トラブル・メーカー
牧村隊初日の続き。時系列的には4話の後です。ごちゃごちゃしてすみません。
「まさか、あなたが3人目の救世主だったとは……」
小柄な黒髪少女、提坂玲緒奈はちょっとずつ後ずさりしながらそう言った。
「待て待て、そうあからさまに距離を置くな。そう言ってんのは青山司令長官だけなんだし、お前らまで過度に緊張することないからな」
「しかし、そうは言ってもやはり提督の状態は、2人の救世主と同じです。これはとても偶然には思えません」
「ですねー。記憶喪失もそうですが、やはりユニゾンですね。全く新しいウイングを創り出してしまうなんて、凄いことですよ!」
頭にカチューシャを載せた栗原陽子は、恐れるというより素直に感心しているようなそぶりを見せた。
「あおいさん! 実際ユニゾンとはどういう感じだったんですか? それに、例の『ラグナロック』の使い心地は?」
陽子は早速あおいを質問攻めにする。
それに対しあおいは、「えっと……」とやはり高すぎるテンションにタジタジの様子だった。
「ふーん、そんなに凄い力なら、ぼくも今度お願いしたいな」
そんなハイテンション組から少し離れたところで、マイペースボクっ娘の高城日和がそう呟いた。
興味が本当にあるのかないのか、彼女の表情からは相変わらず真意が読み取りづらい。
しかしこれでも彼女の戦績は相当なものがあるのは事実だ。実際、実戦に出たことがなかったあおいとは段違いだ。彼女がラグナロック並みの力を得れば、牧村隊のエース格になれるのは疑いようもない。
俺は視線をサイドポニーの崎本真礼に移す。真礼は特に驚いた様子は見せず全員の様子を無言で見つめていた。見た感じクールな印象を受ける彼女だが、さっきあおいを侮辱した阿久津唯に対する対応を見てわかる通り、彼女は結構情熱的だ。前の隊でも後輩を厳しく指導し、隊の底上げに努めていたそうだ。
瞬間、真礼の表情が厳しくなった気がした。俺は彼女の視線の先を追ってみると、
「…………」
不機嫌そうな表情のまま腕を組んでいる唯の姿があった。
阿久津唯、彼女がこの隊においてもっとも厄介な人物であることは彼女の経歴を見れば明らかだ。
なんと彼女、ここ2年間で7度も所属が変わっているのだ。あおい曰く、唯はSEAD内でも有名なトラブルメーカーなのだそうだ。だが実力は折り紙つきのため、毎回その力を期待して他の隊が彼女を引き取るらしいのだが、移籍先でも彼女は態度を改めようとはせず、結局は短期間でその艦隊の指揮官が匙を投げてしまうのである。
唯は、玲緒奈や日和ほど輝かしい戦績がある訳ではないが、彼女の2年前までのデルタ撃墜数は相当なものだ。彼女を使いこなすことができれば、十分戦力にはなるのは間違いないだろう。無論、今まで数多の提督が彼女をコントロールできなかった訳だし、一筋縄ではいかないだろうがな。
「なぁ、牧村さんよ」
不意に話しかけてきたのは、例のチャラ男……もとい、提督補佐の藤浪拓斗であった。
「なんだよ?」
「その様子だと多分まだだと思うけど、秘書官は決めたのか?」
「秘書官? いや、そういうのは俺はいらないよ。ただでさえ人員不足なんだし、わざわざ他から人を回してもらう必要もあるまい」
雑務ならだいたい1人でこなせるだろうし、一応補佐もいるわけなので、俺は秘書官の必要性はあまり感じていなかった。
「別に他の隊から連れてくるわけじゃない。この隊の人間から採用すればいいのさ。あんたは雑務くらい大したことないって思ってるだろうが、報告とかスケジューリングとか意外と仕事量は多いんだぜ。それに、俺は作戦指揮の補佐はするが雑務は専門外だ。だから俺は雑務に関してはノータッチのつもりでいる」
「そ、そうなのか? しかし、秘書官といってもなぁ……」
俺は執務室を見渡してみる。あおいを中心にじゃれあう陽子と玲緒奈。その様子を少し離れたところから見つめている日和と真礼。そして、時折俺ににらみを利かせてくる唯。
正直、俺はまだ彼女らの性格を完全に把握出来ている訳ではない。だが……
「ちょっと栗原さん、やめ……」
昨夜、何も分からない俺にこの世界の様々なことを教えてくれたのは、他ならぬ香月あおいだった。
彼女はとにかく真面目だ。「たまに、堅物だって言われるのが、悩みではあるのですが……」と彼女は言っていたが、こういう軍隊のような組織では、真面目すぎるぐらいがいいのではないかと俺は思う。そういう彼女であれば、もしかしたら秘書官には適任なのではないだろうか?
