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神器の巫女  作者: あぼのん
第一章 憧憬落暉とひとり姫
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第6話 なっ!? なんでもないっ! なんでもです!!

 悔いばかりの残る人生だったな。


 弥命は自分の不甲斐なさを恨んだ、この高さではもうどうやっても助からない、もう数秒もしない内にこの体は地面に叩きつけられ苦しむことなく死ぬのだろう。


「ごめんなさい守羽くん……わたしは……」


 目をつむりそう呟く。


 結局、何も守れず、誰も救えなかった。

 失踪事件の黒幕も突き止められず、被害者も、そして加害者も……

 そして今、自分を救わんとしてくれていた少年さえも……


「姫宮ああああああああああああっ!!」


 自分を呼ぶ声に目を開けると目の前には必死に手を伸ばし掴もうとする健登の姿。


「手を伸ばせ姫宮っ!! 絶対に……絶対にあきらめるなあああああっ!!」


 まただ、この人は自分の窮地にまた手を差し伸べてくれている。


 なんで……わたしなんかの為になんで……わたしは……


 いつもそうだった。大事なものを自分から手放してきた。

 本当は誰かが手を差し伸べてくれるのをずっと待っていたのに、差し伸ばしてくれてもそれを掴もうとはしなかったのに……

 掴まなくては、今度こそこの差し伸べてくれた手をちゃんと掴まなくちゃ、そうでなければわたしは……わたしは守羽くんを……


 弥命は無我夢中で手を伸ばし健登の手を掴んだ、胸の中心が熱い、鼓動の高鳴りがうるさいくらいに響いてくる。

 弥命の思いに呼応するかのようにさらに鼓動は大きくなり胸の中心から光が溢れだす。

 胸が焼けるように熱い、弥命の胸元は白く輝きそこから流れ出す光の中から刀の柄の様な物が飛び出してきた。


「守羽くん……抜いて」


 言われるがままに健登は弥命の胸元に手を伸ばしその柄を掴み一気に引き抜いた。

 それは真っ白に光り輝く刀身の剣、今までに見たどんな白よりも真っ白な美しい刀剣であった。


「これは……?」

「それが私の……神器、アメノハバキリ」


 剣を手にした健登はビジョンを見た気がした。

 様々な記憶や感情、感触や匂い、味までもがまるで光景の一部として脳裏に焼き付けられたような、それは刹那の出来事であり健登はその一瞬で全てを理解した感覚を覚えた。

 健登は落下しながら弥命を抱きかかえると空中で体勢を変え、そのまま地面に足から着地する。

 落下する勢いは落ちていなかったのでもの凄い衝撃が加わるはずだが、弥命にはそれが感じられなかった。

 健登も弥命を両腕に抱え、ちょうどお姫様抱っこのような格好になるが両足で着地した瞬間多少の衝撃を感じるも、あの高さから落ちたにしては軽い衝撃に驚いた。



「守羽くん……」

「あぁ、よくわかんねえけどまあ助かったしよしとしようぜ……それよりも」


 そう言って健登が振り向く先には崩落した斜面を下りてきた獣人がいた。


「ドウイウことだテメえら? ナニをしやがった? ドウしてイキてやがる」

「さあな、教えてやんねえ」

「イッタイなにをしやがったんだ言え!! アノ高さからオチてフツウのニンゲンが生きてられるワケがねえ!!」


 獣人は健登達が落ちていく様を見下ろしていたのだが、二人が光に包まれた後どうなったのかまでは見えなかったのだ。

 確認しに下まで降りてきたわけだが、二人が無事なだけでなく健登が先程までは持っていなかった白い刀を手にしているので異様に警戒している。


「どうした? なにビビってんだよ」


 ビビったわけではない、たかが子供二人にこの力を使ってビビるわけがない。

 そう、人間なんて簡単に引きちぎり噛み砕き殺すことができる。

 この姿でいる時俺は最強だ、今だってほら、飛びついてあのガキの喉元にこの牙を立てれば簡単に死ぬ……そう思いたかったが獣人は下手に動くことができなかった。

 神器を手にした健登から放たれる今まで感じたことのない気配……

 これは獣特融の本能かもしれない、得体のしれない脅威を前にしているようなそんな感覚、野生の獣であればその本能に従いその場を離れたかもしれないが人が混ざっている分理性も働く。


 なにを怖気づいているのか、相手は単なる人間の餓鬼だぞ……コロセコロセコロセ殺せっ!!


