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二つの長者大戦 08

「よし、ここまで来れば大丈夫だろう」

 とりあえず距離をおくために大きな橋の真ん中まで歩いてきた一人と一匹は、立ち止まって目を細めた。

「相変わらず眩しいな、ここは」

「昨日より眩しくない?」

「今日は天気がいいからな」

 例の橋は今日もピカピカである。

「そんなことより――」

 タイミングよく、くぅと健乃の腹が鳴く。

「お腹空いた」

「そういえば、朝飯も食べずに追い出されたもんな」

「今日は何だったんだろう。昨日はお魚だったよね」

 青く澄んだ空を見上げながら、昨日のメザシを思い出しつつ涎が垂れる。

「もう諦めろ」

「白いご飯、美味しかった……」

「残念ながら金は一文もないぞ。団子一つも買えないぞ」

「あ」

 何かを思いつき、健乃は懐を探る。

「どうした?」

「じゃーん」

 効果音と共に取り出した笹の葉包みを右手で掲げる。

「それって……」

 狸に貰ったおにぎりである。

 三日くらい前に貰ったおにぎりである。

 健乃の懐でずっと温められていたおにぎりである。

「わぁ見て見て。とろろ昆布が巻いてあるよ」

 アカン。

「おいバカ、それ昆布じゃないっ」

「おいしそう」

「美味しくない!」

「いただきまーす」

「わぁバカやめろマジだめだって!」

 むんずと掴んだ緑色の三角物体を持ち上げ、健乃は口へと運んで――

「ていっ」

 ニュッと横から生えてきた手刀に手首をペシッと叩かれ、右手から離脱した元おにぎりは鮮やかな三回転二回捻りを決めながら落ちていく。

「ああぁぁあぁぁっ!」

 ポチャンと、はごろもフーズな余韻を残して河に落ちた。

「危ないところでしたわね」

「とろろ昆布が……」

「いや違うからなっ」

 青カビは毒物です。

「どうしてこんな場所であんな物を食べようとなさっていたのです?」

 屈んで目線を合わせ、少し心配そうな顔で凶華は尋ねてくる。手に箒を持っているところから察するに、どうやら掃除をしにきたようだ。

「うむ、それには深い事情があってな」

「まさか自殺ですの?」

「そんな馬鹿な」

 カビおにぎりで自殺、新しい。

 というか死なない。

「では一体?」

「今朝、わらしべを追い出されてな」

「まぁ!」

「朝飯も食わずに追い出されたもんでやっちゃんが腹を空かせていたのだが、懐に残しておいたおにぎりを思い出したら、あんなことに」

「つまりお腹が空いているんですのね?」

「……お腹空いた」

「ちなみに金はない」

 貧乏とかいうレベルではない。

「まぁ、ちょっとした物でよければ分けて差し上げても一向に構わないのですが――」

 そう前置きしつつ何かが引っかかるのか、凶華は小首を傾げる。

「どうしてわらしべさんを追い出されたのですか?」

「それには聞くも涙、語るも涙の事情があって――」

「私のお父さんが貧乏神だからだよ」

「おい、アッサリ言うなっ」

「だってもう面倒くさくて。何度か言いそびれてたからモヤモヤしてたし」

 ずっと言いたかったことがちゃんと言えて、健乃の表情は清々しい。ちなみに懐はスカスカである。

「つまり、やっちゃんの住み着いた家には不幸が訪れるんですの?」

「不幸というか、何なんだろうな、アレは」

「煮え切らない言い方ですわね?」

「いやまぁ不幸には違いないんだろうけど、普通に座敷童子が住みついて幸運が訪れるとしても、あんなあからさまじゃないだろう。コイツの不幸は何ていうか、劇的とでも言うべきか、まるで誰かが仕掛けているんじゃないかと思うくらい極端に見えてな。単なる不幸でもなさそうなんだが……正直よくわからん」

「ひょっとして、最近わらしべさんの店先が賑やかなのって、やっちゃんのせいですの?」

「みたいなんだよなぁ。やっちゃんはどうだ? 自分のせいだっていう自覚はあるのか?」

「金持ちの家に住んだことないからわかんない」

「お前の家、果てしなく貧乏だったからなー」

 それすら燃えたけど。

「なるほど、大体わかりましたわ」

「え、今ので?」

「えぇ、肝心なところは」

 ニコリと微笑み、姿勢を正して凶華は続ける。

「ウチはもう朝食を終えましたから、すぐには無理ですが、お昼頃にまたここへいらしてください。何か食べられる物をご用意いたしますわ」

「おぉ、それはありがたい!」

「では、一旦失礼いたします」

 ぺこりと上品に頭を下げて、箒を分身させながら埃を巻き上げつつ橋を戻っていく。彼女の通った後は鉋でもかけたみたいにツルツルスベスベだ。

「良かったな、やっちゃん。何とか飢え死には免れそうだぞ」

「……お昼」

 まだ低い太陽を恨めしそうに眺めつつ、健乃は小さな溜め息を吐く。

 まるでそれに応じるように、お腹がくぅと鳴った。


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