「提督?」
ジッと見ていたせいか、あおいと目が合ってしまう。別に目を逸らす理由はないが、俺は瞬間的に視線を外した。すると、
「やっぱり香月か?」
友達の好きな人を当てようとするくらいの軽い口調で藤浪は言った。
「お前さ、一応俺が上司なんだし、もう少し口の利き方なんとかならんのか?」
「おっと、こりゃ失敬。だがどうにも俺は敬語が苦手なものでね。別に敬意を払っていない訳じゃないから気にしないでもらえると助かるんだが」
藤浪はニシシと笑って言った。正直イラつくが、年齢的には俺よりも少し上のようだし、それに単純にこれ以上訂正するのも面倒なのでその件に関しては流すことにした。
「それで、牧村さんはやっぱり香月を御所望で?」
「な、なんでそんなこと分かるんだよ?」
「いやいや、別に深い意味はないけどね。彼女は真面目だし、訓練校での成績も優秀だ。秘書官にはもってこいの人材だと思ったまでだ。それに……」
「それに、なんだよ?」
「いーや、なんでもない。とにかく、俺もあんたと同じで香月が適人だと思うぞ」
藤浪の言い方はいちいちおちょくられているようでムカつく。とても俺に敬意を払っている様には思えん。青山司令長官も、なんでこんな男を寄越したのだろうかと、理解に苦し、
「ただ、秘書官選定の際には色々注意した方がいい」
俺の思考を中断させる藤浪の言葉。だが、今回の彼の口調はさっきまでのそれと少し異なっていた。相変わらず言葉遣い自体は荒いのだが、彼は決して俺以外には聞こえない様、辺りに注意を払っているようだった。
「何をだよ?」
俺は彼に合わせるように、小さめの声で問うた。
「牧村さん、あんた女の扱いには長けてる方?」
知らんがな。
「女ってのは嫉妬が男以上に強いもんだ。もし香月を秘書官に選んだことで、それをよく思わない人間も出てくるかもしれん。そういう場合、提督である牧村さんがしっかり彼女たちの気持ちを酌んでやらんといけない。それが、あなたにはできるのかと、俺は聞いているんだ」
今の彼の言葉に軽薄さは微塵も感じられなかった。俺は藤浪の真面目トーンに戸惑いながらも、もう一度あおいを見た。
どこのコミュニティにおいても、人間が大勢そこにいる以上いじめというものは一定以上存在するものだ。だがただでさえ辛い戦いの最中、そんなくだらない人間同士の争いに巻き込まれるなど、彼女にとっては冗談ではないことだろう。
俺は、この仕事を引き受けると青山司令長官に宣言した時の、あの子の笑顔を思い出していた。出会って間もない子だが、彼女の表情が苦痛にゆがむ様は絶対に見たくなかった。だから、俺は藤浪にハッキリ言った。
「大丈夫だ。その程度できなくて提督など勤まらん」
すると、今度は藤浪は、
「その意気だぜ提督」
と言いながら、俺の背中を思いっきり叩いた。
「なぜ叩く?」
「エールを送ったんだ。自信がねえと言ったら喝を入れるつもりだったが、その必要がなくなったんでな」
藤浪はニヤリと笑って言う。
「心配するな。俺だってこの世界を救いたいんだ。可能な限り、あんたのサポートはやらせてもらう。それに、彼女らはこの世界の命運を握る大切な子たちだ。あんたが背負いきれない部分は、俺がしっかり背負ってやるから安心しな」
そう言って、藤浪はまた俺の背中を思いっきり叩いた。
痛かったが、それは決して不快な痛みではなかった。
「おう。頼む」
そうして今度は、藤浪の背中を叩いてやった。
青山司令長官が彼を寄越した理由が少し分かった気がした。
その時だった。
執務室に、敵出現を知らせるアラートが鳴り響いたのは。
『東京港区にデルタ出現! 牧村隊はただちに出撃してください!』
緩んでいた空気が瞬間的に引き締まる。あおいも、陽子も、玲緒奈も、日和も、真礼も一気に戦闘モードになる。