「クソがあっ! シネやガキいいいいいいい!!」


 自慢の脚力で一気に間合いを詰め健登に襲い掛かる獣人、その間合いに入る直前健登は剣を振り下ろした。

 当然間合いの外なので剣は空を切るのだが、次の瞬間獣人に向かって一陣の風が吹き抜けた。


 獣人の動きが止まる、そしてそのまま前のめりに倒れてしまった。

 その姿はみるみると形を変え展望広場で見た男の姿に戻る。


 弥命は健登の元に駆け寄り尋ねた。


「守羽くん! 今のどうやって?」

「わっかんねえけど、こうやりゃいいと思ってさ」

「すごいわ、一振りで邪気だけを祓ってこの人は無事みたい、これが神器の力……それにしても」


 そう言って弥命は顔を真っ赤に染める。

 神器を解放できたのはいいが、まさか健登にそれを引き抜いてくれと頼んでしまうとは、あの時は無我夢中だったとはいえ、己が魂とも呼べる神器を他人にしかも男子に握らせるなど、思春期の乙女にとっては裸を見られるより恥ずかしいことの様に思えた。


(ばかばかばかばか、なんであたしあんなこと言ったのよ)


 頭を抱え弥命は恥ずかしさに身悶える。


「なにやってんだ姫宮?」

「なっ!? なんでもないっ! なんでもです!!」


 そんなおかしな行動をする弥命を後目に、健登はアメノハバキリを月明かりに照らしまじまじと眺める。


「それにしても、すげーなこれ? 姫宮の中からでてきたよな? 化け物に襲われたり、姫宮が変身して戦いだしたり色々驚いたけどよ、この剣を手にした瞬間、なんていうか、だいたいのことが分ったっていうか、なんか姫宮の心の中が見えたような感じがしてさ」

