三年目の寝太郎 09
見張り(阿吽)との壮絶な一戦を終えた一行は、その足で待望の寝太郎邸へと向かう。丸太の門柱を過ぎればすぐにでも家屋が見えてくるかと言えばそうではなく、蔵だったり畑だったりを内包しつつ邪魔にならないだけの間隔を空けて丸太の壁は建てられていた。
石コ太郎なりに気を遣った様子が窺える。
「おっ、二人ともちょっと隠れろ!」
タニシの鋭い囁きに反応して、近くの茂みへと屈みこむ。
「どうしましたの?」
「見ろ。縁側の外にアイツがいるぞ」
家屋へ目を向けると玄関の左手、長く伸びた縁側から少し離れて目立つ巨体が佇んでいる。
あの姿を見間違える道理はない。石コ太郎である。
「やっぱり中も見回りが居たか。まぁ当然だが」
「それにしてもピンピンしてますわね」
完全に流し切りが入ったのに。
「まぁ、偶然一発いいのが入ったってだけだし」
「この私の本気の一撃であれば、立つどころか食べることも寝ることもできなくなってましたわっ」
パーフェクトで凄い介護をするって意味かな?
「そういうのは実際に入れられるようになってから言おうな」
「投げますわよ」
「やめてっ」
「それで――」
ジッと眺めて微動だにしなかった健乃が、ここで口を開く。
「これからどうするの?」
「どうすると言われてもなぁ」
その視線の先には佇む巨体が一つ。
「そもそもあの方、何をなさってますの?」
「日向ぼっこじゃない?」
まだお昼というには早いが、高くなってきた日差しは既に壁を越えて降り注いでいる。
「なるほど、確かに気持ちの良いお日柄です」
「いや、なるほどじゃねぇよ」
「いつもジメジメしているタニシにはわからないんだよ」
「部屋の隅が定位置の日陰者に言われるのは心外だぞ、コラ」
「だったらタニシは――はっ!」
健乃、驚愕の事実に気付く。
「いとこ煮を待ってるんだ!」
「うん、何を言ってるんだ?」
「大変、すぐに並ばないとっ」
「並ぶって何だよ」
「え、だから、あそこで待ってるといとこ煮がでてくるんでしょ。私知ってる」
「お前は、何も、わかってない!」
タニシ力説。
「そもそもだなぁ、僕らは単に三年寝太郎に助言をいただきにきただけなんだよっ。あの筋肉ダルマの相手をするためでも、いとこ煮をご馳走になるためでもないの!」
「え?」
「え?」
「え、じゃないよ!」
タニシ将来ハゲそう。
「つまり、僕らが今すべきことは、あの家にこっそり入って寝太郎に会い、僕が人間になるための知恵を教えてもらうことなんだ!」
「はいっ」
健乃、挙手。
「何だね、やっちゃん」
「そんな泥棒みたいなことする人に、親切に教えてくれる人はいないと思います!」
「うむ、それはだね――」
圧倒的正論である。
少しばかり考えてはみたものの、小さなタニシ脳では解決不可能だ。
「どどどどうしよう」
「落ち着くんですわっ」
「しかしだな、凶華」
「それも寝太郎さんに聞けばよろしいのではなくて?」
「なるほど!」
なるほどじゃねぇよ。
そりあえず、そんなことを聞かれた時点で三人がアホなんだろうなというのは察してくれることだろう。
「さて、問題はどうやってヤツの目をかいくぐって家に入るかなんだが――」
「玄関からでいいんじゃない?」
拾った柿を食べたら渋かった的な顔をするタニシの言葉を遮るように、健乃がシレッと言い放つ。
「お前な、そんなことしたらすぐに見つかるだろうが」
「見つからないよ?」
「どうしてだ?」
「もういないから」
改めて縁側に目を向けると、あの巨体はなかった。
どうやら一か所でずっと見張っているワケではなかったようだ。
まぁ、あの筋肉がジッとしていて疼かないハズもなく、突然走り出さなかっただけ我慢しているのかもしれない。
「ホントだ。どこ行った?」
「まさか、その先にいとこ煮がっ?」
「その話はもういい」
「えー……」
「それにしても謎ですわね」
凶華が小首を傾げる。
「何がだ?」
「あの方はどうして縁側の外に立ち、家の中を眺めていたんでしょうか?」
「そりゃ――」
少しだけ考えて、タニシは続ける。
「見張ってたんだろ」
「見張るとは何をです?」
「何って……寝太郎?」
普通に考えればそうなるであろう。
「でもそれって、何だかおかしくはありませんか?」
「おかしい?」
「だって、外から入ってくる人たちを近づけさせないために、あの壁があり、見張りが居るんじゃありませんか。だとしたらあの方も、外を向いて立っているべきでは?」
「なるほど、それは確かに」
「きっと、中にすっごく気になるものがあったんだよ」
「いとこ煮はないからな」
「えー……」
健乃、がっかり。
「理由はともあれ、あの方もいなくなりましたから、直接確かめてみればよろしいのではなくて?」
「確かにそうだ。よしやっちゃん、縁側へ向かうぞ!」
二人と一匹はバタバタと、慌ただしく藪を掻き分けて這い出ると、転がるようになりながら縁側へと駆け付けた。
そして開かれたままの障子戸から見える、薄暗い室内へと目を向ける。
「これは――」
凶華が息を呑む。
「まさしく――」
タニシが感嘆の溜め息を漏らす。
「寝てるねぇ」
昼寝愛好家の健乃が満足そうに頷いた。
そこには、外に背を向けた横向きの恰好で寝そべる、一人の男の姿があった。
脱力感に満ちただらしない寝姿は、まさしく怠惰を象徴とするかのような神々しさを放ってすらいる。
二人と一匹は実感した。
三年寝太郎ここに在り、と。




