二つの長者大戦 20
「おいっ、今度は何だ。何が起こるんだよ、おい!」
周囲をキョロキョロと見回して、鵺が狼狽える。
「おおおおちおちおちつけっ。大丈夫だ。ヤツは雲だ。ただの黒い雲だ。雨を降らせることしかできない無能だ。慌てることはない」
「雷をお忘れですの?」
「はっ、いかん。全員建物の下に退避だぁ!」
タニシの言葉に鵺が、散歩中に狼と出会ってしまった兎のように逃げていく。中央の建物、その広くて大きな玄関の下に入って丸くなった。
が、凶華は動かない。
腰に手を当てて空を見上げ、黒く渦巻く雲を注視している。
「ぅおいっ、早く避難しろっ。雷に打たれたいのかっ」
「タニシは馬鹿ですの?」
大きくて深い溜め息を吐く。
「馬鹿はお前だっ。黒焦げだぞ。つぼ焼きだぞ!」
「あの奇妙な雲は、やっちゃんのもたらす不幸によって生まれたものですのよ」
「それがどうした?」
「つまり、炭焼き組に損害を与えるためのものですわ。そしてあの雲が狙うのは、私たちでも鵺でもなく――」
ビシッと右手を正面に突き出して、自分が建てた、建ててしまった大きな役場の中央本館を指さす。
「あの建物ですわ!」
「えっと、つまり?」
「つまり、あの建物に近づく方が愚かです。ましてそこに隠れるとか、熊を恐れて熊のねぐらに隠れるようなものですわ」
デリバリーかな?
「さぁ見せてくださいませっ。雨雲の本気とやらを!」
ズドンと、雨雲から何かが射出される。
雨の塊のハズだが、水滴というよりは氷のように見えた。
それは真っ直ぐに中央の建物の一際高い屋根に当たり――カンッと甲高い音を立てて弾かれる。
弾道を変えた透明の弾丸は左隣に立っている少し低い別館の柱を、まるで爪楊枝でも折るみたいに薙ぎ払いながら着弾し、大黒柱を粉砕して砂山でも崩すかのように崩壊させた。
轟音と砂塵が巻き上がり、瓦礫の山が出来上がる。
「……とんでもない威力ですわね」
少なくとも雨ではない。
「いや、僕としてはその弾丸を弾き返した屋根の方にビックリしてるんだけど」
「きっと当たり所が良かったんですわ」
「そうかなぁ」
タニシは改めてマジマジと中央の建物を眺めてみるが、雨粒(特大)の直接当たった場所にすら凹みどころか傷一つ見当たらないように思える。
「……何か変な音がしませんこと?」
「変な音ってどんな?」
「えーと、何かジジジジとか鳴ってません?」
「セミが鳴くには早いと思うが……確かにそんな音が聞こえるが一体どこか――」
タニシの言葉は爆音に掻き消される。
稲妻と称するにはあまりにも野太い光の帯が黒雲から中央建物の屋根へとジグザグに曲がりながら直撃し、またもや弾かれて右隣の別館を薙ぎ払う。その光に触れた柱のことごとくは燃える間もなく炭と化し、柱としての役目を終えてボロボロと崩れだす。
結果、僅か数秒でもう一つの別館も倒壊した。
「凄い落雷でしたわね」
「いやっ、落雷なんて話じゃないよっ。まるで光の刀か槍だったよ! というか、それを弾き返す屋根って何っ。あの屋根って何でできてるのっ!」
「え、普通に木ですけど」
「嘘だ!」
見るとやっぱり、中央建物の屋根には傷一つついていない。もちろん焦げてもいない。
「雨雲の本気というのも存外に大したことはありませんわね」
「違うよっ。十分凄かったよっ。むしろ雨雲の力量を超えてたよ!」
というか、中央の建物だけが無傷すぎて怖い。
「何言ってますの。そもそも雨風や落雷を凌ぐためにこそ、屋根というのは備わっているのですわ」
「言いたいことはわかるが、今は間違ってる」
「さすがに斧でも降ってきたら木の屋根なんて一たまりもないでしょうけど」
雲から何か落ちてきた。
三つの斧が落ちてきた。
屋根に当たった。
一本は弾かれて左の建物の残骸を更に砕き、もう一本は弾かれて右の建物の焼けていない部分を粉砕した。そして最後の一本はやっぱり弾かれて宙を舞い、凶華のすぐ目の前に突き刺さる。
「……おい、斧が降ってきたぞ」
「そうですわね」
「屋根、無事なんだけど」
「そうですわね」
「傷一つついてないように見えるんだけど」
「そうですわね」
「何でできてるんだ、あの屋根」
「もちろん木ですわ」
「ぜってー嘘だ!」
というか、例え金属でも、空から落ちてくる斧の直撃を受けて無傷でいられるハズもない。これはもう何か、鬼独特の結界術でも施されているのではないかと思うべきかもしれない。
「それにしてもアレだな。ここまでの威力で傷一つつかないなら、この建物は未来永劫倒れないだろ。周囲の建物は壊れたし、損害を与えるってことが目的なら、とりあえずいいんじゃね?」
「いいえ、まだですわ」
「えー……」
「世界征服を掲げる私が、人間のためにこんな立派な建物を建てたなんて話が残っているのはマズいんです。由々しき事態ですわ。絶対に許せませんわ!」
「そうは言っても、あれで壊れないんだから諦めろよ」
「私が直接壊します。この手で!」
そう言って凶華は、目の前に突き立った斧の柄に手を伸ばし、その重さを確かめるようにゆっくりと持ち上げた。
彼女の目は本気だ。本気で壊そうとしている。
こら、オチが見えるとか言わない。




