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陰陽道のエリート御曹司といきなり決闘!

 晴れ渡る青い空。わずかに潮の香りを含んだ春風に、桜の花びらが舞い踊る。

 東京湾に浮かぶ巨大な人工島の一角とは思えない土のグラウンドに、人影は一つもなかった。


 国立魔法技術学院高等部の校門に立ち、練は真顔でぼそりと呟く。


「入学式。三年前みたいに、テロの類は起きなかったみたいだな」


(めったにねえって、あんなの。今はブリタリアの貴人の来賓、招かねえって話だしよ)


 天候がよければ入学式は外で行われる予定だった。


 二百メートルトラックのあるグラウンドの奥、入学式に使われたらしい朝礼台の後ろ。

 旗の掲揚台。三本のポールには、学院旗、日本国旗、ブリタリア王国旗の三種類の旗が翻っている。

 晴天のもと。入学式は滞りなく行われ、そしてとっくの昔に終わったらしい。

 今は校舎で、各クラスごとにオリエンテーションをしているはずである。


(おまえ、何組だっけ)


「一年A組。校舎一階、昇降口近くの教室のはずだ」


 練はグラウンドを横切って校舎に向かおうと歩き出した。

 グラウンドの半ばを過ぎた辺りで、練は校舎の窓から自分に向けられた視線に気がついた。

 何だ、と校舎を改めて見やる。視線は一つ二つではない。


 窓際の席にいる生徒の大半が、こちらを見ていると思えるような状況だった。


 あれ、黒陽練じゃないのか。不意に、そんな声が校舎のほうから聞こえてきた。


(手でも振り返してやれよ、有名人)


 と、グロリアス。練は、む、と眉間に皺を寄せた。


 三年前のブリタリア第二王女暗殺未遂事件において、身を挺してルナリアをかばった勇敢で優秀な生徒だと、練は当時マスコミに騒がれた。

 その事件で魔力を蓄積できないノウ無しになった練には、思い出したくもない出来事だ。


 ルナリアの命の恩人ということで、練はブリタリア王国から多額の恩賞をもらっている。

 かなりの贅沢をしても一生遊んで暮らせる金額だが、金で魔力は買えない。

 それどころか、練は恩賞であまりいい思いをしていない。


 恩賞の話はマスコミに報道されなかったが、どこから流出したのか、うさんくさいところからまっとうなところまで、様々な慈善団体が練に寄付を迫り、ただただ迷惑を被った。

 のみならず、練の身元を引き受けてくれている叔母夫婦にまで迷惑をかけた。


 ルナリアなんか助けなければよかった。


 練がたまに考えてしまうほど、あの事件は人生に多大な影響を与えている――悪い意味で。

 魔法技術学院高等部に編入すれば、多くの奇異の目に晒されることは、予想できたことだ。


 だから、興味本位の目でどれだけ見られようが、動揺することはない。

 ただ少し、鬱陶しいと思うだけだ。


 練は視線を無視し、正面にある昇降口へと足を進める。


 校舎に近づくたび、男女入り交じった無遠慮な声がさらに聞こえてきた。


「やっぱり黒陽練だよな、あれ」

「新入生がいきなり大遅刻かよ」

「案外可愛いかも」

「大金持ちってマジか」

「何億も持ってるんでしょ」

「目つきよくなさそう」


(やっぱり手ぐらい振ってやったらどうだ。減るもんじゃなし)


「俺のプライドが減る」


 ぼそっと呟き、練はちらりとだけ校舎を見上げ、目を昇降口に戻した。


「練くん! 黒陽練くん!」


 金髪の若い女が、昇降口から練を呼びながら現れた。


 タイトスカートにフォーマルなジャケットという服装。胸が規格外にボリュームたっぷりのため、ブラウスのボタンがはじけ飛びそうになっている。

 褐色の瞳が印象的な、美人というよりは可愛らしいその顔立ちを、練はよく知っていた。


「ご無沙汰してます、シャーリー先生」


 シャーリー・ギルバート。


 アカデミー開校前の準備教育を受けるに相応しい素質のある子供としてブリタリア王国の機関に見いだされた練の元家庭教師で、ブリタリア人魔法使い。

 今年から、この高等部一年A組の担任として教鞭を執ることになったのを練は知っていた。


 シャーリーが練の前に立ち、にこりと笑む。


「はい、お久しぶり。三年ぶりですね、お元気そうで何より――って! 初日から大遅刻って、事故にあったかと思って心配しましたよ、ほんとうに! いったいどうしたんです?」


