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うすうす気づくオモイ 05

「とりあえずお茶だな」

 タニシは言った。

「お団子もいいね」

 健乃が続いた。

 とりあえず食べ物に走るのは貧乏人のステータスである。

「なるほど、確かに食べ物で釣れば簡単に席を立ったりはしないですね。とりあえず聞いてくれさえすれば、私の演奏でイチコロですし」

 ふむふむと頷きながら海座頭も同意する。

「とりあえず出してみますか」

 そう言いながら目の前にあった取っ手を掴み、フンと気張って力を込める。

 しかし動かない。

「何故回らないのですっ?」

「いや、乗ったままじゃ無理だろ」

「では降りろとっ?」

「降りたら死ぬみたいな顔するなっ!」

 ちなみにタニシは、こんな海のド真ん中で降りたら死にかねない。漂流して干からびるか、海鳥や魚の餌になるのがせいぜいだ。

「仕方ないですね……ではそこのおっぱいさん、回してください」

「誰がおっぱいお化けですのっ!」

 そこまでは言っていない。

 というか、やはり降りる気はないようだ。

「横着で自分勝手な方ね。シーくん可哀想」

 そんな様子が気に入らないのか、臼が口を尖らせて小言を口にする。

 小姑かな?

「いやホラ、回った後に飛び乗るのは面倒っていうか、上手く乗れなくて落っこちてタンコブとか作るのも嫌じゃないですか」

 頭をさすりながら海座頭はそんな言葉を口にする。

 皆は、何か察した。

「……まぁ、回すくらいいいですけどね」

「じゃあ取っ手を持って、お茶が欲しいと思いながら回してください」

「はいはい」

 言われるままに凶華は取っ手に手を伸ばし、渋くて熱いお茶を思い浮かべながら右回りに力を込める。海座頭一人分の体重が加算されて重くなっている石臼だったが、存外に軽く回り始めた。

「ぅおあつっ!」

 慌てて反対に回す。

「どうしました?」

「どうしましたじゃありませんわっ!」

 小首を傾げる海座頭に、着物にかかった熱いお茶を払いながら凶華は声を荒げる。

「どうしていきなり熱いお茶がブシャーっと出てくるんですかっ?」

「あぁなるほど、そういうことですか。今度は湯呑みも一緒に思い浮かべたらいかがでしょうか」

「……面倒ですわね」

 ぼやきつつ取っ手を握って右に回す。

 途端にガリガリと、何やら固い物音が聞こえ始めた。

「あっつ! いたっいたたっ! あつっいたい!」

 お茶と何かの破片が同時に石臼から飛んでくる。

「コラァ!」

 慌てて止めると今度は振り払いもせずに食って掛かった。

 ちなみに怒りで船酔いが醒めたのか、顔色はマシになっている。

「いやすいません。実は私、塩吹き臼さんを実際に使うのは初めてでして。てっきり塩しか出せないものと思い込んでいたので」

「あ、僕が出せるのは石臼で挽いた後の状態だけだからね」

「何で今まで黙ってたんですのっ?」

 この石臼、結構性格悪い。

「しかしそうなると参ったな。お客に何を振舞っても嫌がらせにしかならんぞ」

 饅頭怖いが現実のものに。

「水を撒いたら? 涼しそうだし」

「普通の客は逃げるだろ。雨の中で琵琶を聞くのか?」

 健乃の素朴な提案をタニシが即座に叩き落とす。

「じゃあ雨の中でも平気なお客さんを出す」

「うん、血の雨が降るな」

 肉片交じりの赤い雨とか、まさに地獄絵図である。

「もう何も出さない方がいいんじゃない?」

「うむ、僕も正直言うとその意見に賛成なんだが――」

「それならシーくん必要ないですね。よし、田舎に帰りましょう」

「いやいや、それは困ります」

 鼻息荒く迫ろうとする臼を右手で制し、海座頭はキッパリと言い放つ。

「何それ、まだ利用するつもりなんですか?」

「利用? 彼は、同志なのです」

 その声は優しく、穏やかなものだ。嘘偽りは感じられない。

「どこに行っても駄目だった私の音楽を認めてくれた最初の一人で、それを応援してくれた最初の一人で、互いの境遇を真正面から話し合った最初の一人なんです。あと回ってると落ち着くんです」

