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喪失の日 黒陽練はこうしてノウ無しになった

お世話になります、藤原健市と申します!

ノウ無し転生王の双界制覇(ブラックアーツ)のWEB連載版、始めました!


「もうよいのです! 逃げてください、このままでは貴方が!」


 黒陽練の背後で、白い礼装姿の少女が悲壮な叫びを上げた。


「私の暗殺に、貴方まで巻き込まれることはありません!」


 白銀の髪を振り乱し、サファイアのような蒼空の色の瞳に涙さえ浮かべて訴える少女の名は、ルナリア・ソード=ブリタリア。

 魔法文明が発達した異世界にあるブリタリア王国からの、賓客だ。


 練は、掲げた両手の先に展開した八層構造魔法障壁の維持に意識を集中しつつ、淡々と返す。


「逃げる? それは無理です」


 一二歳という年齢に相応しくない落ち着いた声。練は、決してうろたえない。


 おまえには才能がある。

 よって、どんな時でも決してうろたえるな。

 それが『王の資格を持つもの』の有り様だ。


 己の中に住まう古の魔法使い(ブラックアーティスト)に、幼い頃からそう言い聞かせられてきた故に。


 どれほど絶望的な状況であろうとも、練はうろたえない。


 現代兵器では再現不可能な遠距離熱閃光砲撃魔法の直撃を受け、魔法障壁が保てなくなったその瞬間に、背後の異世界の王女もろとも消し炭と化す状況だとしても。


 練は決してうろたえることはなく、ただ平坦な口調で事実を告げる。


「今さら魔法障壁の解除なんてできません。解除した瞬間に、俺も王女殿下も消し飛ぶから」


「それならもっと障壁を絞ってください、私のことなど構わずに!」


 ルナリアの言う通り、障壁の展開範囲を狭めれば維持可能時間は延びる。

 もっとも。今の練にしてみれば、少しばかり時間が延びようがあまり意味はない。


 全身の倦怠感。風邪で発熱した時のような喉の渇き、目のかすみ。そして頭痛。


 いずれも魔力(ノウ)切れ寸前の症状。すでに限界。

 いつ、魔法障壁の維持ができなくなっても不思議はない。


 左目の視界の中。空中に寝そべっている黒いローブ姿の若い男が、わかり切ったことを言う。


(そろそろおまえ、尽きるんじゃね? 魔力がよ)


 ――言われなくてもわかってる、グロリアス。


 練は声に出さずに念じた。


 グロリアス。それが練の魂に同居しているものの名だ。

 練が物心がついた頃からの、魔法技術(ブラックアーツ)の師匠。およそ五〇〇年の昔、近代魔法技術の基礎を構築し、強大な魔力と常軌を逸した魔法技術を自在に駆使して異世界にブリタリア王国を築いた、伝説の存在。


 二つ名を『黒い太陽』――敵対する全ての国から『魔王』と畏怖された、初代ブリタリア王。


 グロリアス・ロード=ブリタリア。


 そんなものが練の中には住み着き、そんなものに練は、幼い頃から魔法を教えられてきた。

 たいていのことに驚かなくなるのは、至極当然である。


 この世界初の、ブリタリア王立魔法アカデミー開校当日。

 主席での入学の日という名誉ある門出の日に、賓客として式典に招かれたブリタリア第二王女暗殺事件に巻き込まれたとしても、驚くには値しない。


 王位継承権を巡っての暗殺は、ブリタリア王国という異世界の魔法文明国家では、特に珍しいことではないと、練はグロリアスから知らされていた。


 ルナリアの王位継承権は、姉のソニア・ソード=ブリタリアに次いで現在、二位。

 王位継承権争いで命を狙われるには、充分すぎる位置にいる。

 開校入学式典にて暗殺事件が起きる可能性は、練も考えていた。


 ――暗殺手段が長距離魔法砲撃で、王女がたまたま一人になったタイミングで。

 ――俺だけが近くにいるなんて可能性は……さすがに、想定してなかったが。


(はっはっはっはっ。運が悪いなあ、おまえ)


 ――うるさい。俺が死んだら、おまえも消滅するんだろう? いいのか?


(そしたらまた転生するだけのことだ。次が何百年後になるか、わかんねえけどな。ま、俺にとっては死んで転生する間のことなんざ一瞬だ。寝て起きるようなもんさ)


 ――まさしく他人事か。いい気なものだ。


(とはいえ、だ。手塩にかけて育てた直弟子を、こんなことで失うってのも、実につまらねえ。どうする? 一瞬で魔力を回復する方法が一つだけあるんだが、知りたいか?)