「寝坊しました」


 練は表情一つ変えずに事実だけを口にした。寝坊の理由をあれこれ説明する気はない。


「寝坊ですか。そう言えば一人暮らしでしたね、練くんは。仕方ありませんね、そういうこともあるでしょう」


 あっさりとシャーリーが納得した。


 シャーリーは余計なことをあれこれ詮索しない性格だ。

 家庭教師時代にも、小学生高学年の時にはもう一人暮らしをしていた練は、その性格でずいぶんと助かった。

 グロリアスのこと以外にも、練には詮索されたくない事情が幾つかあるからだ。


「それじゃあ練く――いえ、黒陽くん。とにかく教室に行きましょう」

「はい、先生」


 くるりと身を翻したシャーリーに練は続こうとした。すぐに足を止める。


「あら?」とシャーリーもすぐに立ち止まった。

 昇降口に男子生徒が一人、姿を見せている。


「三条院くん、どうして君がそこに?」


「ちょっと、元神童を見てみようと思いましてね」


 三条院と呼ばれた生徒が、どこか気取った調子の声で答えた。

 整った顔にかかる長めの髪を綺麗な細い指で払う仕草が、すらりとした細身の長身と相まって、妙に芝居がかって見える。


(三条院って、あの陰陽道の三条院か?)


 グロリアスが生徒の名に興味を示した。三条院家は、陰陽道を伝える名家の一つだ。

 二〇年前、ブリタリア王国が存在する異世界と次元の穴でつながることで、この世界で不活性だった魔力が活性化し、その影響で、この世界にも魔力蓄積霊的構造を持つ人間が生まれるようになった。

 だがそれ以前にも、この世界でも様々な法術、魔術は存在していた。

 西洋の魔術、錬金術。大陸の方術。日本の陰陽道など。他にも様々な体系がある。

 それぞれの流派が独自に不活性状態の魔力を活用する方法を生み出し、術式体系を発展させてきたが、術式の習得に必要な才能は、特異かつ希少である。

 扱えるものが少ない技術は文明の主流になり得ず、この世界では科学技術が発展するに従い、魔術の類のほとんどは、歴史の裏に埋もれていった。


(この学院にいるってことは、その陰陽道の三条院だよな! そりゃあいい!)


 グロリアスは、ブリタリア王国では『近代魔法技術体系の祖』と呼ばれる伝説的存在だ。

 魂のみの存在となった今でも新しい魔法技術を日々考える根っからの魔法オタクであり、この世界独自の術式にも興味を持っているが、この世界では魔法、魔術などマイナーにもほどがあるジャンルだ。満足な研究など望むべくもない。

 その伝承者である三条院の人間を目の前にして、グロリアスが興奮するのは当然である。


(おいそこのガキ、俺に陰陽道を教えやがれ! なんちゃらニョリツリョーってアレだ、基本なんざいらねえぞ、さくっと奥義を――)


 騒ぐグロリアス。その姿は練の左目だけに見え、声は左耳のみに響き、他人にはわからない。

 グロリアスの声にいらついている練に向かって、三条院の少年が挨拶する。


「僕は三条院道長。次期三条院当主になる予定だ。初めまして、元神童」


 少年――道長が笑顔で練に手を差し伸べた。元神童、という言葉に若干の嘲りの色があったが、練は気付かない。


(おい練、さっさとソイツから陰陽道のレクチャーを受けろ! まずは式神の――)


「うるさい、黙ってろ」


 きつめに練は、グロリアスに文句を付けた。

 道長の表情が強ばり、口元の愛想笑いが引き攣る。


「うるさい、だって? 三条院の、この僕に!?」


 練は道長が何故に不快感を顔に出しているのか、わからなかった。


(おまえ。今の、声に出してたぜ?)


