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二つの長者大戦 05

 この橋は黄金でできているのだろうか。

 否である。

 しかし現に午後の日差しを浴びて、まともに見ていられないほどに橋が輝いている。

 実に迷惑だ。

 これだけ大きな橋なのに通行人が全くいないのも納得である。

「ねぇ、何で橋が光ってるの?」

「磨き抜かれたからだろうな」

「誰がどんな磨き方してるの?」

「知らないが、問題は橋の半分だけが綺麗な状態にあるということだ」

「……そう言われると、こっちは全然眩しくないね」

 こっち(わらしべ方面)へと視線を戻して、健乃は安堵の溜め息を吐く。

「ついさっき聞いた話なんだがな」

 貝を誇らしげに張りつつタニシは続ける。

「どうやらこの橋の掃除は、向かい合って存在する二つの長者が担当しているらしい」

「それってつまり?」

「この町を代表する二つの長者、わらしべ長者と炭焼き長者だ」

「ふんふん、それで?」

「この二つの長者だが、とても仲が悪いそうだ」

「やっぱりそうなんだ」

「だから協力して橋を綺麗にするという発想はない。結果として、きっちり半分ずつ掃除するということになったワケだ」

「つまり向こう側が輝いているのって――」

「炭焼き長者にはとんでもなく優秀な奉公人がいてな。完璧な仕事を人の何倍もの速さで片づけるそうだ」

「へぇ、凄い人がいるんだね」

「あら、昨日ぶりですね」

 腕を組んで頷きながら感心していた健乃の背中を、落ち着いた品のある女性の声が叩く。元々知り合いが皆無に等しいこの町で聞き覚えのある声など一人しか思い当たらない。

「あ、えーと……きょうかさん?」

 振り返り、眩しさに目を細めながら後光を浴びて立っている着物姿の女性に答える。

「名前、憶えてくれたんですね。こんにちは、やっちゃん」

「昨日はよい働き口を紹介してくれたな。感謝するぞ」

「いえいえ、お安い御用ですわ。えーと……」

「そういえば僕は名乗っていなかったな。こう見えて立派な――」

「タニシさんでいいですわね」

「何でだよっ!」

「いや、しゃべるタニシさんなんて貴方くらいじゃありませんか」

「唯一無二の存在ということなら仕方ない」

 ちょろい。

「それはそうと、そちらはこんな人通りのない橋に何の用だ?」

「掃除に決まっているじゃありませんか。貴方達もそうなんでしょう?」

 手に持った箒を指さして凶華は微笑む。

「確かにそうだが……あ、ひょっとしてクソ優秀な奉公人ってのはアンタのことかっ!」

「まぁ、クソだなんてはしたない」

「この橋をキラキラさせたのは凶華さんなの?」

「優秀かどうかはともかく、そうですわ」

 健乃を見つめる凶華の眼差しは果てしなく優しい。

「炭焼き長者で評判の奉公人、というワケか」

「どうかしたの?」

 頭の上で何やら考え込むタニシに、健乃が疑問の声を投げる。

「いや、解せんと思ってな」

「誰が下賤のものですかっ!」

「そんなこと言ってないぞっ」

「はい、知ってます」

 天邪鬼ジョークだったらしい。

「で、何がわからないの?」

「いや、炭焼きとわらしべは仲が悪い。言うなれば敵同士だろ。そして座敷童子と言えば幸運の象徴だ。それなのに一方で評判の奉公人が敵方に塩を送るような真似をしている。自分のところに引き入れるならともかく、これは不自然じゃないか?」

「まぁ、色々と事情がありまして。それに――」

 手に持っていた箒を欄干に立てかけてた凶華は、橋のちょうど真ん中から町を二分する大きな河を眺めながら穏やかな口調で言葉を綴る。

「仲が悪いのはウチの奥様とそちらの若旦那だけですよ」

「あ、そうなの?」

 横に並んで同じように河を眺めながら、健乃が返す。

「ウチの奥様も大概なんですが、そちらの若旦那が完全にウチを敵視してまして、顔を合わせれば罵り合いになるという有様なんですよ」

「それは酷いな」

 タニシに同情されるくらいには酷い。

「大旦那様が退く前までは、そんなに仲が悪かったワケではないんですけどねぇ」

「そうなのか? 昔から犬猿の仲ってワケじゃないのか」

「私が炭焼き長者で働けるようになれたのは大旦那様の口利きがあったからですし、その頃はこの橋も協力して掃除していたらしいですよ?」

「へぇ、橋全部がキラキラしてたんだ」

「いえ、その頃は別に光ってなかったらしいですが」

 それは大体彼女のせいである。

「とはいえ、何であの若旦那はああも常にピリピリしてるんだ? ひょっとして商売が苦しいのか? あるいは痔か?」

「商売自体は上手くいってると思いますよ。悪い話は聞きませんし。痔なのかどうかは知りません。本人に聞いてください」

「ねぇねぇ、そもそもなんだけど」

「どうしたやっちゃん?」

「わらしべって、何してるとこなの?」

「ふむ、そういえば知らんな」

「わらしべさんは問屋ですよ」

「とんや……って何するの?」

 小首を傾げる健乃。

「品物を色々なところに配る仕事、でしょうかね」

「まぁ行商人の大型版だな。でもなるほど、わらしべ長者らしい仕事だ」

「そうですね。だからこそ、若旦那は気に入らないのかもしれません」

「どういうことだ?」

「運に頼って成功した父親が世間から認められているのが面白くないのかもしれませんね。まぁ、そんなことに嫉妬している時点で小物だと思いますけど」

 意外と容赦ない。

「実力がない奴ほど他人の運に嫉妬するからな」

 正論ではあるがタニシに言われたくはない。

「さて、そろそろ私は仕事に戻ります。貴方たちもお掃除、頑張ってくださいね」

「うん、ありがと」

 ニコやかな笑顔を残して、凶華は箒を手にすると二人に背を向け、残像が見えるほどの速度で箒を振り回しながら埃を巻き上げつつ去っていった。

「……やはり人間じゃないな、あの動き」

「うん」

「だが、あの天邪鬼のお陰で一つ納得した」

「なに?」

「若旦那が座敷童子を受け入れたくなかった理由だよ。自分の実力で店が繁盛したと思われたいんだろうな。だから幸運の象徴であるお前が初めて入った時――」

 言いかけて不自然に止まる。

「どうかした?」

「いや、結局聞けなかったと思ってな」

「何を?」

「炭焼き長者ではなく、わらしべ長者を紹介した理由だよ」

「ひょっとして凶華さんも若旦那が嫌いだから嫌がらせしたとか」

「随分と遠回りだな。というか、仮にお前の功績で儲かったとしても、あの若旦那なら自分の功績だと言い張るだろ」

「なら、ひょっとして……」

「ひょっとして?」

「あ、ううん、何でもない」

 いつもあまり表情を表に出さない健乃が、笑顔で誤魔化す。

 タニシには何というか、不気味に思えた。


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