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五大聖伝は集わない 04

「戻ったのか、洗濯板」

「気安く話しかけるな、デブ」

 会議の間を出て十歩も歩いていないというのに、桃太郎は一触即発である。

 相手は女性でありながら紋付き袴を着こなし、赤地に白く『金』と書かれた前掛けをしている。彼女以外が着ていたら間違いなく噴き出されるであろう格好だ。

「ぷぷっ、お前相変わらず恥ずかしいカッコしてんのな」

「背中に旗を立てている男には言われたくない!」

 もっともである。

「ちょいと桃さん、あんまりウチのキンコをからかわないでくださいよ。素直で単純なのがいいとこなんですから」

「ちょっと卜部うらべ、今絶対バカにしたでしょ!」

 背後からのやんわりとしたフォローに噛みつくキンコ――もとい坂田金湖さかたかなみは、二代目金太郎であり、朝廷直属の三軍の一つを指揮する立場にある。父が引退してまだ一年、神輿の天辺に祭り上げられてはいるが、その実力はまだまだ及んでいない。

 まぁ、桃太郎という酷い例が隣にいるせいで、都での評判は悪い方ではない。むしろ若いながら良くやっていると、なかなかの高評価だ。

「馬鹿にしただなんてとんでもない。そこが可愛いんじゃないですかっ!」

「かわっ……何言いだすんだ、このバカ!」

 素直に照れるところが彼女の大きな魅力である。

「どうです。ウチの大将、可愛いでしょ?」

 やたらと背の高い糸目は、その飄々とした雰囲気を崩すことがないまま、口元だけ綻ばせて桃太郎に同意を求める。

「悪いが洗濯板に興味はない」

「ねぇ卜部、アイツまさかりで真っ二つにしていい? いいよねっ?」

「いけませんよ、キンコ」

「やーい、怒られた」

「そんなことをしたら二人に増えてしまいます」

「増えねぇよっ。普通に死ぬよ!」

「……増えるのは嫌だな。わかった。やめる」

「おいこら!」

「物分かりがいいですね、キンコは」

「頭撫でるなっ。あとキンコもやめろ!」

「キンコの髪の毛はサラサラで気持ちいいですね」

 彼女のおかっぱ頭は可愛いと、都の町娘たちにも評判である。

「ななっ、ささ触るなっ!」

「長所なんですから、照れなくてもいいのに」

 後ろに飛び退いて距離を取り、猫みたいに屈んで威嚇している。

 仲睦まじい飼い主とペットのような二人である。

「ところで桃太郎様」

「何だ、卜部。ボクちゃんは今、重要な会議が終わったばかりで疲れているんだ。一刻も早くおっぱいに囲まれて癒されたいんだ。邪魔しないでくれ」

「我々が都を留守にしていた間に、随分と大きな戦果を立てたようですね」

「おうよ!」

 桃太郎、丸い胸を張る。

「何たってあの『鵺』を退治したんだ。いや残念だったな。お前たちも都に居たら、ボクちゃんのおこぼれくらいにはありつけたかもしれないってのに」

「貴様ごときが――」

 馬鹿にされて身を乗りだしかける大将を、卜部が広げた右手でやんわりと制止する。

「いや素晴らしい。ところで我々が討伐に向かった反朝廷派の密会なのですが、どうやら偽りだったようです」

「そうか。それは残念だったな」

「我々の動きを察知して場所を変えたのか、中止したのか、あるいは情報そのものが嘘であったのか、桃太郎様はどう思われます?」

「しし知らん。ウソとかあり得んだろっ」

 この桃太郎、小心者としても名を馳せている。

「なるほどそうですか。時に桃太郎様」

「なな何だ?」

「街中で娘に殴られたと聞きましたが、お加減はよろしいので?」

「あ、あぁ大丈夫だ。ボクちゃんはこう見えて丈夫だからな」

「その娘一行を早速手配したと聞きましたが」

「うむ、捕まえて手籠め――ではなく反省してもらわねばならんからな」

 おい。

「確か、天邪鬼一人とタニシ、それに子供一人という組み合わせでしたね」

「そうだ。居場所が判明したら、お前たちにも出てもらうかもしれんな」

「おや?」

 糸目の奥にある瞳が鈍く輝きながら、桃太郎を射抜く。

「今のところ反朝廷派の疑いは薄いのではないですか?」

「そそそんな話を誰から聞いたっ?」

「つい先程、犬塚殿から」

「アイツめ、何でペラペラと……」

 上司に嘘の報告を上げながら競合しているライバルに正確な情報を送るというファインプレー。

 そんなに嫌いか、このデブが。

「まぁお前たちが出張らずとも、いずれ見つかって捕まるさ。都にはもう来ないだろうから、ボクちゃん自ら捕まえられないのはいささか残念ではあるがな」

「もう一発殴られろ、デブ!」

「おい卜部、お前んとこの大将、口が悪いぞ!」

「あぁ、これは失礼しました。いけませんよ、キンコ。あんなのと話をしたら穢れてしまいます」

「おいっ」

「今度からは見るのも控えましょう」

「おい!」

 見た目的には完全に事案なので致し方なし。

「それにしても都から離れるとあれば、そう簡単には捕まらないかもしれませんね」

「女子供の三人組だぞ?」

「ですが、それを待ち構えるのは我々ではありません。地方での雑務は主に『力太郎』様の縄張りですからね」

「まぁ確かに、あの筋肉バカ共の軍勢では、捕まえるなんて無理な話かもな」

「せめて情報だけでも都へ送っていただければ助かるのですが」

「アイツら、矜持だけは無駄にいっちょ前だからなぁ」

 お前がそれを言うのかという二つの視線が、桃太郎を射抜く。

「ともかく、連中が失敗してからが本番だな。あぁそうだ。もしお前らが出て失敗したとしても、せめて都に追い込むくらいのことはしてくれよ。じゃないとウチは手を出せないからな!」

 はっはっはーと床に落ちた納豆から立ち上る糸みたいな粘っこい声で笑いながら、桃太郎は左手を振りつつ二人の横を通り過ぎていった。

「……相変わらず不快な男だ」

 その背中を振り返ることなく、金湖が呟きを漏らす。

「そう言ってやりますな。あの方もキンコ同様、偉大な父君の背中に苦労しているのです。それに――」

 おかっぱ頭に手を乗せて、ポンポンと叩く。

「あの方がいるからこそ、キンコのお茶目な失敗が笑い話で済んでいるのですよ。今朝だって厠であんな――」

「ちょちょちょっと待てっ。見てたのかっ。まさか見てたのかっ?」

「私はいつでもキンコを見守っていますよ」

「カッコよく言うなっ!」

 金湖の足蹴をひょいと躱し、微笑みを浮かべる卜部。

 都は未だ、平穏に包まれている。

 しかし、何かが隠れて、しかし確実に動き始めてはいるようだった。


 とっぴんぱらりのぷぅ


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