古屋のもりもり 02
「戦が――」
プルプルと拳を震わせてタメを作ると、それを爆発させるように大きく天井へと突き出す。
「戦が始まろうとしているのだぁ!」
滝の涙が流れる様を、一同は冷ややかに見守っていた。
「落ち着いてください、親分」
「そうだな。わかった」
ケロリと表情を改める。
「変な人だね」
「変な人だな」
「変な人ですわ」
お前たちも大概だけどな。
「まぁとにかく、親分の話を聞いてやってください」
山賊のリーダー改め、山賊団の副官という名の介護役を務める男が、胃の辺りを抑えながら顔色悪く言い放つ。
普段の苦労が偲ばれる言動である。
「で、戦ってのはどういうことなんだ?」
「人が……死ぬぞ!」
「怖い顔で迫るな」
健乃の後頭部にちょっと引くタニシ。
ちなみに親分は、いかにも山賊ですという髭面で、清潔感の欠片もない。頭に手拭いでも巻いたら、コソ泥がお似合いなレベルの風貌だ。小奇麗にしている副官の方が見た目的には偉そうである。
「ついでに森の動物たちも死ぬ」
「森に火でも放つつもりか?」
「そうではない。この戦はな、人と獣の……そう、互いの存在を賭けた負けられぬ諍いなのだっ!」
「うんゴメン。もう少しわかりやすく」
「つまりですね――」
さすがに話が進まないと思ったのか、溜め息交じりに副官が口を挟んだ。
「狼たちとの溝が深まりまして、今にも争いに発展しそうなんですよ。そうなれば、互いに被害は免れません」
「傷は深く、溝の底は見通せまい……」
親分は大きく頭を振り、激しく嘆く。
「滅ぼすことこそ悪党の矜持、ですわ!」
「よしよし、凶華は黙っててな」
タニシが引きつった笑みを浮かべて牽制した。
「とりあえず話し合いとかできないのか?」
狼と話し合いとか、普通なら何言ってんだコイツって感じではあるが、ここは幸いなことに昔話の世界である。狼とも普通に話が通じる。
「それなんですが――」
困ったように眉根を寄せる副官の言葉を奪うように、親分が口を開く。
「あやつは、我が魔性に恐れおののいているのだ!」
「親分はちょっと黙っててください」
窘められてショボンと肩を落とす親分。
「で、つまり一体どういうことなので?」
「最初からご説明しますとですね」
一つ咳払いなどしてから、副官は改めて口を開く。
「ウチの親分はあの『古屋のもり』の盗賊なのです」
「それはまた、随分と由緒正しい」
「そうなの?」
小首を傾げた健乃が口を挟む。
「そりゃそうだ」
「そうですとも、コレは数少ないウチ親分の自慢なのです」
「誉れ高き我が人生」
親分も誇らしげだが、あまり褒められてはいない。
「まぁ、やっちゃんが知らないのはいつものことだからな。この僕が説明してやろう」
「タニシうざい」
古屋のもりとは、比較的有名な日本の昔話である。
あるところに貧乏な民家があり、老婆と子供が住んでいた。その家には馬が一匹おり、それを狙って泥棒と狼が忍び込む。
寝静まる夜を待っていたところ天候が悪化して雨が降り始め、激しい雨音を聞きながら老婆が子供を寝かしつける。そんな折、子供は老婆に尋ねた。
「この世で最も恐ろしいものは何?」
と。
泥棒や狼も怖いとしながら、老婆が一番恐ろしいと言ったのは『ふるやのもり』だった。これは単に古屋の漏り、すなわち雨漏りのことなのだが、それに気づかない泥棒と狼は戦々恐々、次第に近づいてくると煽る老婆の言葉に恐怖を募らせる。
そして雷光一閃した瞬間、驚いた泥棒が足を滑らせて梁から落ちると、そこには狼の背中があった。狼は慌てて逃げ出し、雨の闇夜を駆けていく。
ここで話は終わらない。
泥棒と狼は互いに相手を『ふるやのもり』だと思っているのだが、雨が上がって空が白んでくると、泥棒は自分が乗っているものが狼であることに気付く。とはいえ相手は狼だ。危機的状況に変わりはない。泥棒は慌てて枝に飛び移り、その拍子に深い木のウロに落ちてしまった。
一方の狼は友人の猿にこの恐怖体験を報告したところ鼻で笑われ、そんなものは俺が捕まえてやるぜと息巻く。そして未だビクついている狼と共に木のウロへと戻ってきた。
当時の猿はまた尻尾が長く、顔も赤くなかったのだが、長い尻尾で釣り上げようとウロに垂らしたところを泥棒に捕まれ、驚いて慌てた猿が力一杯踏ん張った結果、尻尾は切れて短くなり、赤くなった顔はそのまま戻らなかったそうである。
「つまり、猿のお話だね」
「違うぞ。一番怖いのは全てを見通す老婆だって話だぞ」
「いや、どっちも違うんじゃ……」
健乃とタニシに弱々しいツッコミを入れながら、副官の男は胃の辺りを押さえる。
「ともかく、向こうの狼、というより森の動物たちのほとんどが、ウチの親分を未だに『ふるやのもり』という得体の知れない化け物だと思い込んでいるのです」
「我は恐怖の存在、ふふふ……」
「まんざらでもなさそうだけど?」
「そのせいで現在、森の動物たちと大きな戦になろうとしているのです。この前の円盤による被害も、ふるやのもりの仕業だと思っている連中すらいるほどです」
凶華は、何となく健乃を見た。
元凶は興味なさそうに大きな欠伸をしている。
「こちらとしては何とか誤解を解きたいところなのですが、親分はもちろん、手下の我々も人間だからというだけで警戒されてまして、話し合いにすらならない始末でして」
「天恵、ここにきたる!」
「やはりそうですよね、親分」
天井向かって大きく手を広げる親分に対して、副官は大きく頷きを返す。
「えっと、何だって?」
通訳を求めるタニシに、副官は向き直った。
「貴方がたに、交渉役をお願いしたいのです。子供とタニシと妖怪、少なくとも我々一般の盗賊団とは異質の存在です。狼たちに警戒されることはないでしょう」
別の意味で警戒されそう。
「いいでしょう。お安い御用ですわ!」
「えっ?」
タニシが意外そうに振り返る。
「何か?」
「いやだって、積極的に善行をしようだなんて、どうしたんだお前」
「善行? 何の話ですの?」
「いやいや」
「相手を油断させての騙し討ち、これぞ悪党の真骨頂!」
「この天邪鬼の方は留守番をしていただきましょうか?」
「いや大丈夫だ。心配いらない」
副官の申し出をタニシはアッサリ断った。
「この私が騙し討ち……甘美な響きですわ」
「よしよし、頑張ろうな」
そんなワケで一行は、道案内役の副官を連れ、一路森の奥を目指すのだった。




