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サヨナラ、テイトク  作者: 遠坂遥
提督、出撃
3/11

真夏の少女

本編スタートです。

真夏の青い空の下、


どこまでもまっすぐな君と出会った。


絶望ばかりのこの世界で、


君はたった一つの希望だった。


だから俺は生涯、


君と出会ったあの夏を忘れはしないだろう。




「これは、いったい……?」


 焼けるように暑い夏の太陽が照りつける中、俺の眼前には信じられない光景が広がっていた。空を飛んでいるのは、自衛隊の戦闘機のようなシルエット。だが、その表面はびっしりと緑や赤色の気色の悪い物体で覆われている。


「うわああ!」


 目の前をその戦闘機のようなものが横切り、俺の身体は風圧で易々と吹き飛ばされる。その時俺は見た。機体を覆う物体はまるで生物のように脈動し、いったいいくつあるのか分からない目のようなものでこちらを一瞥したのを。

 あれはなんだ? まるで映画やゲームに出てくる生物兵器のような、そんなものを想像させるあの禍々しい物体はなんなんだ?

 そうこうしている内に、その物体は二十、三十と数を増やし、編隊を組み始める。そして、陣形が完成するや否や、付近にある建物を破壊し始めたのだ。

 やつらはレーザーのようなものを照射し、ビルの壁面や窓ガラスを破壊していく。攻撃を受けたビルは一気に炎上し、人々の悲鳴が木霊する。俺の周りは人々が逃げまどい、押し合いへしあいの大混乱へと陥った。

 このままではこの街が全滅する。だが、そう思ったその時だった。

「見ろ! SEADセアドだ!」

 誰かが空を指さしながらそう叫んでいた。人波に飲まれながらも、俺はその人が指し示す方へと視線を移した。

 すると何かがこちらに向かってきているのが目に入った。ビル群を破壊している化物とは違い、比較的小型の飛行艇が5機……


「いや、違う!」


 あり得ないことに、それは飛行艇ではなかった。なんと、空を飛んでいたのは、


「女の子だと……?」


 軍服のようなものを着た女の子だったのだ。俺は目を擦り、もう一度それらを見る。だが、その光景は全く変わる様子がなかった。

 見間違いではない。あれは確かに生身の人間だった。人間の女の子が背中に戦闘機の翼のようなものをつけ、手には大型のライフルを持ち空を舞っていたのだ。


「馬鹿な、あり得ない!」


 どうして女の子が空を飛んでいるんだ? しかも銃を持っているということは、彼女らはあの化物どもと一戦交えるつもりなのか?

 そんなの無茶にもほどがある。どうして人が飛んでいるのかとか、どうしてそれが女の子なのかとか、そんな銃で一体どうしようというのかとか、とにかく突っ込みたいところは一杯あるが、今はそんなことをしている場合じゃない。

 止めさせなければ。今すぐ止めなければ彼女らは悪戯に命を落とすことになる。ビルを破壊するような熱線を浴びて無事でいられる人間などいる訳がない。たとえそれが空を飛んでいる荒唐無稽な人々だとしてもだ。

 しかし、彼女らを止めようにも俺にはその手立てがなかった。ここから叫んだところで彼女らの耳に届くとは考えづらかった。

 俺は唇を噛んだ。


 5人の内の1人のハンドシグナルを合図にして、5人の少女たちはあの化け物どもへの攻撃を開始した。

 少女たちは各々大型の銃を構え、敵目がけて一斉に発砲したのだ。


 驚くほど正確な射的だった。彼女らは空中という不安定な状態にも関わらず、的確に化物戦闘機を撃ち落としていく。

 少女たちの銃弾を受け、空を舞う敵の内の何機かが撃墜されると、「頑張れ!」「そこだ! やれ!」「デルタ共に死を!」と、さっきまで逃げまどうばかりだった周りの人間から歓声が巻き起こった。


 しかし、そんな歓声とは裏腹に、俺が感じていたものは、「恐怖」だった。

 こんな異常な光景を前にして、彼らは何も思わないのだろうか?

