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二つの長者大戦 06

 野犬の群れとか野良鹿の集団移動とか百鬼夜行(二回目)とかを眺めながら橋の欄干を磨き続ける仕事をもう一日続ける一人と一匹だったが、あれから健乃の眉根は微妙に寄ったままだ。何かしら悩んでいるのか言いたいことがあるのか、はたまた虫歯でも痛いのか不明だが、ともかくその表情は晴れない。元々が曇り空みたいなスッキリしない表情だったとはいえ、こうもあからさまに曇っていると、さすがのタニシも気になってくる。

 そして夕方、昼の夜のちょうど狭間にある橙色の空の下で、裏庭の軒先にスズメバチの巣が完成しつつあるのを眺めながら大きな溜め息を吐く健乃に、タニシが問いかけた。

「おいやっちゃん」

「ん?」

「お前、拾い食いをしただろう?」

「食べられるようなもの、何か落ちてたっけ?」

 落ちてたら食べてた。

「お腹が痛いならちゃんと言えよ。お父さんは心配だ」

「タニシがお父さんだなんて、確実に出家するよね」

 神様だってそんな悩みは解決できません。

「まぁ冗談はさておきだ。昨日からどうした。働くのがそんなに嫌なのか?」

「確かに働くより部屋の隅で座っている方が好きだけど、別にそんなことで悩まないよ」

「なら何だ。お前が大して役に立たないことくらい見ればわかるだろ。今更負い目に感じることはないと思うぞ」

「タニシにそう言われると凄く悲しい……」

「失礼なっ。僕はこう見えて働き者で通ってたんだぞ。単に移動速度が遅いだけだ」

 一応それなりに高性能なタニシではある。

 タニシはタニシだが。

「……タニシは、あのハチの巣、どう思う?」

「どうって、随分と立派な巣だな。調度品としても売れそうだ。というか売ったら金になるかもな。よしどうする、売るか?」

「いやそうじゃなくてね」

「あ、ひょっとして蜂が苦手なのか? 心配するな。無暗に近づかなければ襲われたりしないぞ。あーでも――」

 ふと思い出しつつ夕焼雲を眺めながら、のんびりとタニシは続ける。

「店の北側と南側にも巣があるらしいから、気を付けた方がいいぞ」

「え、ここだけじゃないのっ?」

「店先にできたら四面楚歌だな。はっはっは」

 笑い事ではない。

「あのね、実は一つ言ってないことがあるの」

「ふむ、聞こうか」

 少々俯き気味の健乃にいささかの落胆を感じ、タニシは姿勢を正す。こう見えて空気は読めるタニシである。

「私、座敷童子って言ったよね」

「え、まさか違うのか?」

「ううん、座敷童子なのは本当。だけど、それだけじゃないの」

「というと?」

「お母さんは生粋の座敷童子なんだけど、お父さんがね、貧乏神なの」

 幸運と不運が合わさり、最強に見える。

 メド〇ーアもビックリである。

「ほほう、それは興味深い」

「しかもお父さん、かなり有名な貧乏神らしくて、国を傾けたこともあるとか何とか」

「それは凄いな」

 バブルが弾けたのも世界的大不況もテロが頻発しているのも格差社会が拡大してるのも作者が貧乏なのも、何もかんも健乃父が悪い。

「私はまぁ、お父さんほどじゃないんだけどね。どうにもその、誰かと一緒に居ると貧乏にさせちゃうというか、貧乏になるようなことが起きるらしくて」

「なるほど」

 タニシは思い出す。唯一の持ち物であったボロ屋が焼失したのも、立ち寄った茶屋で高価(詐欺)な皿が割れたのも、彼女によってもたらされた貧乏イベントであったのかもしれない。

「あの家に居た頃はね、たまに立ち寄る人がいても持ってたお金を落としたり無駄な出費が増えたりって程度で、すぐに立ち去ってしまう人がほとんどだったから、最初から貧乏だったら大して影響ないのかもって思ってたんだけど――」

 溜め息を一つ挟み、健乃は小さく漏らすように言葉を紡ぐ。

「家が燃えたのは予想外だったんだよね。立ち寄っただけの茶屋でもあんなことになったし、ここでもやっぱり何か起きてるっぽい。このハチの巣ってやっぱり私のせいなのかな?」

「うーむ……」

 しばし考え込むタニシ。

「どうして今、その話をしたんだ?」

「どうしてって……この店で働くようになったから、妙に商売を邪魔するような出来事が起きてるから、かな」

「もっと早く言ってくれれば違うやり方もあったと思うが」

「それは――」

 拗ねるように口を尖らせる健乃。

「何度か言おうとしたけど、何か言えない感じで」

 これもまだ貧乏イベントをスムーズに進めるための運命力かもしれない。

「まぁ話はわかった」

「うん……」

「で、これからのことだが――」

 重荷を下して少し柔らかくなった健乃の表情がまた曇る。

「とりあえずこの店が潰れる前に給料は貰わんとな」

「へ?」

「何をとぼけた返事をしている。店が潰れたら給料どころじゃないんだ。とにかく何とか路銀を確保しないことには船には乗れない。せめて最低でも船賃だけは稼がないといけないんだからな」

「あ、うん」

「どうした? 何だか嬉しそうな顔をしているが」

「そんな顔してない」

「しかし店の前を次々に横切る馬とかヤクザとか妖怪たちが全部やっちゃんのせいだってことになると、さすがにマズいな」

「そう、だよね」

「とりあえず、しばらくは隠しておこう。給料が貰えるまでは」

 一人と一匹は、沈み行く夕日に固く誓うのだった。


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