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二つの長者大戦 21

「一応聞いておくけどさ」

 タニシが力の抜けた口調で質問する。

「どうするつもりなんだ?」

「どうするも何も、この斧で私が直接ぶん殴って、あの忌々しい建物を粉砕してやるのですわ」

「忌々しいって、建てたのお前なんだろ?」

「だから余計に忌々しいんですわ!」

 斧を掴んでいる両手に力がこもる。

 ミシミシ言って今にも折れそう。

「まぁ、不本意だってのはわかるけど」

「不本意ですって? そんな生易しいものではありませんわっ!」

 日頃の鬱憤を晴らすかのように、凶華は天に向かって吠える。

「邪魔してやろうとほくそ笑みながら罠を張ったつもりが芸術的な彫り物が完成していた悲哀が、道具を全部使い物にならなくしてやろうと含み笑いをしながら壊していたつもりが行き届いた手入れに称賛の嵐だった苦悩がっ、いっそ毒殺してやろうと内心の爆笑を押し殺しながら作ったまかないが職人たちの活力になってしまった絶望がっ、貴方にわかりましてっ?」

「いや全然わかんないけど」

「今しか、もう今しかないのです。ここで壊さねば、私は世間から『素晴らしい凶華様』の烙印を押されてしまいます!」

「結構なことなんだけどなぁ……」

「わかりますかっ。すばきょーですわよっ。殺す気ですかっ!」

「わかったわかった。とりあえず、あの中央の建物を壊したいのな?」

「そうです」

「なら――」

 タニシは小さく溜め息を吐きながら続ける。

「このまま左の建物に向かうのはやめた方がいいぞ」

「はっ、いつの間に!」

「放っておいたら瓦礫を片づけて新しい建物が建っていたかもな」

「あ、危ないですわ……我ながらなんて恐ろしいんですの」

 慌てて立ち止まり、額に噴きだした冷や汗を拭う。

「お前、本気で壊す気あるのか?」

「ありますわっ。バキバキのボコボコにして踏みにじりたいですわっ!」

「だから瓦礫を拾うんじゃない」

「はっ」

 駄目だ、この天邪鬼。

「よしわかった」

 タニシは一つ頷く。

「この僕が知恵を貸してやろう」

「いえ、美味しい虫の見分け方とか知りたくないですわ」

「そんな話じゃないよっ。というか虫なんて食べないよ!」

「では一体何ですの?」

「話の流れ的におかしいだろ……とりあえずいいから聞け。あと瓦礫拾うな」

「はっ」

 隙あらば善行を重ねようとするスタイル。

「お前はやろうとすることと反対のことをしてしまう、あるいは結果的にそうなってしまう、そういうヤツだ。とても立派な天邪鬼だ」

「立派とか言わないでください。下賤なとか愚劣なとか、そういう褒め言葉でお願いします」

 罵られて喜ぶタイプかな?

「……まぁいいや。それからお前、すぐに結果を求める質だろ」

「それがどこか悪いのですか?」

「そういう単純な発想をしているから、裏腹になりやすいんだ。あの建物を壊そうと考えるなっ」

「そう言われましても」

「なら、あの鵺を倒そう」

「嫌ですわ。むしろ味方じゃありませんか」

 いや味方じゃないです。

「よく見てみろ。あんな入り口に巨体が丸まっていたら邪魔だろう?」

「まぁ、それはそうですわね」

「だからその斧でぶっ飛ばしてどかしてやるんだ。あの鵺は別に建物を壊すつもりなんてない。むしろお前が壊そうとするのを邪魔している敵だ」

「な、なるほど……」

「あの鵺を倒したところで善行にはならない。だってアイツ悪いことしてないし」

「そう言われればそうですわね。それなら全力で殴っても申し訳ないとは思いませんわ」

「そうだろうそうだろう」

「ですが」

 凶華の表情が曇る。

「何だ?」

「そんな風に考えて殴ったら、殴れないじゃありませんか? 当たる気がしませんが。私、天邪鬼ですから」

 そんな不安顔を見て、タニシがニヤリと笑う。

「それでいいんだよ」

「どういうことですの?」

「鵺を倒すという悪事を果たせないお前の斧は、振り下ろされた後にどうなる?」

「どうって、全然別の場所に当たるのでは?」

「その通りっ。そしてその場所は、偶然にも柱があるかもしれない。床が張られているかもしれない。屋根ができているかもしれない」

「なるほどですわっ」

「いいか、お前はあの鵺を始末することだけを考えるんだ。余計なことは考えるなよ」

「わかりましたわ!」

 改めて斧を握りしめ、凶華は中央の建物へと向かう。そもそも近づけないかもというタニシの予測は外れ、意外にもアッサリと大きな玄関口へと到着した。

 ちなみに頭上から見下ろしている黒雲も、今は奇妙なほど大人しい。さすがに降らせすぎて雨が枯渇しているのかもしれない。心なしか雲が薄くなっているようにも見える。

「見ぃつけましたぁ」

 斧を両手でしっかりと持ちながら、満面の笑みを浮かべて凶華は玄関へと足を踏み入れる。

「ひぃっ」

 丸くなってガタガタ震えていた鵺は、思わず悲鳴を上げた。

「大丈夫ですよぉ。別に痛くなんかありませんからねぇ」

「何それ、一瞬で終わるって意味っ?」

「あぁ、下手に逃げたりしない方がいいですよぉ」

「逃げたら苦しめるってことっ?」

「逃げたら狙いが逸れちゃいますからねぇ」

 喉で笑いながら斧の刃をペロリと舐める。

「いやぁぁあぁぁぁっ、怖いっ!」

「じゃあ行きますよぉ。動かないでくださいねぇ」

「あばばぶぶぶべべべっ」

 何やら興奮しているのか、凶華はハァハァと呼吸が荒い。しかしそれを整える間も惜しむかのように斧を持ち上げ、頭上で大きく振りかぶる。

「ふへっ、ふへへへへへっ」

「ひぃいぃぃぃぃぃぃっ!」

 鵺は逃げない、というか動けない。

 恍惚の表情で振り下ろそうと上腕二頭筋に力を込めた刹那、それは起きた。

 ナイアガラの滝が、まるでカーテンでも開くみたいに消えていき、壊されて瓦礫の山と化した二つの建物と中央で最後の戦いに興じているかもしれない姿が、観衆の視線に晒される。

「ぐふふふふ、ほ~ら、くれぐれも避けちゃ駄目ですわよー」

「あわわっ、あわ、はわわわわわわっ!」

 彼女たちはまだ、自分たちの状況をわかっていない。

 高々と持ち上げられた戦斧。

 陽光に煌く刃先。

 今にも振り下ろさんとしているその様は、まさしく激闘の決着を感じさせるにふさわしい構図だ。

 一体どうなったのか、それを知りたくも知れずにいた観衆は、歴戦の英雄よろしく斧を振りかぶった凶華の姿を見て、勝利を確信したかのように大きな歓声を上げるのだった。


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