるって噂だよね」


 自分の席についている練は、右隣を見た。ルナリアの席だが、まだ登校していない。


「来ないわよ、王女なら」


 左の席でアリスの声。練はそちらを見やる。


「千羽さん、ルームメイトだったな。王女殿下は寮か?」


「そ。ジェンカの他にも護衛をつけて、ね。学院島全域の安全が一通り確認できるまで、寮に軟禁状態。今、警備部を総動員して学院島中を大捜査中よ」


「昨日のようなトラップを探しているのか。簡単に見つかるものなのか?」


(見つかるものは見つかるし、見つからねえものは見つからねえ。そんなもんだ)


「見つかるのもあれば、見つからないのもあるんじゃない? そんなものよ」


「一通り捜査した時点で、とりあえず安全と見なすだけということか」


「そゆこと。でなきゃ王女、いつまで経っても部屋でラノベ読む生活になっちゃうわよ」


「……ラノベ? 王女殿下、そういうのを読むのか?」


「物語全般が好きみたいよ? 前にも少し話したと思うけど、ブリタリアって芸術面でこの世界に劣っているのよね。寓話や童話、神話は普通にあるんだけど、そういうのって子供向けばっかりなわけ。こっちの漫画とか、あっちじゃ貴族階級の娯楽になってたりするのよ」


(漫画、面白いからな! おい練、何時になったら満喫に連れて行ってくれるんだよ、俺、続きが読みたい漫画があるって言ったろうが!)


 グロリアスが左目の視界で、じたばたと暴れる。あまりのうっとうしさに練はつい声を出す。


「わかってるって」


「へえ。あんまり知られてないことなのに、知ってるんだ。ふぅん」


 アリスは自分の言葉への反応のように受け取ったらしい。

 しまったと思いつつ、練は話の流れに乗る。


「聞いたことがあるくらいだ。そうか、それでラノベなのか」


「私がラノベしか持ってなかったからだけどね。でも一般向けより面白いみたい。姫が身分違いの従者の男と恋に落ちるような話、夢中になって読んでるし」


(ぷ)と噴き出すグロリアス。

(まったベタな話が好みだな、ルナリアの奴。まあ自分が姫だし主人公に感情移入しやすいんだろうがよ)


「夢中になって、か。気が紛れるなら何よりだ」


「どうなんだろうね。確かに昨日の事件までは毎晩、夜更かしまでして読んでたけど。今朝は本、逆さまに持っていたわよ。死んだ目で」


「気が紛れてないんじゃないか、それは。命を狙われたんだ、ショックは当然だと思うが」


「ショックなのはそれじゃないわね、たぶん」


(だな。暗殺されかけたことをいつまでも引きずりはしないだろ、あの姫は)


「……どういうことだ?」


 練が首を傾げた時だった。道長が教室後ろのドアから入ってきた。


「やあ黒陽、おはよう。いい朝だな」


 ざわっと教室中がにわかに騒々しくなる。


「あの三条院が黒陽に挨拶……だと」

「しかも笑顔だぜ、笑顔」

「ついに認めたのかな、黒陽くんのこと」

「ありえねー」

「怖」


 道長が練をノウ無しと嘲り、徹底的に嫌っているのは有名だ。

 その道長が笑顔で練に挨拶をした。誰の目にも奇異に映って当然だ。

 アリスが、これ以上疑わしいものはないと言いたげに半眼になる。


「……何たくらんでるのよ、三条院」


「僕がどうして何かを企てなければならない? そんな必要、ないだろう。何せ、将来を約束された三条院家の次期党首なのだから」


 ニヤニヤしつつ道長。アリスの顔が軽く引き攣る。


「……キモ」


「ふん。好きに言えばいい。ちゃんと僕の価値は、理解できる人には理解できているようだからな。せいぜい千羽くんは黒陽とつるんでいればいいさ」


「あんた。朝から喧嘩売ってんの?」


「別に。そう言えば黒陽、聞いたぞ。何でも課外授業、中止になるそうじゃないか。まあ昨日のようなテロが起きた以上、仕方がないことだろうがな」


 言うだけ言って、道長は自分の席へと去って行った。練はアリスに目を戻す。


「中止って。千羽さんは聞いているか?」


「……王女のルームメイトだもの。そか、練はまだ知らなかったんだ」


「そうだったのか、残念だ……せっかく、まともなレベルの魔法が学べると思ったんだが――あ、そうか。王女殿下が落胆しているのは、もしかして」


「たぶんね」

(たぶんな)


 ――暗殺未遂が起きたせいで、学院長の課外授業が中止になったのを気に病んでいるのか。

 ――課外授業を望んだ俺の責任じゃないか、それなら。

 ――俺が王女殿下に、何かしてやれることはないだろうか。


(おまえまで思い詰めるこたあ、ねえと思うんだがよ。ま、おまえはそういう奴だったな)


 楽しそうに、グロリアス。

 練はこの日。授業は上の空で、ルナリアを励ますにはどうしたらいいか、考え続けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