タニシはおうちにかえれない(ですよねー) 01
「ふわぁ~……」
声にならない声を上げながら、健乃が巨大な門を見上げる。炭焼き組の新役場も大きな建物だったが、門だけでこれほど大きなものは見たことがない。
それはまさしく、国一番の町の入り口を見守る守護者そのものだ。
「これと似たようなものが都の東西南北に一つずつありますの。鬼も結構大きなものを建てますけど、それは鬼の実利に合わせたものですから。人間のそれとは意味が違いますわね」
「意味?」
惚けていた口を閉め直し、健乃は凶華に顔を向ける。
「見栄ですわ。こんな大きな門、何のために必要ですの?」
「まぁ確かに」
「それはそれとして――」
巨大な南門をくぐって都へと足を踏み入れるなり、牛車の行き交う往来を避けるようにして通りの端を陣取った凶華は立ち止まり、改めて口を開く。
「何とかお昼に都まで到着しましたけど、これからどうなさいます?」
「おまんじゅう食べたい」
「僕はおにぎりがいいな」
「いえ、そういうことではなくてですね」
一人と一匹はとにかく腹が空いているようである。
「じゃあ何なら食べられるの?」
「残念ながら今は何も食べられません。先立つものがありませんので」
お財布は海に捧げました。
「そういえばそうだったな。路銀がない以上、都でできることなんて一つもない」
「そうですわね。せいぜい五重塔かお城でも眺めながら道端の草でも食べるしかありませんわ」
「くさっ?」
いくら健乃でも、そこまで落ちぶれるワケにもいくまい。
「美味しいの?」
「いえ、美味しくはないです」
「じゃあいいや」
美味しかったら食べるのか。
「とはいえ、とりあえず腹は減ったな。ないもんは仕方ないし、ここはさっさと都を抜けて僕の家に向かおう。うん、それがいい」
「ちなみに都からどのくらい歩くのですか?」
「一時かからんと思うぞ」
二時間かからない、ということらしい。
「何それ遠い」
「確かにやっちゃんの足では、夕刻までに着けるかどうか、というところかもしれませんね」
「そうは言っても都で野宿よりはいいだろうに。家に帰れば食べ物はもちろん、大事なタニシを送り届けてくれた恩人にもてなしの料理が振舞われることは確実だ。よし、さっさと行こう!」
せやろか。
「まぁ、お待ちなさい」
健乃の頭の上で無意味な移動を始めるタニシを制し、凶華は一つ咳払いをしてから口を開く。
「タニシはこのまま帰るつもりですか?」
「ん? どういう意味だ?」
「今のまま自分の家に入るおつもりですか?」
「何か問題でも?」
タニシは今、健乃の上に乗っている。もはや健乃が足である。食べ物を与えると食べ終わるまで動かなくなるのが難点だ。
「よく考えてみなさいな。今タニシが上に乗ったその状態で懐かしい我が家に帰るとします」
「うむ」
「ただいまーと景気良く言って鴨居をくぐります」
「うむ」
「さて、何が起こりますか?」
「嫁が熱烈歓迎して祝賀会の準備が――」
「そういう妄想はお捨てなさい」
「酷いっ!」
凶華は溜め息を一つ。真似するように健乃も溜め息を一つ。
やれやれ。
「もっと厳密に考えなさいな。やっちゃんと玄関をくぐると、何が起こるのか、わからないハズはないでしょう?」
「くぐると何が?」
渋々といった表情のタニシは、仕方なく考えてみる。
そして青くなった。
新種かと思うほど青くなった。
「いかんっ!」
とりあえず自宅は崩壊し、暗黒物質を撒き散らしながら周囲を毒の沼地へと変貌させる奇怪な妖怪に支配されていく様を眺めているところまで想像して、タニシは声を張り上げた。
「どうかした?」
大惨事の元凶が、小首を傾げる。
何もわかっていない健乃は、剥き出しの刃物のように可愛かった。
「どうせなら儲かってる宿の方が良くないか?」
繁華街を抜けたところで、タニシがそんな言葉を口にする。
路銀と拠点を確保するという名目で、まずは宿探しをすることになった二人と一匹はとりあえず繁華街を歩いて、すぐに凶華の先導で裏路地へと入っていった。
「まだわかってませんの? その子が一緒だと、どんな立派な宿だろうと明日には瓦礫の山ですわ」
「いや、それはいくら何でも言いすぎだろ」
少なくとも、わらしべ商会も炭焼き組も潰れてはいない。
被害がなかったとも言っていない。
「まぁ貧乏な宿の方が被害が少ないってのは確かだろうと思うけど、肝心の賃金すら払えないような宿で働いても意味ないだろ。路銀を稼ぐってのも目的の一つなんだし」
「タニシは都にあまり来たことがありませんの?」
「嫁に連れられて二回くらい来たことがあるぞ」
つまり、ほとんどない。
「それなら知らなくても不思議はありませんね」
「どういうことだ?」
「やっちゃん、ここまで都を歩いて、どうですか?」
タニシの質問には答えず、健乃に話を振る。
「どうって?」
「都の印象とか」
「うーん……何か大人しい? 静か? みたいな」
「そうですね」
「確かに、人がいる割にはあまり活気がないな」
「あとは?」
「うーん……はっ」
健乃、気付く。
「都に入ってからタニシを見ていないっ」
「そりゃ頭の上に乗ってるからだ!」
「的外れですが、核心はついてますね」
「どこがっ?」
「まぁ聞いてください。この都に入って、私たち以外に明確な妖怪を見かけましたか?」
「そういえば……」
南門から繁華街を抜けて下町へ足を踏み入れるまで、明らかに人間の造形を外した生き物とはすれ違っていない。擬態していたり元々人型だったりする魔物は混じっていた可能性もあるが。
「やっちゃんの村より妖怪が居ないな」
「そうでしょう。この都という場所は『そういう所』なんです」
百鬼夜行が懐かしい。
「タニシ、肩身狭いね」
「お前もな、やっちゃん」
ちなみにタニシを頭に乗せた幼女は道行く人に注目されまくっているのだが、それは別に健乃が座敷童子だからなのではない。しかし同時に、タニシだけが原因なワケでもない。
この二人は何というか、生クリームのケーキにワサビが載っている的な、そんな物珍しさがある。
「ともかく――」
奇怪なケーキに出された飲み物が純米大吟醸、みたいな凶華も当然ながら注目を浴びる一因ではあるのだが、そんなことを気のする様子もなく続ける。
「この街では妖怪である私たちは、あまり目立たない方が良いのです」
「いや、僕は妖怪じゃないんですが」
「では、妖怪である私たちと妖怪以下のタニシは目立たない方がいいのです」
「下がった!」
「なので路銀はこの辺りで――というか、目の前に丁度良さそうな宿があるので、ここで稼がせていただきくことにしましょう」
「宿?」
言われて振り向く健乃とタニシ。
そこには確かに宿があり、しかし既に傾いていた。
「横から息吹きかけたら倒れそう」
健乃の素直な感想に、二人は頷くしかなかった。