 最後のが本音っぽい。

「つまり回れればいいんだ?」

「おいやっちゃん、それはいくら何でも失礼――」

「はいそうです」

「おい琵琶女」

 タニシは今日もツッコミで忙しい。

「つまり、邪魔にならない物を出せばいいんじゃないの?」

「やはり塩ですねっ」

「いや、十分うっとうしいからな!」

「邪魔にならないもの……はっ!」

 健乃、ひらめく。

「お金ならいくらあっても邪魔にならない!」

「却下だ」

「えー……」

 せっかく真理に気付いた健乃が不満そうに口を尖らせる。

「そんなことしたら朝廷に睨まれて、間違いなく地下牢行きだぞ!」

「地下牢……ご飯はちゃんと出るの?」

「そういう問題じゃねぇよ!」

 タニシはやれやれとばかりに溜め息を吐いてから、見本を見せるとばかりに殻を張った。

「風とかでいいだろ」

「そんなのつまんない」

「何だとっ!」

「あのー……」

 幼女の背中から遠慮がちな声が上がる。

 背後霊ではない。唯一の人間である例の若者だ。

「まだそんなとこに居たのか……」

「ここ、居心地がいいので」

 そうでしょうね。

「で、何だ?」

「音を出す、とかでは駄目なので?」

「音?」

「えっと、石臼が太鼓とか笛の音を出せるなら、少し演奏が豪華になるんじゃないかなぁって」

「風(笑)よりはマシだね」

「小銭(笑)が言うな、やっちゃん」

 仲のよろしいことで。

「というか、そんなことできますの?」

「まぁ、できなくはないな」

 凶華の疑問に塩吹き臼は事も無げに答える。

「おー、それは凄い。これで本格的にフッキーも岩転がしの仲間ですね!」

「人前でフッキーはやめろ。まぁいい。とりあえず回してくれ」

「はいはい」

 言われるままに凶華は取っ手を回す。

 途端に重い和太鼓のリズムと軽快な横笛のメロディ、そしてゴリゴリという石臼の音が溢れ出した。

「おおぉぉおおおぉ!」

 海座頭は感極まったような奇声を上げつつベベーンと琵琶を掻き鳴らし、速弾きでテンポを合わせていく。そこに横笛のメロディが重なり、気付けば一つの曲になっていた。和風の、いかにも雅な曲からは対極に位置するような、賑やかというよりもやかましく厚かましい響きではあるが、自然と身体のどこかが動いてしまうような、躍動感に満ちている。

 どこに行っても駄目と言っていた割には上手い。変わった曲ではあるが、それだけで拒絶されるのは不可解なほどだ。

 何より、心底楽しそうに琵琶を掻き鳴らす海座頭の姿は、見ていて心地よい。

「……シーくん」

 臼は、その一体化した曲を聴くのが少し辛かった。

 しかし同時に、あのちぐはぐなコンビの息がピタリと合っていることを、心のどこかで認めてしまってもいた。

 勝手な都合で頼っていた自分とは違う。そんな思いが諦めの涙となって自然と溢れ出す。

「このまま一曲、行ってみよぉおおおぉお!」

 テンションMaxに上がった海座頭が、満面の笑顔で喉を震わせた、その瞬間だった。

 雷鳴とも崖崩れとも取れるような轟音の衝撃によって、目の前の甲板が割れていく。

「なんじゃこりゃああぁぁぁっ!」

 タニシの悲鳴が掻き消される中、嵐どころか波もほとんどない海の真ん中で、船が真っ二つに割れるのだった。


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