 と、他人事のようにグロリアス。ああそれでか、と練は納得した。


「あ、いや。今のはおまえに言ったんじゃない」


 道長の顔がさらに引き攣った。口元のみならず、目尻も吊り上がる。


「……おまえ、だって? この僕を、おまえ呼ばわりだと! 貴様、何様のつもりだッ!!」


「何様って。おまえと同じ、ただの高等部の新入生だが」


 練は真顔で答えた。道長が引き攣った顔を片手で押さえ、二歩三歩、よろよろと後ずさる。


「僕と同じ――……この、ノウ無しと、僕が、同じ――だと」


 顔から手を放し、道長がその手を邪魔者を払うように、右から左へと大きく振った。


「いいだろう、ノウ無し! 同じだというなら証明してもらおうか、今、ここで!」


 道長の怒鳴り声に、シャーリーがおろおろとする。

「お、落ち着いてください、三条院くん。練くんも悪気があって言ってるわけじゃ」

 練は状況がわからずに小首を傾げた。それがますます道長の怒りを煽る。


「他人事のような顔をするな、僕を侮辱しておいて! 実力を見せて貰うぞ! 決闘だ!!」


(おー。決闘ったあ古風だな。嫌いじゃないぜ、そういうの)


 無責任なグロリアスの言葉に、練はいらっとした。思わずまたも声が出る。


「だから黙ってろって」


「また言った! また言ったな、貴様!! もう許さない、絶対にだ!!」


 道長が激昂する。シャーリーがますますおろおろとする。


「で、ですから。練くんもそんな煽るようなことを言っちゃ駄目ですよお。三条院くんはプライドばっかり高い子なんですからあ」


 んな、と道長が絶句した。


「せ、先生まで、そういう目で、僕を――」


「ああ! べ、別にそんなつもりで言ったんじゃないですよ! プライド、いいじゃないですか! 先生みたいにへこへこするばかりの人生よりは、よっぽど、孤高って感じで、ほら!」


 うろたえるシャーリーが、支離滅裂なことを言い出した。

 何だか収拾がつきそうもないな。練が他人事のようにそう思った時だった。

 三人の傍ら。地面に直径一メートルほどの円が、光の線で描かれた。

 円の内側に光の線が緻密な幾何学模様を描き、さらに文字が綴られていく。

 魔力で描かれる光の線――魔法記述光跡(スペルライン)で描かれていく複雑な魔法の構成を、練はあっさりと読み解いた。


「転移の魔法陣か」


(転移ったら、かなりの高等魔法だ。ここの講師じゃ無理だな、最低でも宮廷仕えクラスだ)


 魔法学の講師レベルでも使えない転移魔法。高位の魔法使いが現れるという証拠だ。

 魔法陣の中に小柄な人影が不鮮明に浮かび上がった。

 カッとまばゆく魔法陣が発光し、一瞬、練たちの視界を奪う。

 視界が戻った後。魔法陣が消えた場所に、黒い豪奢なドレス姿の幼女が立っていた。

 鴉の濡れ羽色という表現がはまる、結い上げられた漆黒の長い髪。対照的に透き通るような白い肌。

 重さが余裕で1トンはありそうな真紅の巨大な鉄槌を、幼女は片手で軽そうに担いでいる。

 赤みがかった眼を愉快そうに細めたその幼女が、凹凸のまったくない胸を張り、偉そうな口調で告げる。


「その決闘、儂が許可する。さあ存分に殺し合え、死んでも儂が蘇生してやるから安心しろ」


「あ、安心しろじゃありません、学院長っ」


 シャーリーがあたふたと幼女に近づいた。

「学院長?」ぼそりと練は口の中だけで呟いた。

 国立魔法技術学院の学院長は、中等部、高等部、大学、大学院を通して一人のみ。


 マリー・ゴールド・ハンマー=ブリタリア。


 ブリタリア王国の王族の一人である。四つの血族が存在するブリタリア王族の中では序列が四位と末席だが、王族に恥じぬ高位の魔法使いを多く輩出している。

 その中でもマリーは、ブリタリア史上屈指の魔法使い(ブラックアーティスト)という噂だ。

 練は声に出さずに、念じてグロリアスに問う。

 ――高位の魔法使いの中には自分の肉体年齢さえも自在に変えられるそうだが、あれはありなのか?


