二つの長者大戦 13
「やぁ、おはよう!」
タニシは爽やかに挨拶を決める。
挨拶は大切だ。他人との関係を円滑にするためには特に。
凶華はそんなタニシを右手の人差し指と親指でつまみ、顔の前まで持ってくると、ニコリと微笑んだ。
「割れる割れる割れる割れる割れるっ!」
ミシミシと貝が悲鳴を上げる。
「そんなところで何してるんですの?」
「うむ、なかなか居心地が良かったぞ。ふかふかで」
タニシはご満悦だ。
「わぎゃーっ、やめてやめてやめてっなめくじになるからっ!」
必然的にこうなる。
「……いつからここに?」
「やっちゃんにぶつかっただろう。その時にコロコロとな」
「なるほど」
納得である。
「わかったところであの……この態勢はやめてくれると嬉しいのだが。いや別にお前さんが割りそうとか、そういうことではなく、何となく落ち着かないのだ、うん」
「そうはいきませんわ」
凶華の笑顔は崩れない。
怖E。
「さきほどの私の言葉、聞きましたわよねぇ?」
「それはえっと……ナニモキイテマセンヨ」
「嘘おっしゃい。安心なさい。別に聞かれたからといってすぐに地中に埋めて爆殺したりはしませんから」
ただちに影響はない。
「いやいや、世界の覇権を握ろうとしているような奴が、秘密を聞いてしまった僕を生かしておくハズないだろっ」
「やはり聞いてましたのね」
「し、しまった!」
アホそのものである。
「まぁいいですわ」
一つ小さな溜め息を吐き、凶華は表情を改める。どこか気だるげな、やる気のなそさうな顔つきだ。
「それって、どういう意味だ?」
「別に知られたからといって私が改心するワケでもありませんし、そろそろ潮時かもと思ってもいましたから」
「潮時って……まさかっ、世界征服に向けて動き出すとかっ? その手始めにこの僕を亡き者にするってことか!」
「世界征服の第一歩がタニシ抹殺って、小さすぎませんこと?」
「そんなことないぞっ。僕はタニシ界随一のタニシだからな。僕を屠ることはすなわち、タニシ界を手中に収めたも同じこと!」
「タニシ界とか興味ないですし」
「そんな酷い!」
「というか、ひょっとして貴方、殺されたいんですの?」
「そんなワケあるかっ。僕はタニシ界のため、悪の芽と戦わねばならぬ。しかしその前に――」
タニシは殻にしがみついてプルプル震えている。
「ちょっと高いんで下げてもらえないですかね?」
「高いって何がですの?」
「地面が遠いのっ。高いの苦手なのっ。これじゃあ悪と戦えないのっ」
心底ダセェ。
「……つまり、高いところが怖いと?」
「いや別に怖いってほどじゃないが。ほんのちょーっと苦手なだけで、特に怖いなんて思ったことないな、うんうん」
「……へー」
手を放す。
「ぎゃぁぁあぁぁあぁぁっ!」
タニシが落ちた。
「凄い悲鳴ですわね」
しゃがんだ凶華は、ピクピクしているタニシを覗き込む。
「こここここの鬼、悪魔、人でなしっ!」
「鬼以外は心外ですわね」
「そういえば天邪鬼だったな、お前は」
「そう、私は天邪鬼、人間とは元々敵対する存在なのですわ。当然ながら人の嫌がることをするのが大好きなのです。それが私たちの生まれ持った本能なのですわ」
そんな主張を嬉しそうにぶちまけながら、凶華は再びタニシをつまみ上げる。
「そもそもどうして貴方達二人を招き入れたのか、おわかり?」
「どうしてって……はっ、まさか!」
「そう、貴方達の類稀なる不幸な能力があれば、この街を支える長者の一角を切り崩せると踏んだからですわ。これでもう炭焼き長者はお終いです。当初は向こうを幸運にして争わせようと思ってましたけどね」
「そ、そうか。最初に自分のところじゃなくてわらしべを紹介したのは、幸運を呼ぶ座敷童子だと思ってたから!」
「その通りです。それがまさかこれほどの逸材だったなんて、良い意味で誤算でしたわ」
立ち上がって高笑いを響かせつつ、凶華はタニシを胸元に置く。
「な、何て恐ろしい女なんだっ」
「私の恐ろしさに今更気付いても遅いですわ。もう何もかも走り出しているんですもの。あのスズメバチの巣のようにっ!」
もうすっかり大きくなっている。好事家に高く売れそうだ。
「ところで、僕はどうしてまた胸元に戻されたんだ?」
「高いところが苦手なら仕方ないでしょう?」
「いや、地面に放っておけばよいのでは?」
「それじゃあお掃除の邪魔になるじゃありませんか。馬鹿ですの?」
「えっと……掃除はちゃんとするんだね」
「しませんわっ。どうしてこの、私が、こんな長者のために、スズメバチの巣があるっていうのに、綺麗にしてやらないと、いけないんですのっ!」
「おおーっ」
まるで踊るようにして箒を振るう凶華によって、裏庭は瞬く間に落ち葉一つ落ちていない綺麗な庭へと変貌したのだった。