 練の魔法障壁の強度は、喰らっている魔法砲撃の威力を上回っている。

 魔法砲撃とて永遠には続かない。行使している人間の魔力が尽きれば、魔法の効力は消える。


 砲撃が終わるのが先か、練の魔力が完全に尽きるのが先か。


 運命はそれで決まる。

 魔法を学ぶものの常識として、魔力を回復させる方法は一つしかない。

 時間経過だ。個人差はあるが、使い切った魔力はおおよそ半日から一日で回復する。

 一瞬で魔力を回復できる手段など発見されたら、ブリタリア魔法学会が大騒ぎになることくらい、魔法後進世界に住んでいる練にもわかることだ。つまらない冗談にしか思えない。


 ――こんな時に冗談は止めてくれ。


(こんな時に冗談を言うわけねえだろ?)


 ――冗談じゃない? まさか。


(お、話を聞く気になったか。んじゃ手っ取り早く説明するぜ)


「さっさと言え」


 思わず練は声が出た。背後のルナリアが、びくっと身じろぎする。


「な、何をでしょうか」


「王女殿下には関係ないことです、気にしないでください」


(おいおい、勝手なことを言うな。ソイツは関係あるぜ)


「何だって? 王女殿下に関係がある?」


 練はちらりと肩越しに背後のルナリアを振り返った。

 驚くほどに澄んだルナリアの双眸に、一瞬、どきりとする。そして同時に気付いた。


 ルナリアの右目の瞳が、左の瞳とは印象が違うことに。


 青空そのものの色合いの左の瞳とは違い、右の瞳はわずかに赤みを帯び、複雑な青から紫のグラデーションになっている。さらに瞳の虹彩には微細な紋様が刻み込まれているようだ。


「――魔眼?」


 ルナリアがハッとした表情になり、慌てて右目を両手で隠した。


「こ、これは。そのっ」


 ルナリアがうろたえる。練の左目で、グロリアスがにやりと笑んだ。


(この姫、やはり当たり(・・・)だったか。さて魔力切れまで時間がない、さっさと泣かして右目から涙を啜り取れ!)


 行け、と言わんばかりにグロリアスが手を振り、ルナリアを指さした。


「――マジか」


(これ以上ないくらいに徹底的に、大いにマジだ)


 練はくらりと目眩を感じた。

 掲げた手の先、八層構造の魔力障壁の一層目が明滅し、砕け散る。

 少女の涙を啜れという言葉にわずかにでも練が動揺したせいではない。


 いよいよ、魔力が尽き始めたからだ。

 躊躇う余裕はない。練ははっきりと声に出して告げる。


「ルナリア王女殿下。俺のために、涙を流してください」


 ルナリアが呆然とした顔で、右目を覆っていた両手を下ろす。


「まさか……この右目のことを、知って……」


 右の瞳が紅く発光した。同じ輝きの涙の粒が目の端に盛り上がり、つ、と頬を伝う。

 まるでルビーのようにきらめく紅い涙の雫が、細い頬からしたたり落ちそうになる。


(それだ! その紅い涙を早く啜れ、練!! ソイツは高純度の魔力そのものだ!)


 練は思わず当惑した。意識せずに声が出る。


「……そう言われても。俺はこうして魔法障壁の維持で手が離せないし、動けない」


(あ)


 グロリアスも練が動けないことに今さら気付いたようだ。

 為す術なく、ルナリアの顎の先から紅い涙が地に落ちる。


 直後。残り七層だった練の魔法障壁が、一層を残して消し飛んだ。

 魔法砲撃の高熱を一層のみの魔法障壁では防ぎ切れず、周囲の温度が一気に上昇する。


「……私のせいで、貴方まで。ほんとうに、どう詫びれば……」


 ルナリアが諦めたように、その場に座り込んだ。


「諦めるくらいなら祈っていればいい。一秒でも早く砲撃が終わるようにと。俺の魔力はほぼ尽きたが、絞りきれる力はまだあります。それで残り一層を全力で維持します」


(おい。止めろ)


 練の考えにグロリアスがすぐに気付いた。


(魔力蓄積霊的構造を魔力に変換したら、二度と魔力が溜められなくなるぞ!)


