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カチカチ山殺人事件 09

 プスプスジュージューと、そこかしこから名残とも言うべきささやかな悲鳴が上がっている。

 すっかり消し炭と化した元ボロ屋で、タニシと座敷童子と狸が頭を寄せ合っていた。周囲はボロボロで真っ黒で、焼け焦げた臭いが充満しており、それでいながらポタポタと雫を垂らしている。

 ちなみに空は雲一つない晴天だ。

「何とか火は消えたな」

 タニシは満足そうに頷いた。

「今日はいい天気だよね」

 健乃が上を見ながらそう答える。

「少し焦げたが、原形を留めているだけマシだよな」

「あぁ、お日様が眩しい」

 目を細める健乃は話を聞いていないかのようだ。

「まぁ、貴重品とかなくて良かったじゃないか」

「空ってこんなに青かったんだね」

「わかったよっ。悪かったよっ。謝るよ!」

 火事になったのはタニシのせいではないが、天井と屋根がなくなったのはタニシのせいである。

「それにしても、どうして火事なんかに……」

 周囲を見回しながら狸が不思議そうに首を傾げる。火元になりそうなものと言えば囲炉裏と釜土くらいのものだ。

「不思議だよなぁ。囲炉裏なんて今朝は完全に消えてたぞ」

 というタニシの言葉に、狸は釜土へと目を向ける。

「となると、釜土からの出火ですかねぇ。ひょっとして今朝は薪をたくさん使ったとか?」

「使ってませんよ。いつもと同じです」

「ケチだからな」

「倹約家と言ってください」

 言いつつ健乃は自分の頭ごとタニシをペチンと叩く。

「そうなると、一体何が原因で?」

「ひょっとして、アレか。例のカチカチ山の薪のせいか?」

 自然発火するという話が本当なら、さもありなんと言えなくもない。

「だとすると、私のせいですね」

 狸の肩がガクリと落ちる。生真面目な彼のことだ。責任を感じて切腹でもしかねない。

「そんなことないです」

 健乃がすかさずフォローする。それなりに付き合いの長いご近所さんだ。狸の性格はよくわかっている。

「やっちゃん、でも……」

「これはきっと不幸な事故なんです。誰のせいでもない。だけど、それでも少しくらい悪いことをしたなぁと思うのなら――」

 健乃は満面の笑顔を浮かべ、続ける。

「お昼奢ってください」

「やっちゃん、涎拭こうぜ」

 食べる気は満々だ。

「そんなの当たり前ですよ。困った時はお互い様なんです。ウチもあまり裕福ではありませんから大したものは出せませんが、お昼と言わず生活が元に戻るまでの間、ウチで暮らしてください」

 この狸、眩しい。

「おいやっちゃん、おい」

 タニシが少し引きつった表情で健乃の髪を引っ張り耳元で囁く。

「ちょっとした冗談だったのに、あの狸のヤツ真に受けてるぞ」

「生真面目な狸さんなんだから当然でしょ」

「さすがにマズくないか? ずっと世話になるとか。そんな楽な生活を始めたら抜け出せる自信がないぞ」

「私もです」

 駄目なタニシと座敷童子である。

「せめて何かこっちから上げられるものはないのか?」

「上げられるもの……」

「僕は駄目だぞ。お前の所有物じゃないからな。それに本来は金持ちだが今は無一文だ。期待もするな」

 そんなんでおこぼれにあやかろうとか、図々しいにも程があるタニシである。

「あっ」

「何か思いついたのか。よし、今渡せ。すぐ渡せ」

 回れ右して狸と向き合い、懐を探る。

「タダでっていうのは悪いから、これ上げます」

「いやそんな、気を使っていただかなくても――」

 狸は水瓶の破片を受け取った。

 ゴミである。しかも燃えないゴミなので出すのが面倒なヤツだ。

「やっちゃん、おいやっちゃん」

「なに?」

「なにじゃねぇよ。ゴミ渡してどうすんだ。むしろ迷惑だろ」

「え、でも投げると飛ぶよ?」

「そこに落ちてる消し炭だって投げれば飛ぶわっ」

「あのぅ……」

 受け取った破片をマジマジと見つめていた狸が、ふと口を開く。

「いやあの違うんです。それはちょっとした冗談というか何というか、お気に障ったのなら土下座でも何でもしますんでお昼だけは何とか食べさせていただけませんでしょうか?」

 卑屈なタニシはとりあえず腹が減っているようである。

「いや、そうではなくてですね」

 一方の狸に怒った様子はない。

「私の上げた薪って、確か水瓶に入れてましたよね?」

「水瓶に?」

「薪を?」

 一人と一匹が首を傾げる。

「ええと、あの割れた水瓶に……ほら、やっぱり入ってる」

 言いつつ、狸は湿った薪を一本取り出した。当然ながら炭化はしていない。そもそも水瓶の中で火が点いたところで燃え広がったりはしないハズだ。

「おいおい、だったら一体どうして火事になったんだ?」

 当然の疑問ではあるが、答えは簡単である。

「えっと、誰かが火を点けたとか?」

 放火である。そして放火をしそうな奴と言えば、アイツしかいないだろう。

「つまり、あの爺さんだな」

「あのお爺さんが火を点けたんだね」

 いや、あのお爺さんの家から帰ってきたら家が燃えてたんですけど。瞬間移動でもできるのだろうか。確かに山の一つや二つは一飛びで越えてしまいそうではあるが。

 いずれにしても、迷宮入りしたにも関わらず真っ直ぐに突き進み続ける一人と一匹がどのような結論に至るのか、それはもう間もなく判明する。

 犯人は一体誰なのか。そもそもちゃんと捕まるのか。それ以前に解決する問題なのか。全てが未だに謎のまま明日を迎えることになる。

 次回『兎、自首』(ネタバレ)お楽しみに。


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