三年目の寝太郎 13
「こ、これはまさか!」
村長、驚愕する。
「本物の寝太郎に何か良からぬことがっ」
「お前のところの寝太郎は窮地に陥ると尻を掻く癖でもあるのか?」
「いえ、そんな話は聞いたこともありませんが」
タニシの問いにアッサリ答える村長。
「そ、それともまさか!」
「今度は何ですの?」
「どこかで野垂れ死んだ寝太郎が、戻ってきているとでも!」
「野垂れ死んだ割にはのんびりしすぎじゃない?」
健乃にそう言われる程度にはのんびりして見える。
「では何だと言うのですっ。もう!」
「何で怒ってんの……」
タニシも呆れる逆切れである。
「そもそもこれは本当に木彫りなんですって。実際に彫っているところをワシも何度か見てるんですから」
「でも動いてますわよ?」
「そんなの勝手に動くコイツが悪いんじゃい!」
というか全く動かなかったら、さすがにもっと早くにバレていたハズである。
「時に村長」
何やら少しだけ考え込んでいたタニシが、妙に落ち着いた口調で呼びかける。
「何じゃい」
「そうやさぐれるな。その寝太郎の友人という、この寝太郎を彫った人物というのは、どこの誰なんだ?」
「誰と言われてもな……確か寝太郎と負けず劣らずの髭面で、小汚い格好をした旅の乞食、みたいな男じゃったな。あぁでも、道具だけはちゃんとしてて感心した憶えはありますぞい」
「ふむ……ちなみにその人の名前は?」
「名前ですか。……そういえば聞いちょらんなぁ。けどそういえば、寝太郎が『じん』と呼んでいたような」
「やはりそうか」
タニシ、ニヤリと笑う。
「誰か心当たりでもありますの?」
「あるともさ」
自信たっぷりに前置きをして、タニシは自慢げに殻を張りつつ続ける。
「かの名匠、左甚五郎だ」
「ひだり?」
「じんごろう?」
女性陣二人が揃って小首を傾げる。
「あれ、ご存知ない?」
「有名な乞食なの?」
「いや別に乞食として有名なんじゃないからねっ」
「そんなに有名な方ですの?」
「そりゃあもう!」
鼻息荒く、タニシは語り出した。
左甚五郎は実在不明の建匠、あるいは流しの彫刻家である。
落語や昔話にも多数出演しており知名度は高いながらも、これといった有名な物語を持っておらず、昔話界においては今一つパッとしない。
有名人であり彫った作品が極めて高額で売れる、生き物を彫ると勝手に動き出す、実在していたらしい証拠が残っているなど、興味深い逸話には事欠かず、題材としては優秀なお方であると言える。
ちなみに作品群は数百年にわたって製作されており、複数の人間が名乗った、あるいは優れた作品だったので甚五郎の名を冠したなどの、いわゆる有名であるが故の後ノリが発生した結果、現在の左甚五郎像は出来上がっている。
とはいえ、単なる架空の人物とは違い、日光東照宮の眠り猫など、実在の作品が残されていることは、彼の実在を匂わせる点において極めて大きい要素である。
ちなみにこの眠り猫、昔は動いていたらしいですよ?
「つまりこの木彫りの寝太郎さんは――」
健乃はやけに真剣な面持ちで髭面を見つめている。
「高く売れるんだね!」
「そこかよっ」
「これを売ればいとこ煮食べ放題だね!」
「もう十分食っただろ!」
説明のし甲斐がない座敷童子である。
「それにしてもなるほど、今の話を聞いて合点がいきましたわ」
一方の凶華は深く納得している。
「最初は妖怪の類かと思ってワクワクしていたのですが」
「ワクワクするな」
「しかしせっかく動くのならもっとこう、首が伸びるとか舌が伸びるとか手足が飛ぶとか、そういう仕掛けにはできなかったのでしょうか?」
「怖いよ!」
「いえ、怖くなければ怪談になりませんが?」
「怪談じゃないだろっ。そもそも!」
「えっ、では何のために動くのですか?」
言われてみると、日本人形の髪が伸びるのは何のためなのだろうか。
それはさておき。
「いずれにしてもだ。オラたちにとってハッキリしていることは一つ」
それまで大人しく話を聞いていた石コ太郎が、ようやく口を開く。
「ここにいる寝太郎どんは単なる偽物で、いくら宴会を続けても木彫りのままだってことだな」
「うむ、その通りだ」
タニシ、同意する。
「つまり、オラたちはずーーーーっと、騙されていたということだな」
「うむ、その通りだ」
タニシ、同意する。
「ということは、オラたちがここで見張りをしていたことは、何の意味もなかったということだ」
「うむ、よく気付いたな!」
タニシ、称賛する。
「そこで相談なんだがな、タニシどん」
「何だね、石コの旦那」
「オラたちに捕まってはもらえんか?」
「うむ、お安い御用だ。……何だって?」
タニシ、ちょっとわからない。
「常に盤石の我が石コ太郎軍ではあるが、このままおめおめと都に帰ったのでは何を言われるかわからん。特にあのぶよぶよとした不快な生物に嫌味を言われるのは勘弁ならん」
ぶよぶよ生物というのは、言うまでもなく桃太郎のことである。
「そこでだ。この木彫りで別のお尋ね者をおびき寄せたということにしてしまえば、何と騙されていたハズのオラたちが、知略を巡らせた有能集団に!」
「なるほどっ、とか言うと思ったか!」
「なるほどですわっ」
「筋肉なのに頭いい!」
女性陣二人は素直に感心してますよ。
「あぁもうっ、お前たちもアホかっ。感心するな!」
この中で一番まともなのがタニシという異空間。
「というワケで、罠にかかった連中を逃がすな!」
石コ太郎の号令で総勢十数名の石コ太郎軍が飛びかかろうとした刹那――
「大変だべ!」
切羽詰まった声を張り上げて踊り込んでくる見張り(阿)に全員が注目する。
「どうした。今とても大切な――」
「そっただことしてる場合じゃねえべ!」
「そっただことって……」
部下にアッサリ叩き落とされて、石コ太郎ちょっとショック。
「円盤がっ」
一際大きな声で続ける。
「円盤がこの村を襲うんだべ!」
意味がわからない言葉に、宴会場がどよめく。
タニシと凶華の視線は何となく、実にホントに何となく健乃へと集まった。
「いとこ煮おいしい」
彼女は相変わらず、もぐもぐしていた。