「全員、整列しろ!」
藤浪の一声で全員が俺の前に整列する。そんな彼女らに向かって言う。
「まだ作戦指揮も何も決まっていない状態で申し訳ないが、早速出撃してもらう。あおいは一度ユニゾンは組んでいるから、今回は1人で『ラグナロック』で出撃してほしい」
「はい!」
気合の入った一声が執務室に響く。
「他のみんなは各々専用のウイングで出撃してくれ。それと、今回のユニゾンだが……」
俺の言葉を少女たちが緊張した面持ちで待つ。
「陽子、お前に頼みたい」
「わ、私ですか!? おー、これは朗報ですね!」
陽子は心底はしゃいだ様子を見せる。一応これでも彼女はうちの隊では年長者の方なのだが、年上の威厳の様なものは露ほども感じられなかった。
「おいこら! まだ提督が喋ってんだからあんまりはしゃぐな!」
「えー! ぶーぶー」
陽子と藤浪の様子で硬くなりすぎていた空気が少し緩む。だが、完全にガチガチの状態よりもこの方がいいと俺は思った。
「みんな、今回は陽子とユニゾンを行うが、必ず全員とユニゾンはやらせてもらうから、そのつもりでいてくれ」
「ちょっと待って」
「なんだ、唯?」
口を挟んできたのは唯だった。途端、和みかけていた空気が張り詰める。
「その順番ってのは、どうやって決めているの? まさか、あんたの好みの順とか言わないわよね?」
敵意剥き出しの視線を俺にぶつける。だが、俺は特に感情を顔には出さず、あっけらかんと言った。
「好みの順って言ったらお前はどうするんだ?」
「は?」
俺の言葉に唯が面食らう。彼女は恐らくこんな返しをされたことはほとんどなかっただろう。
「だから、俺が本当に好みの順で決めたって言ったらどうするんだ?」
「し、知らないわよ! そんなこと!」
金色のツインテールを揺らしながら唯が叫ぶ。それでも俺は唯の目をじっと見続ける。やがて、根負けしたように唯が口を開いた。
「もし、そんな人がいたら、心の底から軽蔑してやるわ……」
「そうか。じゃあ、俺は軽蔑されないですみそうだな」
俺はわざとらしく、ニヤリと笑ってみせる。
「え?」
「そんなくだらないことで順番を決めるやつはいないってことさ。俺はあくまで、これまでの経歴や性格とかを総合的に判断して決めたまでだ。お前だって見たろ? 陽子はあおいにユニゾンがどんなものであったか執拗に尋ねていた。だったら、早いとこ陽子にユニゾンを体験させないといつまで経ってもあおいが休まらない。提督にはそういった配慮が必要なんだよ」
俺は大袈裟に肩をすくめてみせる。すると、
「なるほどー、ってちょっと待って提督! それってつまり、私があおいさんに迷惑かけてるから今回選ばれたってことですか!?」
「そうだ」「実際煩いんだから仕方ないだろ」
俺と藤浪が同時に言う。
「ひどいです! 少しは隠そうという気はないのですか!?」
「ないな」「ねーな」
「オブラードという概念のない世界ですかここは!?」
「いいからそろそろ静かにしろ! お前のせいで出撃できないだろ!」
「ひど!? 全部私のせいですかぁ!?」
と、藤浪と陽子のコントがしばらく続いた。
一方唯は、俺たちから置いてけぼりにされ、ポカンとした様子で事の成り行きを見つめていた。
後で2人には礼を言うべきだろう。俺の即興ネタに付き合ってくれたんだからな。
とにもかくにも、乱れかけた空気はひとまずなんとかなった。後は、なんとか初出撃を成功させるために全力を尽くすのみだ。
「よし! じゃあみんな、行くぞ!」
俺の掛け声に応え、あおいたちは、
「はい!」
と、威勢の良い返事を寄こした。唯も頭を振ると、気を取り直したように表情を引き締めていた。そして、全員が執務室を飛び出し、発進口へと向かったのだった。