おいでませ!地蔵相談所 19
「納得いきませんわ!」
凶華の叫びはどこにも届かない。
「仕方ないだろ。あんな鍋、お前以外に食えるか」
「あの美味しさがわからないなんて、とんだ野蛮人ですわ」
「あんみつに一味ふりかけるヤツに言われてもなぁ」
さすがのタニシも呆れ顔である。
ちなみに彼は、食べようとしていた団子に一味をまぶされたことがあったので、彼女が辛党であったことを知っていたりする。
「最後の以外は美味しかったよ?」
「それも納得いかないんですがっ」
健乃のフォローにも凶華は不満顔だ。
「というか、身体は何ともないのか?」
「え、あ、うん」
タニシの言葉に頷く健乃は、まだどこかぎこちない。
「まぁ、得体は知れなかったが、凶華が悪意を持って作ってたんだ。大丈夫だろ」
「でもシャチホコは乗ってなかったよ?」
「二品目の刺身盛り合わせはシャチホコっぽかっただろ」
「確かに」
「何の話ですの?」
「お前の最大限の善意はシャチホコだという話だ」
いずれにしても、素材が蛇であれ蜘蛛であれ、凶華の手にかかれば絶品料理に昇華可能ということはハッキリしたのではないだろうか。
「でも、最後のは、ダメ」
「美味しいですのに……」
「それお前だけだから」
「舌がまだヒリヒリする」
基本的に何でも食べる健乃だが、辛いものと熱いものはちょっと苦手である。
子供だからね。
「何か甘いの食べたい」
「甘いの……お隣さんから胡桃餅でも貰ってくるか?」
「餡子食べたい」
「またわがままを」
タニシがやれやれと小さな溜め息を吐き、健乃が少しだけ頬を膨らませる。
「それなら、笹団子でも貰ってくればどうじゃ?」
「笹団子!」
二人と一匹の背後に地蔵が現われる。
「貰うったって。どこにあるんだ?」
「そういえば、蔵の入口辺りに束になって下がってましたわね」
ふと思い出した凶華が、そう口にする。
「この辺りではどこの家でも作るもんじゃからな。一つくらい子供が食べても何も言われんよ。何なら、儂から花咲かの翁に頼んでおいてやろう」
「食べたい!」
「なら頼んできてやるから、お主は蔵に向かうと良い」
「蔵って、どっち?」
「ほれタニシ殿、出番じゃぞ」
「え、僕に案内しろってこと?」
「他に誰がおるんじゃ。凶華殿は片づけをせねばならん」
「……まぁ、そうですわね」
「仕方ないなぁ」
やや不満げな顔をしながら健乃の頭に、元の鞘に収まったタニシは、どこか安堵しているように見える。そのまま団子に向かって駆けていく背中を見送る二人の顔は、僅かに緩んでいる。
「やれやれ、子供の喧嘩というのは微笑ましくて良いな」
「そうですわね」
「それはそうと凶華殿」
「何ですの?」
「忘れ物がないよう、今の内に確認しておくのだ」
「それはどういう意味でしょうか?」
「この街は早々に離れた方が良い、という意味じゃ」
意味深な言葉を残し、地蔵は背を向ける。
「どちらへ?」
「約束じゃからな。花咲かの翁に許可を貰いに行ってくる」
言いつつ横に倒れると、ゴロゴロと転がり始めた。
「まさか、お前たちが勝つとはな」
「お、親父……」
慣れない料理に奔走して呆然と空を眺めていたポチ臼コンビの元へ、小さな足音が近づく。
「お前は何をやっても才覚の欠片すら見られん半人前だったな」
「勝者に対して言う言葉かよっ」
「実際、料理の出来は見事とは程遠かったではないか」
「それは――」
言い訳を探すが、出てこない。凶華の料理に比べて数段落ちることは、優太も自覚していることだ。
「優太さんは頑張りました。むしろ私がもっと、妻としてできることがあれば……」
「臼は何も悪くないっ。僕がもっとちゃんとしていれば!」
「そうだな。お前が半人前なのは事実だ」
花咲か爺さんの言葉には、遠慮も慈悲もない。
「半人前を屋敷で飼うのは無駄なことだ。だが、二人で一人前なら、許容してやらんこともない」
「親父、それって……」
「胡桃餅、煎餅、打豆汁か」
「あぁ、うん」
「懐かしい味だ。もう十年は食っとらんなぁ」
「そう、だよ」
「たまにでいいから、二人で作って持ってこい。まだまだ婆さんとは比較にならんだろうがな」
「わかった。わかったよ!」
「ありがとうございますっ。お義父さま!」
新たな夫婦に背を向け、小さく手を挙げると花咲か爺さんは歩き始める。
が、その足元に大きな石が転がってきた。
「おごっ!」
脛に突撃して止まる。
「ぐぎぎっ、おい、痛いぞ地蔵!」
「すまん。ちょっと勢いがつき過ぎた」
「で、どうした?」
「起きるのが面倒なのでこのまま聞くぞ」
うつ伏せのまま地蔵は話し始める。
「随分と人を集めたようじゃが、儲かったかね?」
「まぁ、ボチボチといったところかのぅ」
「外に臨時の釜戸までこしらえて、何台もの屋台を引き込んだ挙句、塀に大穴を開けた結果がボチボチとは、随分と殊勝な話じゃな」
「塀を壊したのはお前たちなんだが?」
「で、真の狙いは何じゃ?」
「狙いと言われてもなぁ。心当たりはないが」
「例えば、時間稼ぎとかどうじゃ?」
「ほう、聞こうか」
「あの二人と一匹を留めておくため、とかどうじゃ?」
「そんなことをして儂に何の得がある?」
「わからんが、一つだけ言うておくぞ」
地蔵の声は低い。うつ伏せのままだったこともあって地の底から湧いてくるようにも聞こえる。
「儂は子供が好きじゃ」
ロリコンかな?
「何を言いたのかサッパリなんじゃが?」
「つまり、儂はお主の敵、ということじゃ」
「ほっほっほぉ、なるほど、これは面白い」
「そうじゃろう」
「最後に一つ聞いておきたいんだが。いいかね?」
「答えられることならな」
「他の五人の地蔵は、今どこに居る?」
「知らぬし、知ってても教えんよ」
「そうか。まぁせいぜい、頑張ることだ。ちなみに、この街から出るのも、そう簡単ではないかもしれんぞ?」
「ご忠告、ありがたく受け取っておくわい」
脛から離れ、地蔵は再び転がり始める。
喧騒に、大きな変化はない。
しかしその陰で、明らかな意思と悪意が交錯を始めていた。




