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おいでませ!地蔵相談所 05

 彼女(臼)はサルカニ合戦に登場したサル殺害の実行犯であり、幼馴染みの石臼を音痴の海座頭に寝取られたあの臼さんである。

「あーあー、えーと……」

 健乃、一生懸命思い出す。

 相手がただの人間であったなら、間違いなく忘れていたであろう反応ではあるが、さすがに臼との遭遇率は高くないレアキャラなので、記憶の端っこに引っかかっていたらしい。

「石臼さんにフラれた臼!」

「フラれてませんっ」

「そうだっけ?」

「ご縁がなかっただけです」

 告白してないのでセーフ。

「でもまぁ、彼を追いかけたお陰で優太さんに出会えたのですから、その点では感謝しています」

「ゆーた?」

「別れる時にお話したじゃないですか。彼のところへ嫁ぐって」

「そーだっけ?」

 というか、彼なんていたっけ、という顔である。

 ただの人間でしかなかった元船員の優太は、猫の額よりも狭いと噂の健乃の記憶領域からアッサリ弾き出されているようである。

「何じゃ、知り合いだったのか?」

「うん、まぁ」

 地蔵の問いに、健乃は曖昧な頷きを返す。

「互いに面が割れてしまった以上、薄絹越しに話す必要もあるまい。臼のお嬢さんも、それで良いかな?」

「はい、もちろんです。むしろ事情を知っている方に聞いていただけると助かります」

 臼は少し安堵したように笑って健乃を見る。

 地蔵も穏やかな眼差しを健乃へ向ける。

「……え?」

 健乃がキョトンとした。

「え、じゃない。お前さん、このモノを知っておるのだろう?」

「うん、まぁ」

「なら、このモノの事情も儂より詳しいじゃろ」

「え?」

 何一つ知らないって顔だ。

 とはいえ仕方ない。話を聞いているのは大抵タニシである。彼女は食べるか寝ているか歩いているか、それらの選択肢をランダムで実行していることが多い。

 つまり、彼女は確かに臼を見たことはあるものの、何故その臼がここに居るのかという理由すら、全くわかっていないのだ。

「……わかりました。改めてご説明します」

「うむ、そうしてやってくれ」

 臼と地蔵は頷き合った。

「あれ、何かバカにされた?」

 こういうことには敏感に気づく健乃である。

「実は今、優太さんのご実家に住まわせていただいているのですが――」

 健乃の疑問はスルーして話し始める。

「そこって、花咲か爺さんのお屋敷だったんです」

「ほう」

「花咲か爺さん?」

 小首を傾げる健乃?

「知らんのか、お主」

「うーん……聞いたことあるような」

「有名な話じゃぞ」

「確か、犬の死体で桜を咲かせる話だっけ?」

「完全に間違っとらん辺りが何とも微妙じゃのう」

 桜の木の下には何ちゃらという類の話になってしまいそう。

「詳しいことは後で改めて話してやるわい。ともかく今は臼さん、貴女の話が先じゃ」

「はい、ありがとうございます」

 微笑んで続ける。

「最初に屋敷を訪れた時は、何とも優しそうなお爺さんだなと思ったのですが、優太さんが私を嫁として迎えることと、あのお屋敷に間借りさせていただくことをお願いしたら、その……妙なちょっかいをかけられるようになりまして」

「先程の餅つき、じゃな?」

「はい……」

「昨日は別のことを相談しとったし、餅つきだけではないんじゃろ?」

「昨日お話したのはベタベタと、特に見えない後ろの下の方ばかりを触ってくるというものですが――」

 ハイレベルな痴漢行為かな?

「その前は何も履いていないで外を出歩くのはイカンと言われ、特別な草履を持ってきまして、何だか身体中を荒縄で縛られたりとか」

 SМのご趣味が?

「随分と判断に困る難儀な悩みじゃのう」

「あのー」

 ふと健乃が割って入る。

「何か思いついたか?」

 というか、話をちゃんと聞いていたのか。

「それって、実はただの親切ってことにはならない?」

「うむ、なるほど」

 地蔵は頷いた。

「臼で餅をつくというのは、言ってしまえば当たり前のことじゃし、草履の件も泥に汚れる嫁さんを心配してのことと思えなくもない。それに触ってくるというのも、相手を知ろうとする意識の表れであるとするなら、それほど不自然なことではないのかもしれんの」

「でしょ」

「まして相手はあの花咲か爺さん、五大聖伝にも名を連ねる有名な方じゃ。人々の模範として町でも知られる有名人じゃからな。嫌がらせなどするようには思えんじゃろ。しかしじゃ」

 そう前置きをして、地蔵の視線は臼へと移る。

「そうではないんじゃろ?」

「はい、アレは親切心ではありません」

 頷いて目を閉じ、少し考えてから続ける。

「例えばの話です。お饅頭を分けてくれる人がいたとしましょう」

「くれるの?」

「例えばと言っとるじゃろ。というか、アレだけ食べてまだ食べ足りんのか」

 さすがの地蔵も呆れる。

「そのお饅頭、半分に割って片方を差し出されたら、貰いますよね?」

「ホント言うと全部欲しいところだけど、さすがにそんなこと言ったら次の機会がなくなるかもしれないし、ここは素直に貰っておくべきだと思うんだけど、半分といってもできれば大きい方が――」

「よしわかった。とりあえず貰っておけ」

「わかった。小さい方でも我慢する」

「うむ、偉いぞ」

「では、その半分の饅頭、齧って渡されたらどうですか?」

「え、普通に貰うけど?」

 健乃がこの程度でブレるハズもない。

「あ、えっと、では、その半分をベロベロと嘗め回した後に渡してきたらどうですか?」

「うーん……」

 悩む。

「乾かしてからならあるいは――」

「わかりました。饅頭はやめましょう」

 諦めた。

「もしベロベロ嘗め回した小判を渡してきたら、どうですか?」

「いらない」

 それこそ乾かして使えよ。

 しかし、これが健乃である。

「つまり、そういうことなのです。そういうことを、あのお爺さんはしているのです。善意に嫌がらせをくっつけて、無理矢理渡してくるのです!」

「なるほどー」

 健乃、ようやく納得。

「で、お主はどうすべきと思うかね?」

「どうって、嫌がらせやめてって言えばいいんじゃない?」

「儂も賛成じゃ」

「あのでも、言った程度でどうにかなるとは、あまり……」

 相手は町一番の権力者、人望も財力も権力も握っている。

「この地蔵相談所はな、お嬢さん」

 地蔵は石でできたカチカチの胸を張り、告げる。

「弱い者のためにこそ、存在するのじゃ!」

 こうして彼らは、文句をつけるそのために、歩き出すのだった。

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