三年目の寝太郎 05
幼女、盾にされる。
しかし効果は覿面だ。
「ひでぇ! マジひでぇ!」
「小さい子供を盾にするなんて、血も涙もないべか!」
既に野次馬と化した見張り二人から罵声が飛ぶ。
「おいやめろ凶華。せめて僕は下ろしてからにしろっ。いやしてください!」
味方のタニシからも最低な懇願が飛ぶ。
ちなみに健乃は何も言わない。それどころか暢気に欠伸とかしている始末だ。
歩くの面倒だからこのまま運んでくれると嬉しいなぁとか思ってそう。
「小さな子供を盾にするなど、言語道断っ。女と思って甘く見ていたが、もう容赦せんっ。この卑怯者め!」
固く握った拳を眼前でプルプルと震わせながら、怒りに燃える石コ太郎。
子供のために本気で怒れる、彼はそんな大人だ。
「そうだべっ。ウチの親分はなぁ。子供が大好きなんだぞぉ!」
「女は嫌いだが、幼女は好きな粋な漢なんだぜぇ!」
雲行きが怪しくなってまいりました。
「お前ら、黙って見てろ!」
「へい親分!」
「オラたちは信じてるべ!」
人は疑うからこそ、信じていると言うのである。
「ともかくオレは、力太郎軍の一員として、お前のような巨悪を許さないっ。特に、お前のような卑怯な女は絶対にだ!」
ビシィと指さし、改めて臨戦態勢を取る。
が、動かない。
力押ししかしない、というよりできない彼は、正面突破以外の戦術を持ち合わせていないのだ。
つまり、啖呵を切ったは良いものの、何もできないのである。
さすがは石を持ち上げるしか能のない男、石コ太郎!
「おーほっほっほっほっ!」
一方、凶華は機嫌良く高笑いを上げている。
「どうです。この完璧な私の戦略は!」
「よしわかった。わかったから一旦下ろそう。少なくとも僕が避難するまで下ろそう。なっ!」
「聞きましたかタニシ、私はこの一瞬で、巨悪な卑怯者とまで呼ばれるに至ったのです。これは快挙ですよ。素晴らしいだとか誇らしいだとか、うんこ汚らしい称賛の言葉とは今日でお別れです!」
「うんわかった。ちゃんと聞いてるから僕の話も聞こうなっ。というか聞け!」
「知略を用いて相手を封じ、こちらが一方的にやっつけるなんて、まさしく悪者ですわっ。これこそ悪の醍醐味なのですわ!」
タニシの話はとりあえず届いていない。
「今こそっ、今こそこの私が、正義に対して悪の鉄槌を下す時ですわ。実家を出て三年、長年に渡る苦労が今っ、この瞬間に報われるのです!」
一人盛り上がる凶華。
健乃を盾にしたまま右足を引き、腰を落として力を溜める。
「いざ、参ります!」
そして蹴る。
石コ太郎の巨体が一瞬で間近に迫り、身構えるしかない彼に対し渾身の一撃を繰り出した。
二人の姿が煌きと共に交錯する。
「やりましたわ!」
手応えを感じ、振り返る凶華。
石コ太郎も振り返る。
そして見た。
石コ太郎の頭は、七三に、なっていた。
「何でですの!」
「いや、そりゃそうだろ」
むしろどうしてしゃちほこが乗っていないのか、不満なくらいである。
いや、きっと次の一撃で肩に乗るに違いない。
「この流れなら、絶対にズドンと大きな一撃が決まってゴロゴロダーンな感じになると思ってましたのに」
「流れでお前の病気が治るワケないだろ。重症だぞ、それは」
「ではどうしたら!」
向こうが手出しできないのは良いとして、こちらから手を出してもダメージ一つ与えることはできない。つまり、回復しかできないヒーラーと守るコマンドしか使えない盾役のタイマン勝負である。
そりゃ健乃だって欠伸をしようというものだ。
「素直に逃げれば良いのでは?」
「嫌です!」
タニシの至極真っ当な提案を、凶華は叩き落とした。
「何でさ!」
「こんな機会、滅多にあるものではありませんわっ。今を逃したら私、きっと一日一善とかやってしまうダメな天邪鬼に逆戻りしてしまいます!」
「うんもうそれでいいんじゃないかな」
誰も困らないし。
「良くないです! あ、そうですわ」
「どうせ下らないことを思いついたんだろうが、いいだろう。聞いてやる」
「タニシが殴ってください!」
「届かねぇよ!」
「使えませんわ!」
「巻き込まれただけなのに理不尽すぎる!」
「ではやっちゃん、やっちゃんが殴ればいいのですわ!」
ご褒美かな?
「凶華よ……」
「な、何ですの?」
「やっちゃんを盾に使ってやっちゃんが殴って勝つ。それはもう凶華の勝利じゃなくて、やっちゃんの勝利だろ」
ぐうの音も出ないタニシの正論に、凶華も黙るしかない。
「でもっ、でもぉ!」
「あー、わかったわかった。このままじゃ埒が明かないから、僕が手助けをしてやる」
「タニシを投げればいいんですのねっ。わかりました!」
「何一つわかってねぇよ!」
タニシは一つ咳払いをすると、少しだけ真剣な顔で切り出した。
「とりあえず僕を胸に乗せてやっちゃんを下ろしてやれ。そこから先は目を閉じて突っ立っていればいい」
「どういうことですの?」
「一つ思いついたからな。ちょっとした試しだ。いいからホラ、さっさとする」
少しばかり不安そうな顔つきではあったものの、このままではにっちもさっちもいかないことに変わりはない。凶華は渋々頷いて言われるままにタニシを胸元へ移し、健乃を下ろした。
「ほう、ようやく自らの卑怯な行いを恥じたか。しかし遅い。お前のような極悪人は成敗せねばならん!」
「さて、それはどうかな?」
凶華が口を開く前にタニシが答える。
「そんなこと言って大丈夫なんですの? やっぱりやっちゃんの盾を装備した方がっ」
「駄目だ。というか無理だ。とにかく凶華は目を閉じて、あ、それから奴に背を向けるんだ」
「どうしてですの?」
「無意識が大事なんだよ。いいか、凶華。余計なことは考えるな。いや、アイツを倒した後のことでも思う存分に考えていてくれ」
「つまり、世界征服について考えるんですね。わかりました!」
随分と飛躍したが、まぁいいやとタニシは流すことにする。
「おーい、もういいぞ。いつでも殴りにきてくれ!」
そう言い放つとタニシは、以前雨避けに使った薄い水膜をドーム状に張った。少しばかり霞む程度で、視界が閉ざされるほどではない。
「この石コ太郎、無防備の女を後ろから殴るほど落ちぶれてないわっ。だが、お前のような凶悪な女を野放しにはできない。ひっ捕らえて地下の牢屋に閉じ込めてくれる!」
「うむ、それでいいぞ」
「では、そこを動くな」
のっしのっしと迫る巨体。それが水膜に触れるや否や。
「おごふっ!」
鋭いバックステップからの肘打ちが石コ太郎の鳩尾にめりこみ、巨体は脆くも崩れ落ちるのだった。




