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タニシはおうちにかえれない(ですよねー) 13

「桃太郎ですの?」

「そうだ。桃太郎様だ」

 デブがふんぞり返る。ただでさえパッツンパッツンの陣羽織が今にもはち切れそうだ。

「え、まさか『あの』桃太郎ですのっ?」

「そうだともそうだとも。敬い奉るがいいぞ」

「本当に貴方が、山賊も裸足で逃げ出す卑怯千万の略奪者、桃太郎なんですのね?」

「うん、ちょっと待って」

「私も桃太郎なら知ってる。有名だよね」

「よしそこの幼女、その女にボクちゃんの偉大さを教えてやれ」

「人間の友達がいなくて、犬猿雉としか話せなかった淋しい人だよね」

「よしもうしゃべるな!」

「違いますわ、やっちゃん。そんなボッチに不意を突かれたとはいえ、鬼が降参すると思いますか?」

「ボッチ言うなっ」

「じゃあ、どんな人だったの?」

「それはですね――」

 健乃の問いに、凶華は答える。


 桃太郎は日本で最も有名な昔話の一つである。

 よくご存知の方も多かろうと思うが、ここで改めておさらいしておきたい。

 桃太郎は流れてくる大きな桃から生まれた奇怪な生命体である。少なくとも人間ではない。多分ツチノコに近い何かである。

 彼はお爺さんとお婆さんの善意につけ込み、まんまと大きく成長するなり切り出した。

 鬼を討伐しに行くと。

 彼は朝廷に取り入ると犬(という名目の兵士たち)や猿(という名目の兵士たち)や雉(という名目の兵士たち)を引き連れて鬼が島を強襲、鬼を屈服させてその財宝を奪った。

 しかもその際、見つかった財宝は朝廷に申告することなく手元に収めた(ひどい)と言われている。

 朝廷がバックに居るというだけで、やっていることは山賊と一緒である。

 そう、これが桃太郎だっ。


「待てコラ!」

 桃太郎は、さすがに聞いていられずに口を挟む。

「何ですの。ここから桃太郎に虐げられた鬼たちの再生編が始まるんですから黙って聞いていてください」

「そんな話聞きたくないわっ。というか、この国の英雄であるボクちゃんの父上を山賊扱いとか、失礼にも程があるだろっ」

「でも事実じゃありませんか」

「事実じゃないよっ。少なくとも財宝は朝廷と山分けだったよ。七三で粘ったけど駄目だったらしいよ!」

 心底残念そうな桃太郎である。

 いずれにしても、財宝を元の持ち主に戻そうというような発想はなかったようである。

「財宝目当てに鬼を襲ったことは否定しませんのね」

「鬼なのに財宝なんて抱えているのが悪い」

「とんだ言いがかりですわ。大体、いきなり襲ってきただけでも卑怯だというのに、代表同士で雌雄を決しようという提案を無視して子供たちを誘拐し、それを盾に脅すだなんて卑怯にも程がありますわ!」

「さいてー」

「サイテー」

 タニシですら同意せざるを得ない。

「そそそんなことしてねーし。というか、そんな与太話誰に聞いたんだっ?」

酒呑しゅてんのおじ様が話してくれましたわ」

「酔っぱらいの戯言だ」

「確かによく酔っぱらってますけど、嘘は吐かない方ですわ」

 酔っぱらいなのは事実である。

「ぐぬぬ……おい犬、犬はどこ行った!」

 背中に背負った二本の日本一の旗を振り回すように周囲を見回し、桃太郎は従者の姿を探し始める。程なくして人垣が割れ、妙にニコニコとした背の高い男が、民衆の中から姿を現した。

「そんなとこにいたのか。ホレ、ボクちゃんの危機だ。何とかした方がいいんじゃないのかな、ん?」

 煽り文句にも満面の笑みを崩すことなく、犬と呼ばれた男は緩慢な歩調で二人と一匹の前へと進み出る。

 その姿は目立ちまくる桃太郎とは違い、一般的な武家の人間のソレだ。しかし凡庸ではありながら汚れや皴がなく、清潔感に満ちている。育ちの良さが窺えた。

 犬と呼ばれた男は不機嫌な桃太郎と、状況をポカンとした顔で眺めている二人と一匹を改めて交互に一瞥してから、口元に拳を添えて少しだけ考えてから口を開く。

「今とても忙しいので、後にしていただけると助かるのですが」

「今のお前のどこに忙しい要素があるんだよっ」

「お昼のかけそばにかき揚げとちくわ天のどちらを乗せるかで悩んでまして」

「それこそ後にしろよ!」

「桃様は良いですよね。桃さえ食べていれば満足なんですから」

「人を桃の化け物みたいに言うな!」

「というワケで皆様、私は桃太郎の家臣を務めております、犬塚いぬづかと申します。以後お見知りおきを」

「は、はぁ……」

 流れるような挨拶に戸惑い、凶華は曖昧な返事を返す。

「それで桃様、一体何がご不満なので?」

「さっきから見てたならわかるだろーが」

「……やはりちくわ天にすべきでしょうか?」

「そんな話はしていない!」

「つまり、今の自分が認められていないのがご不満なのですね。お任せください」

「何が『つまり』だったのかまるでわからんが、まぁそうだ」

「では、皆様に現桃太郎であるこの方の偉大なる業績をお話して差し上げましょう」

「うむ、頼むぞ」

 民衆と二本の旗を掲げたデブが見守る中、犬塚は二人と一匹に正対した。

「まず、桃様は偉大なる先代桃太郎様の息子さんで、二代目桃太郎になります。つまり、基本的に先代様の功績とは無関係な存在であることをご承知ください」

「なるほどですわ」

「そして現在、桃様はこの都の守護を任されております」

「大任ですわね」

「そうですね。退任して欲しいですね」

「はい?」

「あぁいえ、こちらの話です。都はまぁ御覧の通りに基本的には平和なのですが、何故か、どんな偶然からそうなったのかはわからないのですが、鵺が突然来訪しまして」

「白々しいですわね」

「えぇ、私もそう思います」

「はい?」

「あぁいえ、こちらの話です。その鵺をこちらの桃様が撃退した、ということになっているのですが――」

「なっているって何だよ。ちゃんと撃退しただろ!」

 桃様ちょっと不満。

「えぇ、それはもう見事な立ち回りでして」

「そうだろうそうだろう」

「刀を振り上げる度に鮮やかに揺れるお腹、振り下ろす度に見事に波打つ背中、見ていて惚れ惚れするような丸い何かでございました」

「うん? うん、誉めてる、よな?」

「もちろんでございます」

「ならいい」

 ちょろい。

「ちなみに三回刀を振っただけで高尚な息切れをしていたのですが、茶番――ではなく演技の過酷さが伝わってきまして、私は溢れる涙を止めることができませんでした」

「それほどでもない」

「ついでにお腹も痛くなりました」

「何でっ?」

 笑い過ぎである。

「そんなワケで、桃様は都を守る大事なお方なのです」

「タニシ以下ですわね」

「煮ても焼いてもタニシ以下だよね」

 二人の評価は散々だ。

 ちなみにタニシはこんなの比較されてショックだったのか白目を剥いている。

「的確な評価、誠にありがとうございます」

「礼を言うんじゃないよっ!」

 桃様もさすがに怒り心頭だ。

「せっかくのおっぱいちゃんがこんな無礼な娘だったなんて、ガッカリだよ!」

「……一体何の話ですの?」

「これは言葉足らずでしたね」

 犬塚が補足する。

「この桃様は、貴女の胸をご所望なのです」


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