三年目の寝太郎 06
肘打ち一発を叩きこんだ後、凶華は健乃を抱えて一目散に逃げ出した。
「ちょっと、何でここで逃げますのっ?」
逃げている本人が抗議している。
「一旦出直しだっ」
現在凶華の身体を動かしているのはタニシである。
ちなみに健乃の上に乗っている時も、半分くらいはタニシが動かしていたりする。歩きながら寝るとか日常茶飯事の彼女にとって、タニシは便利な自動運転機能みたいなものである。
「よぉし、ここまで逃げればとりあえず大丈夫だろ」
一滴も出ていない額の汗を拭って、タニシは大きく一息ついた。
小さな林に駆け込んだ彼らを、まだ湿り気を帯びた涼やかな風が出迎える。日差しも程よく遮られて、実に心地よい場所だ。
「あの場面で逃げ出すなんて、何しにここまで来たんですのっ?」
凶華はご立腹だ。
「そもそもお前、何のためにここに来たのか憶えているのか?」
「当然ですわ!」
ふふんとばかりに自慢げにある胸を張る。
「よし言ってみろ」
「私の悪の軍団の本拠地を設立するためですわ!」
「そんな話は微塵もしたことないわっ」
「そうだよっ」
珍しく健乃が食いつく。
「お、言ったれやっちゃん」
「いとこ煮食べるためだったでしょ!」
「断じて違うわっ!」
援軍に後ろからバッサリ切られ、タニシも涙目である。
ちなみにいとこ煮というのは山口県辺りの郷土料理で、かまぼこなどが入った甘くないぜんざい、とでも言うべき料理である。
「よしわかった。お前ら座れ」
そう言いつつ、座るのも待たずにタニシは話し始める。
「そんなんだからここへ来ることになったんだってことを、ハッキリと思い出させてやる!」
回想、入りまーす。
それは今から三日くらい前のことである。
追われるようにして都を出てから、希望を口にして前進を心に決めたタニシであったが、一時すら待つことなく頓挫していた。
人間になるなどという大胆な目標を掲げてみたは良かったものの、どこでどうしたらいいのか皆目見当もつかなかったからだ。
「そこで僕は気づいたんだ」
タニシは幼女の上で声高に主張する。
「僕達には頭がない!」
「タニシの頭はどこか知りませんけど、私とやっちゃんには立派な頭がついてますわよ?」
「僕にも頭はちゃんとついてるわっ。それと、お前にあるのは立派な頭ではなくておバカな頭だ!」
「タニシにバカにされましたわっ!」
屈辱の余り凶華は青くなる。
「残ったもう一人は食べることと寝ることしかできない役立たずだし、こんなんじゃ偉大な目的なんて果たせる気がしないぞ」
「仕方ないよ」
健乃は特に怒っている様子はない。
「体力自慢の鬼と可愛い女の子と、あとタニシだもん」
そんなことはなかった。
「そうですわね。世間知らずの女の子と頑張り屋の鬼と、あとタニシですものね」
「おいお前ら、タニシバカにすんな」
「そんなこと言うなら、何か考えでもあるの?」
「うむ、僕らが考えてわからないのなら、誰かに聞けばいい」
「タニシの癖に真っ当なこと言ってますわ」
「ホントだよ、タニシのクセに」
「言っとくけど僕、水神の使いだからねっ。ただのタニシじゃないからね!」
泣くな、タニシ。
「で、聞くとしても誰に聞くんですの? というか、アテはありますの?」
「本来、昔話の賢人なら誰に聞いても良さそうなものだけど、今の僕たちは誰かさんのせいでお尋ね者の身だからな。そうもいかない」
「平伏して感謝するといいですわ」
「しねぇよ!」
ストレスで殻がハゲそう。
「えーとつまり、悪い人で頭のいい人じゃないとダメってこと?」
「いや、悪人である必要はない。というか、悪人に頼るのはやめておきたいところだな」
騙された挙句に押し寄せた不幸に呑まれる未来しか見えない。
「じゃあ、どうするんですの? 悪人ではないけどお尋ね者なんて、そんなバカな人たちなかなかいないでしょう?」
ここに二人と一匹いますよ。
「大丈夫だ。心当たりはある」
「で、どこのおバカですの?」
「お前には言われたくないと思うが、まぁいい。三年寝太郎だ」
「名前からしてダメそう」
「三年寝ても何もしなさそうなやっちゃんに言われるのは不本意だろう」
「えっへん」
「何一つ誉めてないからな!」
「でもさ、タニシ」
「何だ、やっちゃん」
「寝てるだけの人に何を聞きに行くの? 占いの人にでも聞いた方がいいんじゃない?」
「やっちゃんは寝太郎を何だと思っているんだ?」
「遠い親戚かな?」
主に生態が似てる。最後に働くところ以外。
「よしわかった。今日は寝太郎について話してやろう。
三年寝太郎解説、はっじまーるよー。
三年寝太郎は比較的メジャーな部類に入る昔話である。
基本的な筋としては引きこもりニートが社会貢献をするという話で、現代にも通じる風刺作であると言えるだろう。
そんな三年寝太郎だが、大きく分けて二つに分類される。
一つは寝てばかりの若者が旱魃の折に大岩を動かし水源を作るというパワータイプ。
もう一つは寝てばかりの若者が長者に取り入って砂金を集め田んぼを広げるインテリタイプ。
前者の方が三年寝太郎として知られた話であり、後者は厚狭の寝太郎として知られている。寝て過ごしてきたこと以外はあまり共通点のなさそうな二人である。
しかし恐らく、どちらも溜め攻撃タイプに属することは間違いない。じっとしゃがんでサマーソルトとかするのが得意である。
そんな奴には遠距離から波動拳だ!
「まぁ要するに、いざって時には頼りになるけど普段は怠け者ってことさ」
「ふーん」
健乃は曖昧に頷いた。あまり興味がなさそうだ。
「ちょっとよろしいかしら?」
「いいぞ」
「その寝太郎という方は、我々側の人間なんですよね?」
「どういう意味だ?」
「つまり、朝廷殲滅を企む巨悪という意味です」
「いや、そんな悪党じゃないけど。というか、僕たちそんな悪党じゃないぞ」
せいぜい小悪党程度である。
「話を聞く限り、とても真っ当な方に聞こえるのですが、一体どんな悪事に身を染めたんですの?」
「まぁ話自体は善行だよな。でも、朝廷にとっては悪だ」
「どういうことですの?」
「ヤツはな、朝廷の管轄する金山に手を出したんだよ。それで睨まれてるのさ」
なので現在、三年寝太郎は自宅に軟禁され監視されている。周囲を丸太の壁で囲うという徹底ぶりである。
その中にわざわざ自分から飛び込んでいくとか、バカにしかできない所業であると言えるだろう。
もしこの場に寝太郎が居て今すぐ相談できたなら、彼はこう言っただろう。
やめとけ、と。




