五大聖伝は集わない 03
「つまり――」
白い顎髭を撫でつつ、花咲か爺さんは一つ一つを確認するような口ぶりで続ける。
「船を沈めた連中とは知らないながらも、偶然出会って殴られたので手配したと、そういうことだな?」
「おっしゃる通りで」
渋々ながら桃太郎は頷く。
「どうして殴られたのかのぅ?」
「どーせおっぱいだろ。おっぱい馬鹿だし」
姫の疑問にカニが威勢よく答える。
「しかも気絶していたので、どこへ逃げたのかわからんと、そういうことだな?」
「えーと、まぁ……はい」
言い訳が思いつかずに頷く桃太郎。
「どうして気絶されるほど殴られたのかのぅ?」
「触ったり揉んだり吸ったりしたんだろ。ただのデブだし」
姫の鋭い疑問にカニが呆れ顔で答える。
「更に言えば船を沈めたのがタニシと天邪鬼の組み合わせであると聞いた直後だったのに、おっぱいしか探してなかったと、そういうことだな?」
「いやちょっと、誰がそんなことをっ?」
狼狽える桃太郎。
「どうしてそんなにおっぱいが好きなのかのぅ?」
「自分のでも揉んでろって話だよなぁ。あと臭いし」
「カニうるさいよっ。というかタダの悪口じゃねーか!」
ちなみにカニは茹でるといい匂いがします。
「いずれにせよ――」
花咲か爺さんの表情は悪い意味で神妙だ。可愛い孫娘にヒモ志願のダメ男を紹介されたくらいに。
「どこへ逃げたのかわからんというのがマズいな。一度会っておきながら取り逃がしたというのは、まぁともかくとして」
「えっと……爺さん怒ってる?」
「別に怒っとらんぞ」
「ホ、ホントに?」
「怒られたいなら怒っても構わんが」
「いえ結構です!」
おっぱいに罵られるのは好きだが、爺さんに怒られるのは嫌いな桃太郎である。
「ちなみにお前さん、殴られて気絶していたそうだが」
「はい」
「その際、近くには誰もおらんかったのか?」
「同志がたくさんいだぞ」
「そいつらに行き先を聞いたりせんかったのか?」
「あの見事なおっぱいを売るような真似を、会長であるボクちゃん自らが強要することなど、断じてできん!」
「やっぱ馬鹿だ、コイツ」
「カニごときに、この高尚な思いを理解してもらおうとは思わん!」
おっぱいじゃなければ格好良かった。
「犬猿雉は近くにおらんかったのか?」
「犬はいたぞ。空を飛んで逃げたそうだ。星になったと言っていたからな。さすがにどっちへ向かっているかはわからん」
「……飛んだ?」
「うむ、天邪鬼は飛べたのだな。ボクちゃんは知らんかったぞ」
「ワシも初耳だボケ!」
「何で罵られたのっ?」
飛べるワケないんだよなぁ(タニシは除く)
「まぁ、そのくらいで許してやれ。とりあえず手配は済んでおるのじゃろ。だったら網にかかるのを待てば良い。目立つ特徴もあるし、すぐに見つかると思うがのぅ」
「さすが姫様っ」
桃太郎のヨイショにまたも立ち上がる姫様。
「そうっ、つまりわらわは――」
「都一寛容っ。まるで菩薩!」
「誉めるな誉めるな」
紙吹雪を浴びて、まんざらでもない。
「このボンクラ共と違って賢明であらせられる!」
「もう世辞は良い。それより問題は、連中が反朝廷派と繋がりがあるのかどうかじゃ」
「捕まえてしまえば自ずと判明するとは思いますが――」
そう前置きをした上で、花咲か爺さんは一呼吸置いてから改めて切り出す。
「今のところ、ワシとしては違うと思っております」
「計画の要たるお主の船を沈められたのにか? どうしてそう思う?」
「もし連中が反朝廷派なら、安易に沈めるより調査を優先したでしょう。船乗りから経緯を聞く限り、沈めなければならなかったような理由はありませんでした」
