二つの長者大戦 01
「わ」
「ら」
「し」
「べ?」
互いに一文字ずつ読んで、一人と一匹は小首を傾げる。
「わらしべ商会と書いてあるな」
「でも凶華さんが働いているのって、えっと……違うとこじゃなかった?」
「炭焼きと聞いた気がするな」
「そうだよね」
やっぱりとばかりにうんうんと頷いてから、健乃は改めて大きな金色の文字看板を見上げる。
難しい漢字を苦手としている健乃にも読めるように、綺麗なひらがなで書かれている。
それはやはり、何度読んでも『わらしべ商会』だった。
山を下って町に入るなり、凶華は笑顔でこう言った。
「貴方たち、お金もアテもないのでしょう? だったら働き口を紹介してあげますわ」
それはもちろん、一人と一匹にとっては有難い申し出だった。渡りに船ということもあり、一も二もなく食いついたのは言うまでもない。そんな彼女達に道順と口約束を残し、凶華はまだ仕事が残っているからと立ち去った。
残された一人と一匹はタニシの記憶に従って町を歩き、現在に至る。
「もしかして、道を間違えたとか?」
「いや、言われたところを一度曲がっただけだぞ。どうやったら間違えるんだ?」
「実は『わらしべ』と『すみやき』を聞き違えたとか?」
「何一つ掠ってねぇし」
「ひょっとして看板が間違えてるとか?」
「そうそう、炭焼き長者の本名がわらしべさんって名前でーって、ないわっ」
「えー……じゃあ――」
おずおずと、少し言い難そうに健乃は続ける。
「凶華さんに騙された、とか?」
「……そう思いたくはないが、なきにしもあらず、だな」
「うん?」
「そうかもしれないってことだ」
「へー」
健乃、一つ賢くなる。
しかし残念、明日には忘れている。
長生きのコツは忘れることだと、彼女の母はよく言っていたものだ。その母は早世であったが。
「そういえば、炭焼き長者を紹介するみたいな話は一言もなかったよな?」
「炭焼き長者までの道だとも言われてないよ?」
「確かにそうだ」
わざわざ思い出すまでもなく、町の入り口で別れた時点で何かが不自然である。
「それにしても解せんな」
「何が?」
「座敷童子という幸運のお守りみたいなモノを、敵というべき相手に譲るようなことをするとは思えんが、どこでどう間違ったのやら」
「えっと、人をモノ扱いとか色々言いたいことはあるけど、とりあえず置いといて、ここと炭焼きって仲が悪いの?」
「仲が悪いというか、一つの町に二つの大きな長者がある時点で、上手くなんていくハズないだろ」
「そういうものなの?」
「そういうものなの」
そういうものである。
この町は元々、都との海運によって成り立っている町である。
その立地に目をつけて進出してきたのが二つ。
それが凶華の働いている炭焼き長者と、二人の目の前にあるわらしべ長者である。この町は大きな河口を中心に広がっており、港町も兼ねている。そのためにか町の中央を大河が流れており、丁度町を二分するような形になっていた。そして町一番の大きな橋を挟むようにして、東にわらしべ長者、西に炭焼き長者が建っている。
当初、町がまだ小さかった頃は、互いに協力することも多かった。しかし町が大きくなるにつれ、互いの商売が軌道に乗り始めるにつれ、衝突する機会が増えていった。
現在は何というか、犬と猿あるいはカニと猿くらいには仲が悪いというのが世間一般の評判である。
「そもそも炭焼き長者もわらしべ長者も、特に努力して勝ち取った地位や財産じゃないからなぁ。そういう連中ほど、手に入れたものを他人に脅かされることに敏感なもんだ」
金持ちの家に婿入りしただけのタニシが何か言ってる。
「そんな話はどうでもいいんだけど」
「ひどいっ」
「とりあえずどうするの? 本当に凶華さんが紹介してくれたのがここかもしれないから入ってみる?」
「ううむ……まぁ正直納得できんところはあるが、ここまで来て別のところへっていうのも面倒だしな」
「うん、疲れた」
あんなに歩いたのは生まれて初めてである。もはや脚が棒なのか棒が脚なのかわからないレベルだ。
「あ、ひょっとして」
タニシが何か思いつく。
「なに?」
「炭焼き長者ってとんでもなく悪い長者なんじゃないか?」
「え、鞭で叩かれたりするの?」
「給料が少なかったり、ずっと働かされたり」
「お昼寝の時間もないのっ?」
それはないのが普通だ。
「つまりアレだ。悪徳長者だな」
炭だけにブラック企業なんですね、わかります。
「なるほどー、だから凶華さんはこっちを紹介してくれたんだね」
「うむ、なかなかに優しい天邪鬼だな」
安心した一人と一匹は同時に納得して頷き、明るく開かれたわらしべ商会の門戸をくぐる。
「どーもー、流しの座敷童子ですが、幸運をお届けに参りました」
「あん?」
そろばんを片手に歩いていた妙に偉そうな若者が気づき、近づいてくる。
「いやあの、幸運てワケじゃなくて――」
「座敷童子だと?」
健乃の言い訳めいた言葉を遮るように言い放ち、男は嘗め回すように幼女を観察する。
「その通りです。彼女が居ればこの商会は――」
「いらん。出てけ」
タニシのセールストークが終わる間もなく、門前払いされた。
これが後に伝説となる、わらしべの即切りである。
ゴメンうそ。




