救世主として
色々ごちゃごちゃしていますが、今回は最初の戦いの後のお話です。
あの初めての戦いの後、俺とあおいはとある人物に呼ばれ、今後俺たちの本拠地となる横須賀基地へと赴いていた。
通された応接室で何も事情が分からない俺たちがそわそわしていると、優しそうな初老の男性が部屋に入って来た。
「青山一二三司令長官です、提督」
あおいが俺に耳打ちする。どうやらかなり偉い人らしい。よく分からないが、俺はとりあえず敬礼のポーズをとり、
「牧村光士郎、中佐です。そしてこちらは、私の隊に配属となった香月あおいです」
と、自分とあおいを紹介した。
「よく存じ上げておりますよ。とりあえずお座り下さい」
青山司令長官に促され、俺とあおいは応接室のフカフカのソファーに腰を下ろした。
「話に入る前に、お二方、今日は御苦労さまでした。正式配属前にも関わらず、素晴らしい戦いを見せていただきましたよ」
「お、お褒めに預かり光栄です」
青山司令長官は見た目は優しそうだが、やはり胸に輝くいくつもの勲章とその格式高い服装のせいでどうしても緊張してしまう。
しかし、次の瞬間司令長官が発した言葉に俺の緊張など一瞬で遥か彼方に吹き飛ばされることになった。
「やはり、あなたは救世主だ。あなたがこの世界に来て下さるのを、我々はどれほど待ちわびたか」
その言葉を理解するのに、俺は数秒の時間を要してしまった。
「きゅ、救世主、ですか……?」
司令長官の突拍子もない発言に俺は思わず声が上ずっていた。隣のあおいも驚きのあまり目を見開いている。
「ええそうです。あなたこそが、アレン・ダイ、渡真利哀華以来の、3人目の救世主なのです」
「ちょ、ちょっと待ってください青山司令長官。誠に失礼ながら、先程からあなたが何を仰られているのか分かりません。そのアレンとか、なんとかという2人も聞いたことがありませんし、それに、俺が、救世主だなんて……」
「提督、その2人は、かつてこの地を救うため、異世界から現れこの地に赴いた人間なのです」
俺の狼狽を見てか、あおいが俺に言った。
「異世界だって?」
「ええ。アレンはかつてこの世界で初めて『AD-ウイング』を発明し、哀華は絶望的な戦況をひっくり返し、現在のSEADの基礎を築いた人なのです」
「香月くんの言った通りです。救世主とはすなわち、異世界からこの世界に遣わされ、この滅びゆく世界に希望の光を与えてくれる者のこと。2人がかつてそうであったように、あなたも、きっと世界を救う存在となるでしょう」
世界を救うなんて、そんなことをいきなり言われて、「はい、わかりました」とでも俺が言うと思っているのだろうか? そもそも、その2人にどんな経歴があったのか知らないが、俺が救世主だという証拠がどこにあるというのだろうか?
「失礼、突然その様なことを言われても、あなたを混乱させてしまうだけですな」
「すみません、司令長官。あなたは俺が救世主だと仰いましたが、俺がそうであるとなぜお分かりになるのですか? 白状してしまうと、俺は自分自身が誰かすら分からない状態なんです。そんな俺に、そんな大役が務まるとは到底思えないのですが……」
「いや、それこそがあなたが救世主であることの証なのです。なぜなら、アレンも哀華もあなたと同じ様に記憶喪失だったのですから」
「そ、それは本当ですか?」
「ええ本当です。2人は以前のことを何も覚えていなかった。自分の名前すらです。それでも彼らは知っていた。自分が、“どこかの世界から、この世界を救うためにやって来た”ということをね。あなたにも、その様な自覚があるのではないですか?」
図星だった。あの戦いの最中、俺はなぜか自分がここにいる理由を“知っていた”。何も分からなかったはずなのに、次の瞬間には俺の頭は明朗だった。そして、俺自身が持つ能力のことも、全部分かっていた。
俺はふとあおいの顔を見る。今そんなことを考えている場合じゃないのに、この子が大きな瞳の可愛らしい娘なのだと、なぜか今さら思った。数時間前、俺と彼女が身体を共有していたなどということは、とても信じられることではない。
「……」
さっきのことを考えると無性に照れくさい。出会って間もない女の子と身体を共有するなんて、よくよく考えると随分際どいことをしていたのではないだろうか。いや、そもそも身体を共有するなんて普通じゃあり得ないことなのだが。
「提督、どうされました? 先程から、私の顔をジッと見たりして」
「え? い、いや、何でもない。ちょっとぼっとしてただけだ」
俺は思わず視線を逸らす。すると青山司令長官が言った。
「それに、彼らは我々では到底なしえないような力を持っていた。アレンは知識と技術を、哀華は勇気と力を。そしてあなたは、『ユニゾン』を持っている」
――ユニゾン