 あまたの動物や植物と違って人間のみが魔力を持つのは『万物の霊長』を名乗るのに相応しい複雑な霊的構造を人間が有しているからだ。

 魔力蓄積霊的構造もその一つ。周囲の空間に存在する魔力を人間が取り込み、魔法として行使する源として溜め込むことができるのは、魔力蓄積霊的構造のおかげである。

 言わば、魔力を溜める霊的な袋であり、それ自体、魔力でできている。


「知ったことか。死んだらどのみち何もかも終わりだ」


(ったく。我が弟子ながら肝が据わりすぎだぜ、おまえ。一二のガキのくせしてよ)


「力と才能に責任を持てと言ったのは先生だ。俺は、俺にできることをするだけだ」


 練は意識を身体の奥深くに向け、自分自身が魔力の塊と化すイメージを造った。


 魔法とは、突き詰めれば想像力である。


 何事にもなり得る、何事も起こし得るという可能性そのものの魔力に、様々な物理法則、精神的現象などを当てはめた上で望む現象を想像し、強い意志を持って具現化する。


 それが、魔法。


 練は顔を掲げた手のほうに向けた。グロリアスの宿った左目に、蒼い光が灯る。

 光彩に刻み込まれた微少な紋様がきらめき、練の魔法障壁が放つ魔力の輝きが増した。


 輝きは留まるところを知らぬように明るさを増す。

 そして世界全てが真っ白く、色をなくした。


    †


「……最悪な夢を見た」


 黒陽練は、床から身を起こした。

 三年前のあの日(・・・)より手足は多少伸び、顔立ちからも幼さが抜けている。


 左目の中。いつものように、ごろっと空中に寝そべって見えるグロリアスが、にやにやする。


(考えようによっちゃいい夢だろ? 何せ、それより悪い夢はないだろ、おまえにはよ)


「確かにな」


 練は、毛布代わりに身体にかけていた制服の上着を手に、立ち上がった。

 寝具どころか家具一つない空っぽの部屋の隅。小ぶりのメッセンジャーバッグが一つだけ置いてある。引っ越し先に必要なものを全て送り、不要なものは何も残さず処分した。

 このアパートの部屋の契約も今日までだ。大家には鍵を郵便で返送することになっている。


(もう出るのか?)


「部屋にいてもやることはないからな。どこかで朝飯を喰って、そのまま学院島に向かう」


(んじゃ、改めての門出だな。三年も遅れちまったが)


「門出だなんてたいそうなものじゃない。当たり前の日々の始まりだ」


(はっはっはっはっ! ノウ無しのおまえが、これからの日々を当たり前と言うか! さすがは俺の直弟子だ、でかいことを言うもんだな、まったく!)


 ノウ無し――魔力を失ったものを指す、ブリタリア由来の蔑称である。


 練は、テロ事件でルナリアを守り切った代償に、魔力蓄積霊的構造を失った。

 以来、空間から自然と取り込まれる魔力は身体に貯まらず、常に漏れ続ける。

 一般的な才能を持つ魔法使いの魔力量を一〇〇と数値化した場合、練の魔力量はわずかに、『一』のみ。ほぼ魔法が使えないに等しい状況だ。


 テロ事件によって開校当日に廃校となったブリタリア王立魔法アカデミーに変わり、日本国政府主導で設立された国立魔法技術学院の中等部に練が招かれることはなかった。

 練の資質を評価してブリタリア王国が派遣していた、ブリタリア人家庭教師による魔法の個別指導も打ちきられた。


 魔法使いとして練にはもう未来がない。そう評価されたのだ。


 練はグロリアスからだけ魔法の指導を受けながら、一般の中学を卒業した。

 そんな練を、誰かが国立魔法技術学院高等部に、無試験で編入させた。


 今日がその高等部入学式であり、これからは国立魔法技術学院のある浮体構造型人工島、通称、学院島の寮で生活することになっている。


 練はメッセンジャーバッグを拾って肩に掛け、何もない部屋を後にする。


「この世界とブリタリアの頂点に立つ魔法使い(ブラックアーティスト)になるんだろ、俺は。決定事項じゃなかったか?」


(応とも! そんじゃ行くか、練よ!)


 こうして魔力がないに等しい魔法の天才は、これまでの日常と変わらない表情で、新しい日々へと第一歩を踏み出した。


 玄関を開けて外に出て、陽の眩しさに目を細めると首を傾げる。

 ごそごそと上着のポケットからスマートフォンを取り出し、ぼそりと呟く。


「……入学式、終わる時間だな。何故だ、目覚ましのアラームはセットしたはずなのに」


(ああ、おまえの身体をちょいと借りて、俺が止めた。朝っぱらからうるさかったからな)


 グロリアスは、練の意識がない時と許可した時、左半身のみだが自由に練の身体を動かせる。


「…………そんなことだろうと思ったよ」


(怒らねえのか?)


「昨夜、なかなか寝付けなかった俺が悪い」


(顔には出さないが、わくわくしてるからなあ、おまえ。そりゃ眠れなくて当然だ)


 にやにやとグロリアスが笑う。

 練は無視してスマートフォンをしまい、ドアの鍵を閉めると歩き出した。

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