「な! ななななななななな、なに言ってんですか!? そんなじろじろ見るのはやめてください、いやらしいっ!!」


 弥命は耳まで真っ赤に染めながら健登に抗議する。

 言われた健登はというとなぜ自分がいやらしいと言われたのか理解できない。


「な、なんだよ、なんでいやらしいんだよ!?」

「なんでって、それは、わたしの……とにかく、いやらしいものはいやらしいんですっ!」


 獣人を倒し安堵はしていたが、警戒は解いていなかった。

 そう何度も何度も不意を突かれるほど弥命も甘くはない、弥命は鋭い視線で森の奥を睨み付けると強い口調で言う。


「いるのはわかっています、でてきなさい」


 そう言うと森の奥、闇の中から姿を現したのは仮面の男だった。


「今度は見つかってしまいましたね」


 別にどうということはないという感じで仮面の男は答える、健登と弥命は同時に身構えた。


「それにしても、まさか彼が倒されてしまうなんて、相性の合う器を探し出すのは結構骨が折れるんですよ? でもまあいいでしょう今日はそれ以上の収穫がありましたから」


 仮面の下で男が笑ったような気がした。


「とりあえず神器の姫巫女の身柄を確保できればよいと思っていましたけど、まさか今日この場で神器を解放できてしまうなんて」


 やはり見られていた。

 この仮面の男は油断ならない、おそらく先程の男を当て馬に隙を見て弥命のことを攫おうとしていたのだろう。

 獣人の男を倒しはしたが形勢が逆転したとは言い難い、弥命は傷つき健登も神器を手にしているとはいえ素人だ。

 仮面の男が直接手を下してこなかったのは、戦闘に長けていないからかもしれないが楽観はできない、むしろその逆と考えた方がいいだろう。


「すべて見ていたってわけですね、でも少し時間をかけすぎましたね、ここでこんなに暴れて上の人たちが気づかないとでもお思いですか?」

「なるほど、確かにそうは思えませんね、あそこにいるあの方がでてきてはかなり厄介ですし」

「そんなことまで、あなたいったい……いえ、いいですもう、これで終わりですから」


 そう言って弥命はほくそ笑んだ。

 弥命の笑みに仮面の男が首を傾げた瞬間、頭上から何発もの銃弾の雨が仮面の男に向かって降り注ぐ、しかし銃弾は男には当たらず中空で蒸発した。

 そして銃声と一緒に空からメイドが降ってきた。


「メ、メイドが空から降ってきた!?」

「水谷さんっ!!」


 健登がなんの捻りもない声をあげ、弥命はその人物の名を呼ぶ。


「姫様!! 下がってください」


 そう言いながら水谷はスカートの中からもう一丁マシンガンを取りだすと仮面の男に向かってフルオートで銃弾を浴びせる。

 それもすべて見えない壁に遮られるかのように弾かれ中空で掻き消える。

 水谷は弾丸の切れたマシンガンを投げつけ、相手がそれを手で払った隙にいつの間にか手にしていたナイフで攻撃するも仮面の男はそれをすれすれで躱す。

 水谷の切れ間ない攻撃に一見押されているように見えるが、仮面の男にはどこかしら余裕も見えた。

 なにより水谷の攻撃を躱すだけで反撃してこないのが逆に不気味にさえ思えた。

 水谷はスカートを翻し相手の視界を塞ぐと、しゃがみ込み下段回し蹴りで足を払う、不意を突かれた仮面の男が体勢を崩す瞬間飛びかかりナイフの一撃で止めを刺そうとする。


「もらった!」

「そうでもないですよ」


 ナイフが喉元に突き刺さる直前、男の前面に光の防護壁が展開し水谷の身体が弾かれた。

 仮面の男は自分の身体を浮かび上がらせ上体を起こす。


「いい加減お遊びはやめ!?」


 仮面の男の足元に転がる黒い球状の物体。


「守羽くん! 伏せて!!」


 弥命が叫ぶのと同時、凄まじい爆音と爆風が巻き起こった。

 耳の奥がキンキンするまるで戦場さながらだ、今夜は絶対に悪夢を見るだろうなと健登は思った。

 水谷は起き上がるとすぐに弥命の元に駆け寄ってくる


「ご無事ですか姫様っ!? あの不逞の輩に一発ぶちかましてやりましたよ!!」


 サムズアップしながら爽やかに笑う水谷、どっかで見たなこの光景。


「やりすぎです水谷さんっ!」

「いやいや、なかなかに手強い相手だったの……ぎゃあああああああああ姫様っ!? そのお怪我はいったい!? どこのどいつにやられたのですかっ!!」

「あ、これはそこに倒れている人に……」

「おのれこの鬼畜外道めええええええ!! 姫様の! 乙女の柔肌に傷を付けるとは!! 姫様っ! 今ここでわたくしめが止めを刺してやります!!」


 なんなんだこの喧しいメイドは、先程まで張り詰めていた緊張の糸が途切れると健登は一気に疲労感が込み上げてくるのを感じた。

 なんにしてもこれで家に帰れると楽観してみるものの、これだけの騒ぎを起こしてなにも問題にならないとは思えない今後どうなってしまうのだろう?

 学校にバレたら退学? 逮捕? まさかな、悪い予感しかしないが今はなにより家に帰って自分のベッドで眠りたい、そんな思いでいっぱいだった。

 弥命と水谷はまだやいのやいのと騒いでいる、健登はボーっとしながらあたりを見回す。


 !?


「嘘だろ……」


 健登の緊張の糸がまた一気に張り詰める、視線の先には仮面の男がゆらゆらと立っていた。


 弥命と水谷もそれに気づく。水谷がすぐに攻撃しようとするも、仮面の男は手をかざしそれを制止する。

 そう、文字通り水谷の動きを制止させたのだ。


「くっ……な……んだ……これは……」


 水谷はまるで金縛りにでもあったかのように動けなくなっている。


「いやいや手榴弾とはさすがにやられました、あの威力を相殺するだけの防護壁を展開するほどの魔力は、さすがにここでは使えないので」


 とはいえあんな間近で手榴弾の爆発に巻き込まれたのに掠り傷程度で済むなんて、やはりこの男は侮れない、言動からして結界が作用しているのだろう100%の力を引き出せてはいないようだ。


「あなた、いったい何者なの?」

「そういえばまだ名乗っていませんでしたね、それでは遅ればせながら自己紹介でもいたしましょう、そうですね……アルレッキーノ……とでも名乗っておきましょうか、姫巫女様の神器を頂戴したく参上いたしました。以後お見知りおきを」


 そう言いながら舞台俳優のように手を胸にあて深々とお辞儀をする仮面の男。


 アルレッキーノ


 イタリアの即興喜劇に登場するキャラクターの名前、中でも一際人気を博すキャラでトリックスターである。

 フランスではアルルカン、イギリスではハーレクインなどとも呼ばれている。


「馬鹿にして、道化でも気取っているつもりですか?」

「まあまあそういきり立たないでください、私も今夜はやりすぎたと反省しています。本当はもう少しスマートに事は運びたいほうなんですよ? それにあの人数相手ではさすがに多勢に無勢」


 そう言う仮面の男の指差す方向には幾つもの明かりが見えた。

 恐らくこの騒ぎに駆け付けた神社の者達だろう。


「というわけで、今夜は痛み分けということで引き揚げさせていただきます」

「このまま逃がすと思いますか?」

「ふむ、もう一戦交えたいと……いいんですか? そちらの彼、もう限界みたいですよ?」


 そう言われ振り返ると、健登がフラフラと意識を失い崩れ落ちる所であった。

 弥命は慌てて健登を抱きかかえる、仮面の男は既に姿を消していた。


 水谷の拘束も解けたらしく、弥命の元に駆け寄ってくる。

 ともかく難を逃れることはできたようだが、これからのことを考えると先が思いやられることばかりで弥命は頭が痛くなった。

 健登に秘密を知られてしまったこと、神器の解放はできたがそれを健登の手で引き抜かれたこと、そしてその神器を狙う、恐らくは失踪事件の黒幕でもあろう仮面の男。


 空を見上げると鬱蒼と茂る森の木々の隙間には月が煌々と輝き、まるでそこだけぽっかりと穴が開いているかのように感じられた……


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