事故(故意)ですし。
「あれだけ派手に沈めれば、怪しまれるのは子供でもわかること。あの慎重な連中が、そんな迂闊者を調査に出すとも思えません」
「なら、ウサギの一件はどうなんだよ?」
「アレも偶然だと思っている」
カニの疑問に対する花咲か爺さんの回答は、簡潔にして端的だ。
「つまり、アレはウチら五大聖伝に対する攻撃じゃなかったってことか?」
「ワシはそう思っとるよ。もし本当に反朝廷派の連中なら、対岸の長者共を巻き込んだりはせんだろ。簡単に追えるような足跡もそうそう残さんだろうしな」
「ボクちゃんも最初からそう思ってたぞ。だから逃がしたのだ。あえてな!」
一同の眼差しがウザいダルマに集中する。
「まぁ、ダルマの戯言は置いておくとして――」
「酷いっ!」
「仮に反朝廷派の手の者だったとしたら、雉を通じて何らかの情報は飛び込んできてもよかろう?」
「そういやアイツ、向こう側に潜入しているとかって話だったな」
「うむ、キジはできる男だ。ボクちゃんの次くらいにな」
一同の眼差しが可哀想なダルマに集中する。
「奴は頭も切れるしダルマと違って面も割れていない。間者としては優秀だ。任せて問題なかろう」
「だな。主と違って信用できるわ」
「あれ、ボクちゃん今バカにされた?」
一応、そこに気付けるくらいの知能はあるらしい。
「今のところ、連中の起こす騒動は無作為というか無差別だ。ただ、その規模は思っているより大きい。不安要素は極力早い内に摘んでおいた方が良いだろうな。お前たちも気を付けることだ」
「あの大きなおっぱいは巧妙な罠であったな、うん」
一同の眼差しが情けないダルマに集中する。
「……それはそれとして」
やや物憂げな姫の声が、静まり返った会議場に響く。
「カチカチ山のことはともかく、船が沈んだことによる影響はどの程度のものなのじゃ? 計画はちゃんと進んでおるのだろうな」
「ご心配には及びません。元々大量に運んではおりませんでしたから、計画の遅れそのものは軽微です。代わりの船を調達するのが手間ではありますが、まぁ旨みのある仕事です。問題ないでしょう」
「目立たずコソコソやってたのが功を奏したってとこか」
カニのいささか嫌味な言い方にも、花咲か爺さんの穏やかな態度は崩れることがない。
「これも普段の行いあってのことだ。お前も用心せいよ。それに、目立たないのはもちろん必要ではあるが、それだけが理由ではない。ガツガツ汲み上げて『養老の滝』が涸れでもしたら、それこそ元も子もないからな」
「うむ、今後もその調子で頼む。姫ちゃん人形の方はどうじゃ?」
「そちらも今のところ順調です。対岸の長者に卸した分は例の混乱に巻き込まれて不発に終わりましたが、元々あの町には期待もしておりませんでしたし、これを理由に資産を掠め取るには良い機会かと」
「ならば良かろう。カニの方はどうじゃ? 甚五郎は見つかったか?」
「例の地下殿の方は順調に進んでるっす。ただ、甚五郎の方は今んところ全く見当もつきませんで。スズメの奴らなら妖怪たちとも交流が深いし、何か知ってそうなんですけど……」
「あやつらには、あやつらなりのしがらみもあろう。しばらくはアテにせん」
「さすが姫様!」
合図に応じて、三度姫様立ち上がる。
「ふふふ、そうともわらわは――」
「都一懐が深いっ!」
ちんちくりんの萌え袖は伊達ではない。
「桃太郎よ。本日も良い仕事であった」
「はっ、お褒めに預かり恐悦至極!」
桃太郎の仕事はヨイショかな?
「まぁとにかく、この調子で頼む」
そう締めくくる姫に、一同は頷きを返すのだった。