確かに、あの力はそう呼ばれるべきものだった。俺はあおいの身体に入り込み、彼女に特殊な力を与えた。「ラグナロック」は、俺の力と彼女の力が合わさって誕生したものだ。故に、俺が魔導師に与えられる力は多種多様だ。その人の能力次第でいくらでも形状を変化させる。彼女の想いの強さが、強力なウイングであるラグナロックを生み出したのだ。だが俺自身は独りでは何も生み出せない。あくまで俺は、彼女らに力を貸すだけだ。俺の力とはそういうものなのだ。
「ユニゾンという力自体は、他の魔導師でも使うことができます。しかしそれはたかだかその魔導師の能力をいくらか向上させるにすぎない。しかも非常に難易度が高く、相性が悪い相手では拒絶反応を起こし全く効果を示さないこともある。あなたのように、完璧に魔導師の能力を引き出し、更に全く新しいウイングを創りだしてしまうなどという力は、全くもって前例がないことなのです」
そんな能力を持つ俺が青山司令長官の言う“救世主”であるということは、もしかしたらあり得ないことではないのかもしれない。とはいっても、自分が異世界から遣わされた救世主だなんてファンタジーな事実を受け入れるのは些か抵抗があるのだが。
「あなたがこの世界にやって来ることは、実は事前に予見されていたことなのです」
「そうなんですか?」
「ええ。あなたの肩書は今『中佐』ということになっていますが、これはもともとこの世界の牧村光士郎という人物の階級でした。彼を今回の新艦隊の提督に任命したのは、あなたが異世界からこの世界にやって来て下さることが分かっていたからなんです。そして今日、ついに彼の身体を依り代としてあなたがこの世界に召喚された、ということなんです」
「それってつまり、この身体の主は、もう一人の俺、ということですか……?」
「そういうことになりますね」
それはつまり、俺がこの世界の元々の牧村光士郎の身体を奪ったということではないのか? 俺がここにきてしまったことで、元の俺の意思は消滅した。だとしたら、俺はとんでもないことをしてしまったのでは……。
「気に病むことはありません。元々の彼はあくまで眠りについているだけ。あなたは本来はこの世界の住人ではありませんから、いずれ任務が終われば、向こうの世界に帰ることになりましょう……」
「……」
複雑な気分だった。というかもうぐちゃぐちゃだった。あまりにとんでもない事実に触れ過ぎた。できればこのまま眠ってしまいたいくらいだ。
俺はまたあおいの方を見る。確か彼女は、訓練校時代の俺に憧れたと言っていた。だが、それは俺ではない。それはあくまでこの世界の牧村光士郎だ。俺が彼の身体を奪ったというのなら、俺が彼女の憧れを消してしまったということにならないだろうか?
「さ、色々と一気に説明してしまいましたが、ご理解いただけたでしょうか?」
「ええ、まあ、なんとか」
「よろしい。では、今一度問いましょう。牧村光士郎殿、あなたはこの世界の救世主として、この度新しく編成された艦隊を率い、我々を勝利に導いていただきたい。戦況は現在非常に厳しい。それでも、我々は決して諦めない。あなたが戦いに参加して下さるのなら、我々は百万の力を得ることと同義だ。人類が平和と繁栄を再び掴むために、『デルタ』と戦い、それを滅ぼすことに、是非とも協力してください」
そう言って、青山司令長官は深々と頭を下げられた。
「提督」
真剣な眼差しで、あおいは俺を見つめていた。
この世界のことをまだ何も知らない。確かに俺はこの世界を救うため、デルタを滅ぼすためにこの世界にやって来た。それでも、俺にも拒否権がある。死ぬかもしれない戦いにわざわざ身を投じる必要などない。全く縁もない彼らのために力を貸す必要なんて、本当はないんだ。
それでも、俺は出会ってしまった。
真夏のうだるような暑さの中、死の砲撃の下、俺は知ってしまった。
そして共に戦い、その心を理解してしまった。
それならば少なくとも、俺はもう自分には関係ないと言って逃げることはできない。
「……」
確かに、まだ腑に落ちない部分も多分にある。
力を与えられたとはいえ、なぜそれが俺だったのか分からない。
いや、もしかしたら意味はないのかもしれない。
たまたまちょっとお人好しそうで、暇そうにしていたから選ばれただけかもしれない。
でも、入口が偶然であったとしても、今俺は確かにここにいる。そして、俺を求める人もいる。
皆が辛い現実に立ち向かっている中、1人ソッポを向くほど俺は薄情ではない。
そこでようやく、俺の腹は決まったのだった。
「わかりました、協力させていただきます」
「本当ですか!?」
「はい。まだ分からないことや、不安に思うことも多分にありますが、これが俺にしかできないことならば、俺は全力でやらせていただきます。皆の力を結集して、勝利を掴んでみせます」
自信がある訳じゃない。それでも、一度決めたことはやり遂げてみせる。
隣で俺に笑顔を向けてくれている子のためにも、俺が世界を救ってみせる。俺は心にそう誓った。