五大聖伝は集わない 01
都の中心に建てられた大きな城――『桃栗城』のそのまた中心部には、専用の会議場が設けられている。それはこの都、否この国の中枢であると、少なくとも参加する彼らは思っていた。
ちなみに現在、だだっ広い会議場の中心にある円卓にある影は一つ。
カニだけだ。
カニがポツリと、円卓の縁に座っている。
会社の送別会に幹事すら来なかったのかな、という様相である。
そんな、あまりに暇すぎて自慢のハサミを振り上げながら『早く育たないとちょん切るぞごっこ』をしようとしていたところで、襖が開かれる。
「お、カニはもう来ていたか。相変わらず平たいな」
「うるさいジジイ。そっちこそ、まだくたばってなかったか」
「やりたいことはまだまだある。そう簡単には死ねんよ」
口元に不敵な笑みを浮かべつつ、入ってきた小奇麗な身なりの老人は円卓に近づき、カニの丁度正面に腰を下ろした。
「あれだけ好き勝手やって、まだやり足りないってのか。人間ってのは欲が深いな」
「お前も人のことは言えんだろ。まだ良心的だった臼を追い出したそうじゃないか。あまり良い噂も聞かんぞ」
「悪口言ってるヤツは上手くやってるオレ様が羨ましいだけさ。どーせ負け猿のウソ泣きだ」
「それを言うなら負け犬の遠吠えな」
「うっさい。どっちも大して変わらんわっ。ちょっと長く生きてるからって偉ぶるな。オレ様とお前は同じ立場だってことを忘れるな!」
「お前こそ忘れるなよ。お前の悪評が我ら『五大聖伝』の悪評に繋がり、ひいては姫様の評判にも繋がっているということを」
「うぐっ……」
姫様を引き合いに出されて、思わずカニの言葉が止まる。
「多少の好き勝手は結構だが、何をやるにしても上手くやることだ。ワシのようにな」
「……全く、何でこんな陰険ジジイが人気あるんだっ。人間ってのはホントにわからんわ」
「それはもちろん、ワシが『花咲か爺さん』だからだな」
老人は白い顎髭を撫でつけながら、ほっほっほと愉快そうに笑い声を上げる。この老人、他人の困った顔を見るのが三度の飯より好きという困った性癖を持っている。
「よく言うわ。このペテン師め」
「誉め言葉と受け取っとくぞ」
まるで孫のお年玉を、まんまとせしめたかのような顔をしている。
世間で聖人君子とはかくありなんと噂されている花咲か爺さんの人物像とは真逆であるようにすら見える。
というか、花咲か爺さんってどんなだったっけ?
花咲か爺さんとは、極めて有名な昔話の一つである。
昔々あるところに、正直で有名な老夫婦と欲張りで有名な老夫婦が隣り合って暮らしていた。昔話の鉄板設定である。
この正直な老夫婦の元へ犬がやってきたことから、話が始まる。
まず大事に育てられたポチが畑を掘れと言う。掘ってみるとお宝がザックザク。それを見た隣の老夫婦が無理矢理ポチに案内させると、そこからはガラクタの山がザックザク。
ポチ、殺される。
悲しんだ正直夫婦はポチのために立派な墓を建て、風除けにと木を植えると、その木が育ってあっという間に大木となり、その大木で臼を作って餅をつくと、またまたお宝が出てきた。羨んだ強欲夫婦が臼を盗んで餅をつくと、汚物が噴出して阿鼻叫喚。
臼、燃やされる。
悲しみに暮れる正直夫婦だが、せめて灰だけでもと持って帰ったところ、夢枕にポチが現われ、その灰を枯れ木に撒くといいワンと言われ撒いてみたところ、見事に花が咲いて殿様に褒められた。それなら自分もと強欲爺さんが灰を撒いたところ、花は咲くことなく殿様に灰がかかり、強欲夫婦は罰せられることになった。
まぁ、そんな話である。
実に典型的な勧善懲悪型の昔話の典型であり、だからこそ代表的な昔話でもある。
「ところでジジイ、どこからウチの臼の話を聞いたんだ? ウチらも今どこにいるのか知らねぇってのに」
「あぁ、それはな――」
渋柿でも食わされたような顔をする老人。
「ポチのヤツから聞いたんだよ」
「何だそりゃ?」
「知らねぇよ。大事な船を沈められたってのにヘラヘラ笑いながら帰ってきやがって」
「お、珍しく不機嫌だな。というか、ポチって死んでんじゃないのか」
「あの獄潰しなら、のうのうと生きてるよっ。まぁ、あんまり外に知られると面倒だから、遠ざけているんだがね」
正直爺さん(笑)とは何だったのか。
「何だよ、ジジイも人のこと言えねぇじゃねぇか。まぁ普段のジジイを知ってたら別に驚くことでもねぇけどさ」
カニが仕返しとばかりにケラケラと笑う。
「うるさいわ。茹でて食っちまうぞ」
「おーこわ」
「今日は賑やかだな。って、二人だけか」
襖が開いたかと思ったら、ダルマが現われる。
「おう二代目か。今日は少し遅いな」
カニの言葉に桃太郎、否、デブは眉をひそめる。
「二代目はヤメロ。ボクちゃんはちゃんとした桃太郎だ!」
「どうせどこぞの大きなおっぱいでも追っかけていたんだろう?」
さすがは年の功、当たりである。
「いやいや、あれはこの都を守るために必要なことであって、別にボクちゃんの趣味だけでやっているというワケではないし――」
「いいから座れ、ボンボン」
「なっ」
言い訳を遮断されて機嫌を損ねるダルマだったが、正直爺さんのクマですら土下座しかねない眼光に圧されて口をつぐみ、すごすごと定位置に移動し腰を下ろす。
これで三人が円卓を囲んだが、淋しさにあまり変化はない。
「……スズメは相変わらず欠席なんだろうが、ウサギの代わりに誰か来てないのか?」
ダルマが重い空気を押しのけるように話を逸らす。
「あの筋肉バカのお人好しが、悪だくみに参加するために都まで来ると思うか? 往年の敵だった狸の息子と、謝礼の菓子折りすらなくアッサリ和解したようなヤツだぞ」
「そうなのか。まぁ、あの爺さんに来られても困るか。ボクちゃんたちの高度な会議にはついてこれまい」
「ついてこれないのは二代目も一緒だろ。せめて犬か猿でもつれてくれば話は別だけどよ」
ケラケラ笑うカニを睨みつけるが、効果はない。
「まぁ、極端な話ワシ一人でも構わんがな。その方が色々とやりやすい」
「ジジイ一人に任せられるかっ。そのためにワザワザ都まで来てやってんだぞ」
「カニは海辺で泡でも噴いとれ」
「何だと、ボケジジイ!」
「都の守護役であるボクちゃんの前で喧嘩とは、いい度胸しとるね、キミら」
「そういうことは、たるんだ腹をへこませてから言うもんだぜ。妖怪一匹対峙したことのない二代目さんよ」
「無茶を言うな。ボンボンには茶番でもやっとだろ」
「おうお前ら表に出ろ。ボクちゃんの強さを思う存分見せてやらぁ!」
ダルマ、いきり立つ。
「うるさいのぅ」
そんなヒートアップに水をかけるような涼しげな声と共に、襖が開かれる。
「姫様!」
既に立ち上がっていた桃太郎が転がるような勢いで駆け寄り、鮮やかな裾を引きずって歩くちんちくりんな少女を上座へと案内する。
「では、今回の五大聖伝の集い、始めようかの」
二人と一匹の深々とした礼を見て、少女は大きく頷いた。