 まるで特撮のような戦闘が繰り広げられているだけでも目を疑ってしまうのに、生身の人間が空を飛び、銃を持って敵を撃ち落とすなどという事実をそうやすやすと受け入れられるはずがない。


 一方、敵戦闘機たちも黙ってはいない。やつらは今度は少女たちを狙い撃ちするかのように攻撃を仕掛け出す。崩れかけた編隊を立て直し、5、6機ずつの小隊を組んで少女たちに襲いかかる。

 それを避けようと今度は少女達が急旋回する。まるで航空ショーのように彼女らは華麗にそれらをかわしていく。恐ろしくアクロバティックな動きだ。少女たちは敵の攻撃をかなり無茶な姿勢で避けながら、そのままの体勢で敵を狙い撃ち、次々と撃ち落としていった。

 それはもはや、人間技の域などとうにはみ出していた(もちろん飛んでいる時点で人間には思えないが)。

 俺はただただその光景に唖然としているより他になかった。


 目の前の光景が強烈過ぎて忘れていたが、そもそも俺は今いったいどこにいるのだろうか?

 どうしてだか分からないのだが、どうにもここに来る以前の記憶が曖昧だった。気付いたら目の前が見たこともない大都会で、ハリウッド映画のようなワンシーンが繰り広げられていた。何をバカなと思うかもしれないけれど、俺にとってそれは動かしようもない事実なんだ。


 いや、それよりももっと重要なことがある。


「俺は、いったい誰なんだ……?」


 最も根本的な事実として、俺は自分が誰なのかを忘れてしまっていた。名前すら思い出せない。頭に靄がかかっているかのように、思い出そうとしても頭がぼんやりして思考が中断させられてしまうのだ。

 あまりに不安定な精神状態のせいで、俺は今すぐにでも吐いてしまいそうだった。しかし、そんな時だった。


「ちょっとちょっと、あんた軍人さんだろ? こんな所で油売っていていいのかい? 彼女らが戦っているんだ、あんただってサボっている場合じゃないだろ?」


 空を見上げていた人から突然話しかけられていた。

 いや待て。今この人は何て言った? 俺が、軍人? 待ってくれ、俺は軍人なのか……? だとしたら俺は、本来ならあの場で彼女らと戦わなければならない立場なのか?

 俺は自分の格好を見つめる。確かに俺は、彼女らと同じ様に軍服のようなものを身に付けていた。


「まさか俺は、本当に軍人なのか……?」

「何を呆けたことをぬかしている! 敵を前にして怖気づいたのか? 彼女らが戦っているのに、恥ずかしいと思わんのか!?」


 そう言われても、自分が誰かもわからない状態であまつさえ自分が軍服を着ていたら誰だって混乱するに決まっている。

 俺が本当に軍人なら、今すぐ戦いに行かなければならないんじゃないのか? だけど俺にいったい何ができるって言うんだ? 自分すらわからない人間が彼女らとともに戦うなんて、あまりにも滑稽に俺は思えてならなかった。


「あ、危ない!!」


 不意に起こった叫び声に俺の思考が中断される。俺は瞬間的にそちらの方へと振り向いた。


「あ!」


 少女の内の1人が背負う翼から噴煙が上がっていた。どうやら攻撃を受けたらしい。

 あれを失えば飛ぶことができないのは間違いない。翼の仕組みは分からないが、噴煙を上げているあの翼は恐らくもはや動力を失っているのだろう。そのせいで、彼女はゆっくりながらも徐々に降下しているようだった。このままでは墜落は免れないだろう。


「助けないと」


 俺はなぜかそんなことを言っていた。助けて欲しいのは自分なのに、俺は本能的に死にゆく少女の命を救いたいと思っていた。だから俺は一歩を踏み出した。だが、その時だった。


「ようやく見つけましたよ、提督!」


 あまりにも唐突に、俺はその声を聞いた。俺は思わず振り返った。

 そこには、黒のショートポニーに、可愛らしい顔をした女の子が立っていた。その少女は深緑色の軍服に、同じく深緑色のスカートを身に纏い、こちらに向かって敬礼のポーズをとっていた。


「遅くなってすみません。えっと、あなたは牧村光士郎まきむら こうしろう中佐ですよね? あなたをお捜ししておりました!私は香月かつきあおいです。今回、あなたの部隊に配属されました」

