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二つの長者大戦 09

 柳の陰に人影一つ。

「ねぇ」

「何だ」

「どうしてまた『ここ』にいるの?」

「愚問だな。確かめたいことがあるからに決まっているだろう」

 そう言いつつタニシの見つめる先には、わらしべ商会の大きな看板がある。今のところ店先は平穏そのものだ。暴れ馬の群れとか不良ぬりかべの集団は見当たらない。

「確かめたいって、不幸が起こるかってこと? そんなこと確かめてどうするの?」

「ふむ、良い質問だ」

 頭の上で姿勢を正し、音量は抑えながらも揚々と語り出す。

「今、我々が所持している路銀は一文もない」

「うん」

「しかし我々には船に乗って都へと向かわなければならない目的がある」

「それタニシの都合だよね」

「つまり我々は何としても路銀を稼ぐ必要があるワケだ」

「無視された……」

「しかしやっちゃん、お前が呼ぶ不幸とやらがどの程度の規模でどの程度の頻度なのかがわからなければ、隠すにしても難しいだろ。もしかしたら、やり方によっては軽減できたり不幸を回避する方法だってあるかもしれん」

「なるほどぉ」

 確かに避ける方法があるのだとすれば、活路はある。

「それでやっちゃん、何か心当たりはないか? こうすれば不幸が起こりにくいとか、不幸を回避できるかもとか」

「あのね、最初から貧乏な人のところなら大丈夫だと思ってたんだよ」

「ふむ、あくまで貧乏神だからな」

「でも一文無しのタニシと一緒にいたら家が燃えたんだよね」

「持ち家も駄目だと判断されたんだな」

「だから、物乞いの人とかに雇ってもらえばいいんじゃないかな」

「うん、その人に雇われても給料貰えないぞ」

 究極のブラック企業である。

「あ、そっか。そうなると、何か売るとか?」

「売れる物を持っているのか?」

「……タニシ?」

「却下」

「せめてあのおにぎりがあれば……」

「あんなの売るなっ。というか売れんわ!」

「でも昔、どうしてもお金が必要なことがあって、お饅頭を売ったことがあるんだけど、食べかけだったら高く買うって人がいてね」

「それは特殊な人だ」

 岡っ引きさん出番です。

「とにかくだ」

 タニシは話を区切る。

「我々には満足に売るものはなく、稼ぐアテもない。どこかに雇ってもらうためには、やっちゃんの不幸体質は極めて厄介だ。せめてどんな程度のものなのか、知っておいても損はあるまい?」

「まぁいいけど」

「何か不安でもあるのか?」

「わらしべさんで試すの?」

「他に適当な相手がいないからな」

「潰れても知らないよ?」

「引き際はわきまえているさ」

「……仕方ないなぁ」

 あまり気乗りしない素振りではあったものの、健乃は溜め息交じりに了承した。

「で、どうしたらいいの?」

「とりあえず近づいてみよう。それで様子を見る。入れるようなら入る」

「うん、わかった」

 潜入ミッション開始である。

「よし、じゃあとりあえず次の柳の木に行くぞ。そしたら次はあの路地に隠れるんだ」

「よしいくよー」

 タタタと小走りに柳の木を離れ、別の柳の木に隠れる。

「ふぅ、何か緊張するね」

「……んー」

「どうかしたの、タニシ?」

「いや、気のせいかもしれん。次の路地に行くぞ」

「うん」

 頷いた健乃は、またもやタタタと駆けて路地裏に身を潜める。

「よし、もう少しだよ」

「なぁ、やっちゃん」

「なに?」

「向こうに見えるガラの悪そうな連中は知り合いか?」

 タニシの示す方へ視線を向けると、そこにはいつの間にか顔が傷だらけの男たちがたむろしていた。

「ううん、知らない」

「じゃあ、ついさっきまでお前がいた柳の陰に居る連中は?」

 そこにも同様の連中が隠れている。というか隠れられていない。

「この町に知り合いなんていないよ」

「だよなぁ。でも何故か、お前が動くとあいつらが動くんだよ」

 ストーカーかな?

「じゃあ戻る?」

「いや、ただの偶然かもしれない。あいつらは柳の木をこよなく愛する顔が怖いだけの人たちかもしれない」

 いずれにしても危ない人たちである。

「そういうワケで、一気に行くぞ。わらしべに駆け込め!」

「あいよっ」

 頷いて駆け出した健乃がわらしべ商会の軒下に入った刹那、荒くれ者たちが一斉に店先へと殺到した。

「やんのかゴルァ!」

「んだぁオラァ!」

「死ねやダボがっ!」

「最近、そっちの賭場はいかがです?」

「あきませんわ。ちんまり賭けるヤツばっかりで」

「どこも不景気ですからねぇ。世知辛いですな」

「ほんまほんま」

 怒声とドスと名刺と世間話が飛び交っている。

「何じゃこりゃあっ!」

 いきなりの乱痴気騒ぎに若旦那登場。

「あ、やばっ」

 引きつるタニシと目が合った。

「まだ居たのかぁっ!」

「やっちゃん、回れ右! 全速前進!」

 一人と一匹が逃げ出すと、ヤクザたちも蜘蛛の子を散らすようにいなくなる。

 それから何度か近づいてみたものの、同じことを繰り返すだけだった。日が高くなって仕事なのかお昼なのか、ようやくヤクザが解散したと思ったら、代わりにどこからともなく野犬が集まって、まるで熊狩りにでも行くような規模になる様を見て、さすがのタニシも一言――

「うん、駄目だな、これ」

 と、呟くしかなかった。


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