おいでませ!地蔵相談所 06
「戻っている気配はありませんわね」
通りに文字通りの仁王立ちをして周囲を見回しながら、凶華は小さな溜め息と共にそう言い放つ。
「まぁ、仮に戻ろうと考えたとしても、この場所に戻ってくるとは限らないけどな」
「どういうことですの?」
「やっちゃん、道なんて憶えてないぞ」
大抵はタニシが指示しているか直接動かしている。
「でも、タニシがアレだった時は、ちゃんと宿に戻ってきましたわよ?」
そんなこともありましたね。
「都から僕の家までは、ほとんど一本道だったから。こんな街中ではぐれたら、絶対に戻ってこないぞ。というか、ここがはぐれた場所だってことすら、憶えているとは思えん」
「では、どうします?」
「どうするったって……捜すしかないだろ」
渋々といった様子で、タニシは呟くように言葉を紡ぐ。
「へえぇえぇえぇぇ」
「気持ち悪いな。ニヤニヤすんな」
「何だかんだ言って、やっちゃんのことが心配ですのね」
「あの高さが丁度いいんだ。あの高さが!」
「まぁ、そういうことにしておきましょうか」
こう見えて、天邪鬼は察することに長けている。
「そんなことより、僕は気づいたのだ」
やや早口で、タニシは話題を変える。
「何にですか?」
「僕たちは先程饅頭を調達した」
「えぇ」
「ついでに昼飯を食べた」
「はい」
「団子のおまけつきだ」
「そうですね」
「やっちゃんには言うなよ。羨ましがるから」
「はいはい」
「しかもまだ、路銀に余裕があるときた」
「まぁ、ちょっとしたお手伝いのようなものでしたし、大した稼ぎではありませんでしたけど、タニシと私の一食分ならおつりがきますわね」
「それは何故かっ!」
「いや何故って、タニシも私もそんなに大食漢ではありませんし」
「いやそうではなくだな。路銀が余るなんて、ここ最近なかったことだろう」
「そういえば、そうですわね」
「それはすなわち、やっちゃんがいないからだ!」
「あぁ……」
確かにとばかりに、凶華も頷く。
「つまり、稼ぐなら今しかない」
タニシは結論を畳みかける。
「でも仮に稼いだとしても、やっちゃんが戻ってきたら結局なくなってしまうのでは?」
「どこかに隠すか預けるかすればいい。何なら、このことも含めて例の六地蔵とやらに聞いてみればいいさ」
「そういえば、六地蔵を探しにきてたんでしたわね」
健乃捜しと日雇いですっかり忘れていた凶華である。
「とはいえ、だ。お腹が空けばやっちゃんは戻ってくるだろうし、そうそう猶予はない。というか、もういつ帰ってきても不思議ではない」
お昼に戻ってこなかったことが意外なくらいである。
「要するに、あまり時間がない」
「なるほど、狙うは一攫千金ですわね」
「うむ」
「では、誰を殺すのが一番稼げるでしょうか?」
「ちょっと待って」
「何か?」
「今とても殺伐とした発想が聞こえた気がしたんだけど、気のせいだよな?」
「殺して奪う、これが最も早く的確な稼ぎというものです!」
「平和な街の往来で、堂々とそういう発言をしないでくれるかな。街行く人たちの視線が痛いんですが」
「これから人を殺そうってモノが、そんなことを気にしてどうするのですっ」
「殺さないよっ。というか――」
タニシ、気づく。
「お前、殺せないだろっ。むしろ元気にさせちゃうだろ!」
天邪鬼の特殊属性故に仕方なし。
せいぜいシャチホコが増えるのが関の山である。
そうだ。シャチホコを売ろう。
「うぐっ……な、ならばスリとか」
「今持ってる路銀を相手に渡すつもりか」
「そんなワケないと言えないところが辛いですわ」
「まぁとりあえず聞いてくれ。そんな危険を冒す必要のない儲け話を耳にしたんだ」
「儲け話とか、怪しいですわね」
「お前がしようとしていることに比べれば怪しくないだろ」
一呼吸置いて、タニシは続ける。
「つい先程立ち寄った団子屋で小耳に挟んだんだがな」
「ひょっとして、奥で話し込んでいた奥様方ですか?」
「そうそう、やたら長くて脱線しまくりでわかりにくい話だったが、まとめると花咲か爺さんの家に住んでいるポチが、また家出をしたらしい」
「またという辺りにバカ犬っぽい気質を感じますわね」
「うむ、全くだ」
帰れないタニシと天邪鬼が何か言ってる。
「それに私の記憶が確かなら、花咲か爺さんに登場するポチという犬は死んで灰になっているハズなのですけど」
「うむ、僕もそう記憶しているな」
「灰が、家出?」
話の中で既に撒かれているのですが。
「まぁ普通に考えてポチ二世とか、そんなところだろう。新しい犬の名前もポチ、名前を考えるのが面倒な人なら不思議な話でもない」
「確かに」
「そんなことより問題なのは、ポチという犬が家出をして、今も戻っていないという事実だ」
「そんなに大切なことですの?」
「この場合に大事なのは、花咲か爺さんの家が謝礼を払えるくらいに裕福だってところだな」
「あぁ、なるほどですわ」
凶華も合点がいった。
「でも、ポチという犬は何度も家出をしているような話ですし、もしかしたら家との折り合いがあまりよくはないのではありませんこと? ひょっとしたら疎まれているから返しても嫌な顔をされたりとか」
「その可能性もなくはない。が、話によれば花咲か爺さんというのはこの街で最も人望の篤い人格者であるそうだ」
「犬が何度も家出しているのに?」
「家でどんな飼い主をしているのかなんてわからんさ。けど、親切に飼い犬を届けてくれた恩人に対して謝礼も払わず追い返すような真似をするような人物が、そこまでの人望を得るなんて無理な話だと思わないか」
「なるほど」
凶華は大きく頷く。
「例えどのような大悪党であっても、部下と身内には礼を以って接すると言いますし、家では犬を虐待しているうんこジジイが外面のためだけに謝礼を払うとしても、それは不思議ではありませんわね」
「随分と極端な話になったが、まぁそうだ」
「でも、ちょっとお待ちになって」
「どうした?」
「それならいっそ、そのうんこジジイを成敗して財宝を奪った方が手っ取り早いのでは?」
「うん、だから無理だって言ってんだろ」
実現不可能なアイデアを叩き落とし、タニシと凶華は歩き始める。
善行という建前の向こうにある報酬の為に。