(ハンマー家のマリーと言えば実年齢が二百歳とも三百歳とも噂される魔女だからな、もう見た目なんざ本人の好みだけだろ)


 ――年齢は噂にすぎないが、そうか。

 ――学院長に相応しい実力者なんだな。納得した。


 練は観察するような目をマリーに向けた。その視線にマリーがすぐ気付く。


「ん? どうした、小僧。儂の容姿が好みにストライクだったりするのかの?」


「いえ、俺は別にロリコンじゃないので」


「そうか。ならば好みの年齢を言うがよい。好きな姿になってやってもいいぞ、この決闘に勝ったならな」


「いえ。特にそういう希望もありません。別に決闘もしたくないですし」


「何だ。つまんない奴だな。からかいがいがない」


「僕を無視して話を進めないでもらおうか、ノウ無しふぜいが!!」


 道長が怒鳴った。マリーが、にぃと笑みを浮かべる。


「そうだな。おぬし抜きで話を進めてはならぬな。それじゃさっさと決闘を始めるがよい。主賓の到着も遅れておるでな、入学式のおまけとしてはいい余興だろ」


「それこそ俺の意志を無視して勝手に――」


 練は抗議しようとしたが、道長は聞く耳を持たないらしい。

 道長がブレザーの懐から紙細工を取り出し、声を張る。


「疾く来たりて敵を討て! 朱雀が眷属、群雀! 急急如律令!」


 道長が手にしたのは、掌ほどの大きさの折り紙で作られた小鳥だった。


 命令に反応し、折り紙が一瞬、光の線を纏う。魔法記述光跡だ。

 ぼっと折り紙が燃え上がり、無数の小さな火球に変化する。


(おー。呪符の中身がバレないよう、折り紙にしてあるのか。いい工夫だ、今度真似するか)


 のんきにグロリアスが道長の技に感心した。


「沸点の低い奴だな。俺は決闘になんか付き合う気がないというのに」


(そりゃま、おまえはノウ無しだしな。攻撃魔法の撃ち合いなんざできねえし、どうする?)


「行け!!」


 道長の命令で、小さな火球が一斉に練に向かって飛び始めた。


 一つ一つはライターの火程度の小さなものだが感じられる魔力は小さくない。当たればそれなりにダメージを受けそうだ。


 練はすぐさま身を翻して横に駆け出した。

 火球の群れが空中で弧を描き、追ってくる。

 速度は火球群のほうが練よりも速い。走って逃げるのは無理らしい。

 練は冷静に、道長の使った魔法について考える。


 ――陰陽道の式の一種か、あれは。

 ――起動の際に魔法記述光跡が出たということは、近代ブリタリア式魔法の応用のはず。

 ――となると。読み取れた通りの性能だ。使用魔力はせいぜい二〇。大したことないな。


「無効化する」


 練は足を止めてしゃがみ込み、グラウンドの土を片手で引っ掻いた。


 土は硬いが、それでもいくらかは土が手に収まる。その土を、練は飛来する火球群に投げつけた。


「なにっ」


 道長が驚きの声を上げた、その直後。


 パパパパパパンッと火球が一斉に爆ぜ、空中に火の花を咲かせた。

 派手な花火のようだ。


(火球が物に当たれば爆ぜるってわかったのか、練?)


「術が発動する際に、魔法記述光跡の構成が見えたからな。読めるさ」


 練と道長を値踏みするように見ている、二階と三階の上級生たちが感想を口に出す。


「元神童があっさり三条院の術を破ったぜ」

「さすがにまぐれだろ」

「うっわ、けっこうえげつねえ術じゃねえか、今の」

「直撃すれば火傷じゃすまないよねえ」


 そうした声を意に介さず、練は振り返る。


 魔法を破られた道長が、親の仇でも見るような目を練に向けていた。

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