おいでませ!地蔵相談所 11
「一応僕らはここに居ない人間ってことになってますから、見つからないように気をつけてくださいよ」
やたらと敷地の広い庭園付きの大邸宅、街の中心にまるで象徴のように鎮座しているそのお宅の裏口からこっそり侵入した二人と一匹は、藪を経由して身を隠しながら敷地の隅にある大きな蔵を目指していた。
何かあるとするならあそこだろうという、優太の言葉を受けた判断である。
「ところで優太さん」
凶華がふと、潜んだ藪の中で彼のすぐ背後から小声で話しかける。
「いやだから、見つかったらマズいんですってば」
「大事な話なのです。これを聞いておかなければ、何も始まらないのです」
「はぁ……」
近づく顔とおっぱいに身を引きつつ、優太は曖昧に頷いた。
「えっと、一体何です?」
「貴方のお爺さんは、どんな術を持っていますの?」
「術……?」
大きく首を傾げる優太。
「そうです。術です。法術とか呪術とか魔術とか、そういう類のものです」
「花咲か爺さんが術なんて使えるのか?」
「使えないハズがないでしょうっ!」
タニシの素朴な疑問を凶華が容赦なく叩き落とす。
そして声が大きい。
「考えてもみてください。枯れ木に、花が咲くんですよ。灰を撒いただけで!」
「いやまぁ、それだけを聞くと確かに不思議だけどさ」
「これはきっと、命に干渉するような術が行使されたに違いないのです。私の予想では禁術か、それに類する強力な術具の類が使われたと思いますね」
うんうんと一人頷きつつ、腕を組んだ凶華が納得している。
「術具とは、一体どんな?」
「有名なところですと、打ち出の小槌とかでしょうか」
「あぁ、なるほど」
優太が頷きを返す。
「で、花咲か爺さんが術の使い手であるのかどうかが、どうしてそんな大事なことなんだ?」
「タニシは相変わらずタニシですわね」
「何だと、コラ」
「これから蔵を探すにしても、どんな術の使い手であるのかがわかっていれば、その傾向も絞れますし、術具に頼ったかそうでないかもわかるじゃありませんか。本人の力だけで花を咲かせたのなら、探すべきは術に必要な触媒や痕跡になりますし、そうでないなら術具を探せば良いのです」
「……何かお前、いつもより頭良くない?」
「私はいつも頭が良いですが、何か?」
「嘘つけっ。何の役にも立たない下らない悪だくみを妄想するだけで、現実には何もできてないじゃないか」
「下らないとはご挨拶ですねっ。私は日々、どうやったら世の中を混沌の渦に沈めることができるのか、それを真剣に考えているのですっ。現実が私についてこれないだけですわ!」
「そうだよなぁ。現実のお前は一日何善もやっちゃう鬼とは名ばかりのヤツだもんなぁ」
「それを言わないでくださいっ。そんな私だからこそ、術というのは必要なのです。術があればきっと、今の私にはできないあんな悪事やこんな悪行が可能なハズなんです!」
「いや、術が使えても何も変わってなかったと思うが」
せやな。
「そんなことないです。昨日の私は三日間ウンコの出ない術で朝廷を屈服させました」
「何考えてんだ、お前……」
タニシですらドン引き。
「それで結局、花咲か爺さんの使っている術はわかりますの? わかりませんの?」
「えっと、術と言われてもちょっと……あ」
「やはり使えますのねっ」
「美術にはちょっとうるさいですよ」
「媚術とはまた面妖な」
「茶碗とか掛け軸とか詳しいですし」
「それらを送って油断させての媚術、やり手ですわね」
「おい、何か話が食い違ってないか?」
「何かって、美術の話ですよね?」
「えぇ、媚術の話ですわ」
何かというか根本的に間違っている。
「しかし、それでどうやって桜の木に花を咲かせたのでしょうか?」
「え……あんまり関係ないんじゃ」
「そんなことありませんわっ。きっと……そうっ、花を咲かせる妖怪か何かを媚術で手懐けて何かさせたとか、あるいは殿様に媚術を使って取り入り、ありもしない桜吹雪を見せたとかかもしれません」
「幻見せるとか、美術やばいな」
「そのくらい、媚術なら造作もないことです」
媚術こえぇっ。
「しかしそうなると――」
ふと優太が考え込む。
「何を探したらいいのでしょうか?」
「確かにそうだな。さすがに花を咲かせる妖怪とかがいたなら、アンタも気づいているだろ」
「あぁ、はい、それはさすがに。そんな妖怪を飼っているみたいな話は聞いたこともありません」
人間はポチと称して飼っているが。
「そうなるとやはり、殿様へ媚術を用いた可能性ですわね」
「二択なのか……」
他の選択肢などない。
「そうなると探すべきは、記録ですわね」
「記録?」
「蔵に仕舞われているかはわかりませんが、殿様を篭絡させるほどの逸品ですもの。それだけの品がここに在り、それが譲られたとあれば、その記録はどこかに残っているハズですわ」
「まぁ、名器や名画がどこぞへ紛失していたら怪しくはあるな」
「とりあえず、その痕跡を探してみましょう」
「おぉ、何だかちゃんとした探し物になってきた気がします!」
優太、ちょっと感動。
「いや、気のせいだぞ、きっと」
タニシが水を差す。
水神の使いらしい言い草である。
「では、改めて蔵に向かいましょう」
「そうですね」
二人は妙にやる気だ。
「なんだかなぁ……」
一方のタニシは呆れ気味である。
というか、最初は単なる路銀稼ぎだったというのに、大きく進路がズレている。このままではタダ働きどころか、余計なトラブルに落ちていく気がしてならないのだ。
心配しないで欲しい。
もう手遅れだ。
「さぁ、着きましたよ」
しかしタニシが溜め息を吐く間もなく、その巨大な蔵は現れた。
「想像以上ですわね」
「僕も滅多に入らないので、中が今どうなっているのかは、多分誰も知らないと思います」
「魔境ですわね」
「だからこそ、期待できます!」
「そうですわね!」
二人はやたらと意気揚々に、大きな大きな扉へと手を掛けるのだった。




