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タニシはおうちにかえれない(ですよねー) 15

「喜びに血を吐くとは、天邪鬼とは変わっているのだな」

「誰も喜んでませんわっ」

「しかしお前、僕にこれだけのお世話をしてくれたのは、お前が初めてだぞ。囲っている侍女どもですら、足袋を投げつけてくるのに」

 嫌われ過ぎぃ。

「これはその……違うんですの」

「違う? まさかホレたのではなく――」

「そうっ、そうです!」

「昔から好きだったということか!」

「蹴りますわよ、マジで!」

「蹴るくらいなら踏んでほしいのだが」

「お断りですわっ」

 有り余る憎しみがまるで届かず、凶華の胃に穴が開きそうである。

「よしわかった」

「わかったって何がですのっ?」

「さすがに天邪鬼を妻にするのは無理だが、侍女としてなら雇ってあげられるぞ」

「お断りします」

「まぁ、いずれは愛人くらいにはしてやろう」

「お断りしますっ」

「無理するな。そのおっぱいはボクちゃんに揉まれるためにあるのだろう。ん?」

「殴りたいですわ。クソな――うんこ殴りたいですわ!」

 えんがちょ。

「ホレホレ、もっとお世話していいんだぞ?」

「ウザいですわ。うんこウザいですわ!」

 持ち上げた拳をプルプルと震わせる凶華だったが、奥歯をギリギリと鳴らしながらも近づくことはしない。こんな状態で近づいたりしたら、ナニをナニするみたいなサービスでも始めかねないということは、彼女自身にもわかっているからだ。

「では早速我が家へ行こうそうしよう」

 自分の身が安全であると直感的に理解したのか、桃太郎の方から一歩を踏み出す。

「近づかないでくださいっ!」

「またまたぁ、身体は正直なク・セ・に」

「ちょんまげ引っこ抜いて鼻の穴に捻じ込みますわよっ!」

「何それ痛そう!」

「ハッキリ申し上げて、私は貴方のような煮ると油が浮いてきそうなお方に興味はございませんの。まだタニシの出汁の方がマシですわ!」

「混ぜたらちょっと美味しそうかも?」

 健乃はそろそろお腹が空いてきたようである。

「……なるほど、そういうことか」

「どういうことですの?」

 納得顔の桃太郎に納得がいかない凶華。

「心配するな。ボクちゃんは桃太郎なのだぞ。キビ団子なら食べ放題だ」

「そんな心配してませんわ!」

「はいっ」

 健乃、手を上げる。

「何だね、そこの幼女」

「私、侍女やりたい!」

 幼女が釣れた。

「いけませんっ。あの男の出すキビ団子なんて食べたら、死ぬまでこき使われて、その挙句にポイされちゃいますわよっ」

「酷い言われようだな」

 さすがに心外とでも言わんばかりの顔で、やれやれと首を横に振る。

「いくらボクちゃんでも、幼女をこき使う趣味はないぞ」

「その幼女が巨乳だった場合は如何です?」

「大歓迎だとも!」

 犬塚の問いに最低な返答をする肉団子がここに。

「サイテーですわ」

 デートへの待ち合わせに家を出た瞬間にウンコを踏んだみたいな顔をする凶華。

「いいぞ。その顔で毎朝味噌汁を出してくれ!」

 ド変態ここに極まれり。

「えっと、じゃあキビ団子は?」

 幼女のお腹がくぅと鳴る。

「やるワケがあるまい。アホかお前は。あと十年待って、おっぱいが十分に膨らんでいたら考えてやろう」

「何て酷いことをっ。やっちゃんはこれでいいんです。このまま大きくならなくていいんです!」

 どっちも酷いこと言ってる。

「……んー」

 健乃、少し考える。

 ちなみに、特に怒っている様子はない。

「お母さんも子供のままだったし、私も大きくならないと思う」

 合法ロリ。

「それでこそやっちゃん!」

「それでこそ?」

「あぁいえ、やっちゃんはそのままで十分可愛らしいので、ずっとそのままでもいいと思いますわ!」

「ふーん……」

 少しばかり闇を感じた健乃だったが、今は流しておくことにする。

 こう見えて健乃は大人の女なのだ(願望)

「とにかく!」

 右手をビシッと突き出し、凶華はその指先を肉塊へと突きつける。

「私もやっちゃんも、貴方のキビ団子に興味なんてありませんから!」

「キビ団子……」

「くくくく、そうはいかんぞ。折角ボクちゃんのお世話をしてくれる逸材を見つけたのだ。嫌そうな顔をしながら完璧な奉公、まさに理想!」

「うわぁ……」

「キビ団子……」

「しかも優秀なおっぱいときた。そう簡単に逃すものかっ。都の守護役として、絶対に捕まえてみせるもんねー!」

 最低の職権乱用を見た気がする。

「寄るんじゃありませんっ。殴りますわよっ?」

「キビ団子……」

「おう、いいぞ。次はどんな奉公をしてくれるのかなぁ?」

「ぐぬぬぬぬ」

「キビ団子……」

 どんだけ食べたいねん。

「おい幼女うるさい。お前に用はないからあっちへ行けっ」

 まとわりつく野良犬でも追い払うように、持ち上げた左手をパタパタと振った、その瞬間だった。

 鋭く振り払われた凶華の左拳が肉団子の中心――へそを直撃して持ち上がり、慌てて割れた人垣の間を滑るように転がっていくと、乾物屋の店先にあった簀の子に直撃して砂塵を巻き上げた。昆布やらシイタケやらが、クルクルと宙を舞いながら撒き散らされていく。

「……はい?」

 という声を最初に上げたのは、朝起きたハズなのに夕方になっていたОLみたいな顔をしている凶華である。

 自分の左手が何をしたのか、全く把握していない。

 が、直後に沸き上がった大歓声を浴びて、あの肉団子を無意識ではありながら撃退していたことに気づく。

「というか、どうして貴方達も喜んでいますの?」

「まぁ、彼らはおっぱい好きの同志ではありますが、桃様の奇行を好んでいたワケではありませんので。私も含めてスカッとするのは至極当然のことかと」

「つくづく大変ですわね、貴方」

 犬塚に同情する凶華の眼差しは、穏やかだ。

「痛み入ります。それに、同情している場合ではありませんよ」

「どういうことかしら?」

「お忘れですか。あの方はおっぱいが好きで女性から冷たい視線を投げられることで興奮する変態ではありますが、同時に都の守護を任されている責任者でもあるのです。その桃様を直接殴ってお咎めなしでいられるほど、この都は安穏とした場所ではありません」

 言われて、なるほどと凶華は頷く。

「あの肉団子が目を覚ます前に都を出た方が良いでしょう」

「そうですわね。ご忠告、素直に受け取っておきますわ」

「あぁそれと――」

 犬塚は懐から簡素な巾着を取り出し、差し出す。

「ささやかですが、皆の気持ちだと思ってお受け取りください」

「何ですの?」

「キビ団子ですよ」

「キビ団子っ?」

 鋭く反応する幼女を小脇に抱えながら、凶華は巾着を受け取る。

「ありがたくいただいておきますわ」

 そう言い残し、凶華は風の如く走り去るのだった。

 豊満なお胸様を、これでもかとばかりに揺らしながら。


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