おいでませ!地蔵相談所 17
「それではっ、いよいよ試食の始まりです!」
「とうとう来てしまったか……」
タニシ、とりあえず溜め息。
「完成したなら食わねばなるまい」
「まぁ、僕が食べるんじゃないから、別にいいんだけど」
「なんでしたら、解説陣用に少し貰ってきますが?」
「やめてっ!」
圧倒的拒否である。
「さぁ、最初の一品、先攻は挑戦者、凶華さんからです」
「不安だ……」
どんなゲテモノが出てくるのかと、既に会場は戦々恐々である。
「三人の審査員たちの前に皿が並べられたようですが……アレは何でしょうか?」
「僕の目には鰻丼に見えるが」
「儂の目にも鰻丼に見えるぞ」
タニシと地蔵の意見は一致しているようである。
「鰻なんて捌いてましたか?」
「いや、記憶にないが」
「まぁ、鰻っぽいものは捌いておったな」
「え、ちょっと待って。あれってつまり?」
「蛇丼ですね」
「より正確に言うと蝮丼だな」
ゲテモノ以外の何ものでもない。
「さぁ、審査員の方々、早速食べていただき、お手元の点数札を挙げてください!」
「おい、ここに鬼がいるぞ」
「正確には作ったのが鬼じゃな」
解説を始めとした観衆の視線が集中する中、しかめっ面を崩さない花咲か爺さんの手が動く。
箸を持ち、湯気と甘辛いタレの香りが漂う丼へと伸ばすと、その身を器用に先端で挟んだ。
すると、ほとんど抵抗なくスッパリと、身が切れる。切り口も綺麗で、まるで包丁で切ったかのような断面だ。鰻でもここまで柔らかいモノには出会った記憶がない。
少しだけ興味の湧いた花咲か爺さんは、その渋面を少しだけ和らげると、恐る恐るといった様子で身とご飯を持ち上げ、口へと放り込んだ。
「……美味い」
おぉというどよめきが、観衆から上がる。
「正直、驚いたわい」⑧
「食べられる」⑩
「おい、丼どころか箸も持てないんだが?」
「合計18点ですね。まずまずの出だしではないでしょうか。タニシさんはどう思われます?」
「食べるどころか番号札を挙げられない三番目の審査員を無視して進めるのはどうかと思うぞ」
「まぁ、食べられない以上、点数を挙げようもないからのぅ」
「そんな奴を審査員にすんなよ!」
タニシの言い分はいちいちもっともである。
「では、対するポチ臼組の一皿目に行きましょう!」
「おいっ、無視すんな!」
タニシがプンスコと怒る中、小皿に載せられた一品が三人の前に並べられる。
「あれは……餅ですよね?」
「うむ、餅じゃな」
臼がいて餅が出ないという道理はない。
「かかっているのは、餡ではなさそうですが?」
「あの茶色いの、何だ?」
餡子と黄粉と磯部焼しか知らないタニシも、首を傾げるしかない。
「からみ餅でしょうかね?」
からみ餅というのは大根おろしと醤油をかけた餅のことである。
「いや、違うな。あれは――」
「胡桃餅か」
地蔵の言葉を引き継ぐように、花咲か爺さんが呟く。
観衆も納得したのか、確かにとかそうだという声が方々から上がる。
「胡桃餅? アレ胡桃なのか?」
「タニシは食べたことないのか?」
「ない。甘いのか?」
「甘じょっぱいといったところかのぅ。この辺りでは作る家が多いぞ。そう珍しいものでもない」
「へぇ、そうなのか」
東北や信州など、現在でもくるみだれのかかった餅は食べられている。田舎のグルメの一つである。
「なるほど、つまり自宅の味といったところですかっ。では早速、審査に入っていただきましょう!」
箸で持ち上げた花咲か爺さんが、餅の柔らかさと粘りに一つ頷く。いささか大きく見えた餅を、そのまま口に放り込んだ。少々季節外れではあるが、つきたての餅が美味いことに変わりはない。
「餅は悪くない、が――」
花咲か爺さんは鼻で笑う。
「婆さんの味には到底及ばんな」⑥
「食べられる」⑩
「手掴みでもダメなんだがっ?」
「合計点数は16点、一歩及びませんでしたが、なかなかの接戦ですねっ。どう思われますか、タニシさん!」
「いや、これってもしかして、最初の爺さん以外は全く機能していないんじゃないかと――」
「では続いて二品目、凶華さんの料理に行きましょう」
「おいっ、話聞けよ!」
もちろん聞く耳など持つことはなく、次の皿が並べられる。
「アレは、何でしょうか?」
「刺身じゃな」
それは紛れもなく、刺身の盛り合わせである。活け造りである。
「誰がどう見ても刺身だろ――って、刺身って何のだっ?」
「常識的なツッコミ、どうもありがとうございます。刺身になりそうな物なんて、何かありましたか?」
「いや、魚を捌いていた記憶すらないんだけど」
「ですよねぇ」
偽鰻丼はまだ蛇という原型があったが、こちらはそういったものが見当たらない。しかし、どこからどう見ても魚のお刺身である。
「まぁ、ともかく食べていただきましょう!」
「ホント鬼だな、アンタ……」
「問題は美味しいかどうかです!」
明らかに嫌悪している様子の花咲か爺さんであったが、このまま何もせずに終わることはできないと察したのか、仕方なく箸を伸ばして鰤っぽい一切れを持ち上げると、精一杯の抵抗とばかりにたっぷりの醤油をつけてから口に放り込んだ。
「……美味い。何故だ」⑦
「食べられる」⑩
直接食べようとしているのか、石コ太郎の頭は机に埋まっている。
「評価は上々ですが、点数は伸びませんでしたねぇ」
「いや、あれだけ得体が知れないのに7点とか、むしろ相当美味しかったんだろ」
「ウニを始めて口にした人間とか、ああいう顔をしとったんじゃろうな」
「なるほど、そうかもしれませんねぇ」
「よし、二人ともウニに謝ってこいっ」
「そして今度はポチ臼組の一皿ですが……これは、料理と呼ぶには少々奇妙な感じがするのですが?」
平たくて茶色い物体が、皿に一枚乗っている。
「……煎餅か?」
「うむ、恐らくそうじゃろう。餅を潰して伸ばして、醤油を塗って焼いたのじゃろうな。餅の再利用料理じゃ」
「……なるほど」
何かに納得して、花咲か爺さんは頷く。
「さぁ、それでは食べていただきましょう!」
小皿から歪な煎餅を持ち上げ、口へと運ぶ。
ガキンと、固い音がした。
「……固い」②
「……食べ、られ、る」⑩
「オラの筋肉も硬いぞっ。ホレ、この二の腕をよく見るのだ!」
石コ太郎は諦めたようだ。
「12点は少し低いですねぇ」
「いや、むしろやっちゃんの10点はおかしいだろっ。というか無理して食うな!」
ガリガリボリボリと、まるで石でも齧っているような音が邸内に響き渡る。
そして石が大好き石コ太郎は、石のような筋肉自慢を続けるのだった。




