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下戸とキンコと逃避行 04

「たのもぉ」

 山寺に珍しくも二度目の客人が訪れたのは、用意された料理も粗方片付いた頃になってからだった。

「はいはーい」

 既に寝ている住職に代わり、昔馴染みの酒呑童子が割烹着の裾で手を拭いながら建付けの悪い扉を開ける。

「夜分遅くに失礼します」

「はい、どうしましたか?」

「実は拙者、見ての通り山伏でござるが、山越えの途中で道に迷い一晩の宿を探しておったところ、偶然にもこの山寺を見つけた次第でして」

「はぁ、そうなんですか」

 山だけに遭難……。

「できれば一晩、泊めていただけるとありがたいのだが、如何でござろう。あぁいや、我らは二人しかおらぬ上、部屋の隅でも貸していただければ十分でござるし、ホレこの通り、謝礼代わりのお酒も進呈してしんぜよう。なに遠慮はいらん」

「あの、えっと――」

 妙に早口でまくしたてられ、少しだけ頭の中で整理してから、酒呑童子は頬に手を当てて小首を傾げながら、穏やかな口調で口を開く。

「あの、少しだけ待ってていただけますか? 大丈夫だとは思うんですけど、一応皆さんの了解も得ておきたいので」

「えぇどうぞどうぞ。既に先客がおったとは気がつきませんで。がっはっは!」

 豪快に笑う小さな山伏にホホホと笑いを返しつつ、扉を開けたまま囲炉裏のある部屋へと戻った酒呑童子は、一番近くに座っていた凶華の肩を叩いた。

「キョウちゃんキョウちゃん」

「どうかしまして?」

「お客さんがね、来たの。山伏のお爺さんが二人」

「こんな時間に、この山寺に客だなんて、怪しいな」

 何かを感じ取って、タニシが話に割って入る。

「ボクには普通に見えたけど。丁寧な人だったよ?」

「まぁ、とりあえず確かめてみるか。凶華、玄関まで運んでくれ」

「いやですわ、面倒臭い。地蔵かやっちゃんにでも頼んでください」

「そう言うな。地蔵はもうただの石の塊になって動かないどころか口も開かないし、やっちゃんは部屋の隅でホレあの通り、丸まったままダンゴムシみたいに動かない。お前しかいないんだよ」

「何ならボクが――」

「いやいいんだ。酒呑くんは食べ終わった皿でも片づけといてくれ」

「そう……うん、わかった」

「ホラ凶華、行くぞ」

「はぁ……しょーがないですわねぇ」

 溜め息を漏らしつつ、タニシを胸に載せて立ち上がる。

「お、戻ってきた。と思ったら別の者か。どうだね、一晩泊めていただけるかね?」

 二人の山伏を前にして、固まる一人と一匹。

「あ、おいっ」

 かと思ったら踵を返して囲炉裏のある部屋へと戻っていく。

 ちなみに、表情は終始真顔だ。

「おい地蔵っ、おい地蔵!」

「……何じゃ、騒々しい。寝てるんじゃから騒ぐな」

「あ、反応ないと思ったら寝てたのか」

「紛らわしいですわね」

「で、どうした?」

「髭が生えていた」

 タニシが告げる。

「髭が生えてました」

 凶華も告げる。

「うむ、何の話かサッパリわからん。わかるように話せ」

「実はさっき山伏が道に迷ってこの山寺を訪れたと聞いてな」

「こんな時間に怪しいのぅ」

「そうだよなっ。だから凶華を連れてちょっとどんなヤツかと確かめに玄関まで見に行ってみたんだ。そしたら――」

「そしたら?」

「髭が生えていた」

「髭が生えてましたわ」

「そりゃ髭くらい生えておるじゃろ。山伏なんじゃし」

「いやいや」

 タニシは殻を横に振る。

「だって、女だぞ。女の鼻の下に立派な髭だぞ」

「というかキンコですわ。キンコに毛が生えたんですわ」

「……すまん。凶華だけもう一回」

「だから、キンコに毛が生えたんですの」

「……良きかな」

 何がだ。

「ちなみにこれ見よがしに酒徳利持ってやがった。つまるところアレだ」

「なるほど、例のアレじゃな」

「何ですの、それ?」

「お前の幼馴染みの親父さんが昔やられたヤツだ」

「あー、アレですの」

 伝統芸である。

 ちなみにキンコの父親や卜部が初代酒呑童子を騙し討ちした時は、もっとちゃんとしてた――と思われる。

 まぁ、いつの時代も酒と女は罠の代名詞であろう。

「なら、追い返すのかね?」

「それなんだけどさ、地蔵はどう思うよ?」

「なるほど、タニシは連中が単純な行動に出る方が不安なのだな?」

「まぁ、そう……なのかな」

「どういうことですの?」

 眉根を寄せる凶華に、ゴリリと地蔵が首を巡らせる。

「このような搦め手で来てくれる方が、数と力で強引に攻めてこられるより組し易い、そういう意味じゃ」

「というより、髭をつけただけで僕らを騙せると思っているキンコのアホさ加減を見て、そう思ったというのが実情だけどな」

「なるほど、まぁわかりましたわ」

「ちなみに、味方の一人が騙されているのは大きな不安要素だ」

「酒呑はその、あまり他人を疑いませんので」

「限度があるだろっ」

「今は亡きおじ様も、苛烈ではありましたが騙しやすい方でした」

「親子そろってかよっ!」

「してタニシよ。結局どうするんじゃ?」

 地蔵の言葉に、タニシはしばし唸ってから、改めて口を開く。

「よし、騙されたフリして様子を見よう。いざとなったらキンコを捕まえて人質にできるし」

「けれど、もう一人の男は大丈夫ですの?」

「確かに、あっちは微妙な顔をしていたな」

「アレは間違いなく『こんなんで騙せるなんて思ってませんよ』的な雰囲気が滲み出ていましたわ」

「確かにな。アレはいい歳して仕方なくママゴトに付き合ってやってる大人の顔だった」

「確か卜部とか言ったかのぅ。まぁ彼は職務に忠実というよりは、打算と興味であの仕事をやっとるようじゃし、話の通じん男でもないじゃろうから、単純な朝廷の犬でもなかろう。いざとなったら話し合う程度の余地はあるじゃろうな」

「じゃあ、とりあえず連中の様子を見るってことで、いいな?」

「わかりましたわ」

「よかろう」

「問題は多分二つ、キンコが察するなり卜部という男に教えられるなりしてこちにの意図に気付くか、酒呑童子がうっかりキンコの正体に気付いて余計なことを言うか、だ。警戒していこう」

 タニシの言葉にコクリと、そしてゴリリと、二人は頷いた。

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