タニシはおうちにかえれない(ですよねー) 07
「こうしちゃおれん。お前たちは荷物をまとめて避難をって、誰だその女の子?」
バリバリと醬油煎餅を食べている健乃に気付き、イネの父親であるところのタニシ長者大旦那は素直な疑問を口にする。
「あぁえっと」
「というか、何で母さんが倒れているっ?」
「とりあえず後で説明するよ」
イネは問題を先送りした。
賢明な判断である。
「そうか。それにしても何があったんだ。干し柿と団子が散乱しているが」
頭上にはタニシも刺さってます。
「まぁ色々あってね」
「にしても困ったな。さすがに背負っていくのは難しいぞ。そういえば婿殿は帰ってきているか?」
「ううん、見てない」
「それは参ったな。かといってここで待つほどの余裕があるかどうか――」
「その心配には及びません」
悩みながら動向を決めかねている大旦那の呟きを遮るように、聞き覚えのない男の声が割って入る。
「誰だねっ?」
「裏口から突然すみません。山賊の者なんですが」
ペコペコと頭を下げながら、十名くらいの部下をゾロゾロと引き連れて、やけに腰の低い男が裏庭へと入ってくる。
「お前たちは縁側に」
大旦那が庇うように前に立ち、若い女性と一見すると幼女を家に戻す。一瞬、怯えるどころか相変わらず煎餅をバリバリ食べている豪胆な幼女を見て、タニシの言葉を思い出すイネだったが、状況が状況なので素直に家へと入ることにする。
「山賊がウチに何の用だ?」
「はぁ、それなんですがねぇ」
困ったような顔で、相変わらずペコペコと頭を下げながらリーダー格らしき男が口を開く。
ちなみに山賊というには妙に身綺麗な着物を羽織っており、それが正装なのか肩から背中には毛皮らしきフワフワした物体が乗っている。得物は刀ではなく手斧や鉈だが、色を塗ったり彫り物をしたりと、なかなかにシャレている。
つまり、オシャレ山賊さんたちだ。
「実は先日東の方で山賊会議がありまして」
「山賊会議?」
「山賊業界というのも結構面倒でして、迂闊に村を襲ったりすると、やれその村はこっちの縄張りだとか、ウチが来月襲うつもりだったのにとか、そういういざこざが起こるものなんですよ。それをこう擦り合わせるみたいな、そんな会議でして」
「はぁ」
「それでまぁ、我々は代表として出張してたワケなんですが」
「うん」
「帰っている最中に頭目への土産を買い忘れていたことに気付きまして」
「うん?」
「しかも気付いた時には旅費をすっかり使い切ってましてね。いや全く、道理でいつもより豪華な酒が飲めるなぁと思っていたワケですが」
駄目なビジネスマンみたいな話である。
「ひょっとしてつまり?」
「つまりですね。土産をいただけないかなぁと思いまして。あぁいや、そんな大層なもんじゃなくていいんです。ちょいと金目のものなら何でも喜ぶお茶目な男なんで」
「金目のものと言われてもねぇ……」
タニシ長者は確かに広い土地と石高を誇る。しかし同時に蓄財にはあまり興味がなく、金銀財宝を隠し持っているようなことはない。目の前にある大きな蔵も、年貢を納める頃には米俵で一杯にはなるが、それ以外の時は空っぽだ。
もちろん現在も空っぽだ。
「あ、干し柿ならあるけど?」
「いや、さすがにバカな頭目でも干し柿で喜んだりはしませんね。食べますけど」
「そうかぁ。だとすると……」
大旦那も一緒になって悩んでいる。
その様子を背後から見ながら、イネは気が気ではなかった。
一見すると何事もなく終わりそうではあったが、暴発する要素はそこかしこに転がっている。何だか穏やかそうではあるが結局は山賊だし、気絶している母親が目を覚まして頭上のタニシに気付いて発狂したら更なる混乱が起こるかもしれない。そして何より、それらの原因が自分の横で無表情なまま煎餅をかじっている幼女かもしれないのだ。それを止む無しとはいえ、家に入れているのは間違いなく彼女である。
どうにかしなければと、イネは強く思った。
「アンタ、アンタ!」
小声で天井に向かって呼びかける。
しかし返事はない。
代わりに奇妙な呟きが聞こえる。
「高い怖い高い怖い高い怖い」
そういえば高所恐怖症でしたね。
「ふんっ!」
近くの柱に拳を叩きこむ。
落ちてきたタニシをナイスキャッチ。
そしていきなり何事かと振り返った父親と山賊たちの視線を笑顔でかわす。
「おいイネ、あんなところから落とすなんて、殺す気かっ!」
「助けてあげたんでしょ」
「もっと優しくだな……」
「こんな時に贅沢言わない。それより目の前の山賊だよ。アンタの水鉄砲で何とかならない?」
「いや、一人二人なら撃退も可能だろうが、あれだけいるとさすがにな。下手に怒らせるとお前たちも危ないだろ」
「まぁ確かに」
「とりあえず、やっちゃんを外へ連れ出せれば何とかなるような気がするんだが」
「この状況でどうやって?」
ちなみに当事者は煎餅を食べ終わって近くに落ちていた干し柿を食べている。
ムニムニした食感にご満悦だ。
「そうだっ。いっそやっちゃんを連中にくれてやるというのは? うむ、ウチから遠ざけながら連中に不幸を押し売りできるという一石二鳥な発想ではないかっ。僕天才!」
「しゃべるタニシって珍しいよね」
「そうね健乃ちゃん、見世物小屋にでも売ればお団子くらい食べられそうよね」
「冗談です。すいません」
タニシは素直に謝った。
「というかやっちゃん、我関せずみたいな顔してるが、大体はお前のせいなんだぞ。こう何か、起死回生の能力とかないのか?」
「んー……」
そんな無茶振りに少しだけ眉根を寄せた健乃は、懐を探る。
「あ」
「何か役に立つものでも見つかったかっ?」
「ヤクザさんが抗争してる時に拾ったドス――」
「うおおぉおぉぉっ!」
「の鞘」
「役に立たねぇえぇえぇぇっ!」
ひのきのぼう以下とか、ドラ○エの王様より役立たずな座敷童子である。
「投げると飛ぶよ?」
「だからっ、大抵のものは投げれば飛ぶわ!」
二人と一匹は、やはり役に立てそうもない。
「いけません。これはいけませんねぇ」
「いやしかし、そう言われてもウチには本当に金目の物なんてないんですってば」
山賊と大旦那の交渉は難航している。
「では仕方ないです。焼き討ちしましょう」
「はいっ?」
「いや我々としてもね、正直何の得にもならない焼き討ちなんてしたくはないのです。しかし土産になるものがないとなると、村一つ焼いたという事実を持って帰るしかありません。我々は山賊ですから」
「いやいやちょっと」
「いやぁ残念です。火打石だってタダじゃないんですよ?」
狼狽える大旦那の背中を見るタニシの眼差しは、奇妙なほど冷静だ。
「なるほど、そう来たか」
「やっぱり家は燃えるものなんだね」
健乃は頷く。
「まぁ、お待ちなさい」
リーダー格の男が懐から火打石を出したところで横手から、蔵の陰になっている辺りから凛々しい若者が現れる。
「誰だ、アンタ」
「私はこのタニシ長者の婿、元タニシです」
そう言って若者は、爽やかに微笑んだ。




