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三年目の寝太郎 10

「おーい」

 背後からおずおずと、タニシが呼び掛けてみる。

 しかし寝太郎の背中は返事をするどころか反応がない。規則正しく微かに肩が上下するだけだ。

「おーいっ」

 ちょっと声量を上げて呼びかけてみる。

 しかしやはり返答はない。持ち上げたつま先でもう片方のふくらはぎをぽりぽりと掻いたりしているが、寝息は相変わらず単調なままだ。

 余程深い眠りについているらしい。

「駄目だな、これは」

「無理矢理起こすのは良くないよ、タニシ」

 昼寝愛好家の健乃らしい言葉である。

「なら三年待つか?」

「水をかければいいと思うよ。今すぐ」

 寝るのは好きだが待つのは嫌いなのだ。

「とりあえず上がりませんこと? 外から呼びかけても埒があきませんわ」

「そうだな。そうするか」

 二人と一匹は縁側から草鞋を脱いで上がり込み、幾分湿り気を帯びた陰の下へと歩みを進める。午後になったばかりの日差しが遮られ、半端に開かれた襖の隙間を縫うようにして通り抜ける風が心地よく肌を撫でる。

 まさに、昼寝をするには絶好のロケーションだ。

「……寝てもいい?」

「他人の家でいきなり寝ようとするな」

 窘められて健乃は少し不満顔である。

「それにしても、気持ち良さそうに寝てますわ……ね?」

「どうした、凶華?」

「いえその、何だか妙な感じが」

 小首を傾げつつ、凶華は寝太郎の頭に手を伸ばす。

 そして触れた瞬間、眉根を寄せる。

「妙って何だよ?」

「……木ですわ」

「は? 何だって?」

「だから、この方、木ですわ」

 頭を叩くとポコポコ鳴る。

 口が開いているためなのか、木魚みたいな音だ。

「おいおい、そんなに叩いたら可哀想だぞ」

「でもおかしいですわ。この人絶対木でできてます」

「そんなバカな。おいやっちゃん、ちょっと触ってみろ」

「わかった」

 頷きつつ、健乃は背中に手を伸ばす。

 想像していたより硬い感触に驚いて、思わず手を引っ込める。

「おー、これは……」

「おいおい、ホントに木なのか?」

「うん、木だね。凄く木だね」

 サラサラとした表面が心地よい。

「頭どころか服まで木でできているなんて……変わった方ですのね」

「いや、変わっているとかそういう問題ではないのでは?」

 タニシ、少し考える。

「これはアレだろ。こういう置物なんじゃないか?」

「髭面のオッサンが横になって昼寝している置物を、タニシは飾っておくんですの?」

「いや、飾らないけど」

「そもそもこの置物、寝息を立ててますわよ」

「風のせいだろ、多分」

「むにむにと寝言みたいなこと言ってるよ?」

「気のせいだ」

 木だけに。

「先程は足をポリポリ掻いてましたわよ」

「木だって痒くなることくらいある。多分」

「ねぇ、今お尻掻いてるんだけど」

「気にするな」

 木だけに。

「これを単なる置物と言い張るのは、さすがに無理がありませんこと?」

「うぐぐ……じゃあ何か、僕たちは木に人間になる方法を聞こうというのか?」

 もう何が何やら。

「そもそも木になった人間は、元に戻れるのでしょうか」

「知るかっ」

「それも含めて聞いてみましょう」

「……あのさ」

 ようやく話がまとまりかけているところへ、健乃が割って入る。

「何ですの?」

「この人、起きるの?」

「寝ているのですから、いつかは起きるのでは?」

「でも、こんなに周りでしゃべっているのに、全然起きないよ」

「それもそうですわね」

 頭に触れても背中に触れても、起きる気配はなかった。

「ひょっとしてなんだけど、眠りすぎて……はっ」

 健乃、何かに気付く。

「どうした、やっちゃん」

「私、わかったかも」

「よし、聞こうじゃないか」

 タニシが話を促すと、健乃は一呼吸置いてから声のトーンを落とす。

「足が棒になるって言葉、知ってる?」

「知ってるが、それがどうした?」

「人間はね、歩きすぎると足が棒になるらしいの」

「それはモノの例えというヤツだろ」

「私もそう思ってた。でも違うの!」

 健乃はビシィと、寝太郎(木)を指さす。

「人間は、ずっと同じことを繰り返していると、木になっちゃうんだよ!」

 いやいや。

「人間が、木に?」

 ホラ見て。タニシも鬼もポカンとしてますよ。

「そうだったのかっ!」

「知りませんでしたわっ!」

 駄目だ、この一行。

 誰か一人くらい知恵者はいないのか。

 いや、いないからここに来たんでしたね。

「おいお前たち、何を騒いでいる!」

 そこへ現れたるは筋肉大好き石コ太郎。

 ようやく人間のお出ましだ。タニシや鬼にはわからない人間の繊細さというものを、思う存分説くがいい。

「大変ですわっ。寝太郎さんが寝すぎて木になったのです!」

「何てことだっ!」

 石コ太郎も駄目だったよ……。

「ずっと寝てばかりだったから、たまには身体を動かすべきと思っていたのだが、まさかそんなことになっていようとは……やはり、何でも程々が良いという言い伝えは本当だったか」

 言い伝えというか常識だけどな。

 ちなみに考えナシに筋トレばかりしていると脳ミソが筋肉になります。

 本当です。

「ぶちしろしいっちゃね」

 とてもうるさいと言いながら、半端な襖を開けて白髪の老人が入ってくる。

「聞いてくれ、爺さん!」

 生卵丸呑みしたら殻が喉に引っかかったみたいな顔をした石コ太郎が、声を張り上げる。

「アンタのセガレが、木になっちまった!」

「え?」

「そうなんですの。つい先程気付いたら、こんな惨い姿にっ」

「えー……」

 寝太郎の父は困った。

 だってそれは、最初から木だったのだから。

「どうするよっ。どうすんだよ!」

 タニシに迫られ、お爺さんたじろぐ。

「そ――」

 額の汗がタラリと頬を滑り、畳へと落ちる。

「それは大変じゃあ!」

 とりあえず、場の雰囲気に呑まれることにした。


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