「俺の、部隊……?」

「はい! あなたをお迎えにあがったのですが、どうやらこのまま基地にお連れする訳にはいかないようですね。このままでは味方の撃墜は避けられません。被害を最小限に抑えるためにも、ここは我々も出撃しましょう!」


 香月あおいと名乗った少女は力強くそう言った。


 俺はもう一度空を見る。俺の常識を軽々凌駕する次元の闘いが引続き繰り広げられている。確かに俺は彼女らを「助けたい」と思った。だが、それを達する術など俺は持ち合わせていない。


 いや、それよりもそもそも、俺は彼女に対してあまりに多くの疑問を持ち合わせてしまっていた。


「君は、誰だ……?」

「え……? ですから、香月あおいと」

「そうじゃない。俺の部隊とか、基地がなんとかと言っていたが、君はもしかして、あそこで戦っている彼女たちと同じなのか?」

「同じと言えば、確かに同じです。私も彼女たちと同じく、地球を救うために軍に志願しました。実戦経験はありませんが、提督のご命令があれば、今すぐにでも彼女らとデルタ殲滅の任務に就きたいと思っています!」


 香月あおいは引き締まった表情でそう言った。 


「香月あおいさん、君に残念なお知らせがある」

「え?」


 これ以上理解不能な単語を並べられると俺の精神が持たない。だから俺はぶっちゃけることにした。きっと彼女はショックを受けるだろう。でももう背に腹は代えられなかった。


「俺に何を言っても無駄だ。俺はその『デルタ』というのも分からないし、そもそも自分が誰なのかすら分からない。何も思い出せないんだ」

「そ、そんな、提督、御冗談を……ひっ!?」


 俺は香月あおいの手を掴んでいた。


「分かるだろ? 手が震えているんだ。自分が誰なのかすら分からなくて、怖くて仕方がないんだ。今すぐにでも死んでしまいそうなほどに不安なんだ。俺はそんな状態なんだ。だから、俺は君の力にはなれない」


 俺はジッと彼女の目を見つめた。あまりにも威圧的。真っ当な人間なら女の子にそんな対応はしない。それはつまり、俺は少しも真っ当な人間じゃないということに他ならない。


「分かったら今すぐ俺の前から消えてくれ。一人にしてほしいんだ。一人で考えれば、きっと、この震えだって……」


 まともな人間なら、こんなイカれた人間とは距離を置くはずなんだ。自分が誰かも分からない人間の相手なんてするわけがないんだ。なのに、なのに、彼女は。


「これでは駄目ですか? この程度では震えは収まりませんか?」


 香月あおいは、俺の手を握っていた。

 その小さくて温かな手が、冷え切って今にも朽ち果ててしまいそうな俺の手を包んでいた。

 すると、不思議なことに俺の身体の震えが少しずつ収まっていくのが分かった。

 俺の手に血が通い出すと、香月あおいは手を離し俺から少し距離を取った。俺は彼女の正面に立ち、彼女を見た。


「ええと……」

「あなたとは前に、お会いしたことがあったんです」

「え……?」

「訓練校時代に、同じグループで訓練をしました。私、その時からずっとあなたに憧れていたんです」

「俺に?」

「ええ。忘れてしまったのは少し残念ですが、いつかきっと思い出せます。私はそう願ってます」


 そう言って、香月あおいは踵を返す。


「ちょ、ちょっと待て。どこに行くんだ?」

「もちろんみんなを助けに行くんです」

「ば、馬鹿な。君がどれほどの実力を持っているか知らんが、実戦経験がないんじゃ死ぬ確率だって高いはずだ。そんな無茶はするべきじゃない」

「無茶なのは百も承知です。ですが、魔導師には退けない時があるのです。この身に代えてでも世界を守ると決めたんです。あなたを目指すと決めた時から心に堅く誓ったんです。だから行くんです」


 香月あおいが踏み出す。その後ろ姿に向かって俺は、手を伸ばした。

 その時だった。俺の手が彼女の肩に触れる瞬間、突然その手が輝き出したのだ。

 そして、次の瞬間には、俺の意識は空を舞っていたのだった。

過酷な戦場へと赴く彼らの運命は……?

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