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カチカチ山殺人事件 02

 夕飯という名の具なし味噌汁を飲んだ後、タニシは囲炉裏の火を見つめながら低い唸りを吐き続けていた。何か悩んでいるのか、難しい顔をしている。

「さっきからうーうーうるさいんだけど」

「……なぁ、やっちゃん」

「その呼び方やめてください」

「え、嫌なの? 狸はそう呼んでたけど」

「狸さんは古くからの友人だからいいの。アナタは今日会ったばかりでしょ」

「じゃあ名前教えてくれ」

健乃やすのです」

「いい名前じゃないか」

「どうも」

「それでやっちゃん」

「だからその名前で呼ばないで」

「僕の名前も教えるから」

「タニシはタニシでいいです」

「そんな酷い!」

「タニシさんは唯一無二の存在なのでこれでいいんです。他にしゃべるタニシなんていないんだから、区別する必要ないでしょ」

「うむなるほど、絶対的な存在だからというのはいいな。許す」

 ちょろい。

「それでな、やっちゃん」

「……はぁ、もういいです」

 諦めた。

「で、お夕飯の何が不満なの?」

「誰もそんなことで悩んどらんわっ。いや、不満がないというか、むしろ不満だらけだが、今悩んでいるのはもっと別のことでな。あの狸のことだ」

「狸さんが何か?」

「昼間、お前は言ったな。あの狸は父親にそっくりだと」

「うん」

「それは見た目が似ている、程度の意味じゃないよな?」

「見た目も似てるけど、性格が似てるって意味で言ったんだけど」

「そうだろうな。だとすると問題だ」

「問題って何が?」

「カチカチ山という話を、お前はちゃんと知っているか?」

「えーと……背中が火事になったんで慌てて泥船に乗ったら沈んじゃった話だっけ?」

「うむ、よく知らないってことはわかった。ならば話してやるから聞くがいい」

 カチカチ山と言えば、かなり有名な部類に入る昔話である。そのあらすじを知っている方は多かろうと思うが、今一度おさらいしておきたい。


 まず、畑を荒らす狸がいた。

 その被害に業を煮やしたお爺さんが何とか狸を捕まえ、腹いせとばかりに狸鍋にしてやろうと土間に吊るす。そして他の具材を揃えに出かけたのである。

 留守を預かるお婆さんは用意を淡々と進めていたのだが、もう反省する二度としないと涙ながらに訴える狸に同情し、縄を解いて自由にしてあげた。すると狸は態度が豹変、お婆さんを殴り殺してその皮を剥ぎ、肉を使って鍋を作り始めた。もちろん自分はお婆さんに変装して。

 そんなことになっていると知らないお爺さんは、帰ってくるとお婆さんに扮した狸に具材を渡し、出来上がったお婆さん鍋を食べてしまう。そこで狸は種明かし、ざまぁみろと笑いながら山へと逃げ帰った。

 悔しくて仕方ないお爺さんは、知り合いの兎にそのことを相談すると、敵を討ってやろうと言われ、兎が代わりとなってお婆さんの弔い合戦が始まることになる。

 そこからはは比較的有名な話である。薪拾いに誘って火を点け、背中を火傷させる。火傷に効く薬と偽ってカラシを塗り込む。そして最後にお詫びと称して漁に誘い泥船に乗せて溺死させたのである。


 敵討ちを題材にした昔話としてはサルカニ合戦に並ぶ知名度ではあるが、向こうに比べると顛末に残酷さがあり、題名のシンプルさとは裏腹に陰惨なイメージのある昔話である。もっとも、そのせいか最近はお婆さんが死んでいなかったり狸が反省して終わるなどのマイルドになった改正版に差し替えられることが多く、本来のカチカチ山は少しずつイメージを変えつつあるというのが現状だ。

 まぁ、この作品内では間違いなくお婆さんは死んでいるし、狸も殺されているワケだが。

「つまり、敵討ちだったんだね」

「そう、性悪狸を知恵者である兎が懲らしめる、そういう話だ」

「それが何かおかしいの?」

「おかしいだろ。あの昼間の狸が、そんな悪行を平気な顔でするように見えたか?」

「まぁ、お婆さんを食べさせるどころか殺すとも思えないけど」

「そうだろそうだろ」

「でも、危うく殺されて食べられるところだったんだし、大人しい人……っていうか狸ほど切れたら怖いってこともあるかもしれないし。あの狸さんが切れるところなんて想像できないけど」

 事実、彼女はあの狸が騙されるところは見たことはあっても、怒りを露わにしている場面に遭遇したことはない。

「というか、どうしてそんなに気にするの?」

「ふむ、良い質問だ」

 タニシは大きく頷いた。

「陰謀の匂いがするのだ」

「いんぼう?」

「もしもあの狸の父親が温厚な狸で、お婆さんなど殺していないにも関わらず殺され、その上であんな話を流されているのだとしたら、それは陰謀以外の何物でもないだろう!」

 つまり被害者仲間が欲しいのである。

「えっと、タニシみたいに誰かが嘘のお話しを作ったってこと?」

「そうだともっ」

「……でも、そんなのどうやって調べるの?」

「知らんっ!」

 堂々と貝を張るタニシに、座敷童子の健乃は盛大な溜息を吐くのだった。


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