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名もなき森 <生誕> 5

「お前は眠り方を知らんのか」


或る夜、ルシェルの家には仁王立ちで家主をにらむアリアの姿があった。机上に資料を散らかしながら、必死ににらめっこをしているルシェルを半分呆れた様子で見つめている。



「ここ二日、ベッドが綺麗なままだから、もしやと思って来てみれば……」


「えっ、ああ。大丈夫。人間はね熱中すると眠らなくても平気になる能力を持っているんだ」


アリアは早足でルシェルに近づくと、その勢いのまま頬をつねる。


「うそをつくな! そんなわけあるか」


「いたた、ごめんなさい」


頬をさするルシェルを前にアリアは無言でベッドを指差すと、何かを言いたげなルシェルを一切無視するように、その姿勢のまま動かない。


無言の圧力に屈したルシェルは、とぼとぼとベッドに向かうとまっさらなシーツに腰をおろした。


「今、いいとこなんだけどなぁ……」


懇願混じりの呟きは資料を片すアリアの耳には通らない。整理されていく机上の資料を開口かいこうしたまま見つめるルシェルは諦めきれない様子をありありと浮かべている。



「あと、ちょっとだけ……」


「黙れ! いい加減にしろ」


アリアは片づけを中断すると、両手を腰にあて怒った表情でルシェルを睨む。


「興味を持つたびに食事も睡眠も忘れてるんじゃ体がもたんぞ! こんなことで体を壊されたら私はどう……」


言いかけたアリアは咄嗟とっさに視線を逸らす。


「私は?」


「な、なんでもない」


頬を真っ赤に染めたアリアはそっけなくそう言うと、慌てた素振りで片づけを再開する。早送りをしているような挙動はやや滑稽こっけいであり、ルシェルはそんなアリアを意地悪そうに見つめた。



「な、なんだ。何をじっと見ている」


ルシェルは冷たい表情を作りアリアを一瞥いちべつすると


「……気持ち悪い」


「わっ! 私のセリフを真似するな!」


アリアの猛突進。ルシェルに勢いよく詰め寄ると二人はじゃれるようにもつれ合いベッドの上に転がった。


「冗談だよ。ごめんごめん」


笑うルシェルを下にして馬乗りの形で股がるアリアは一向に離れる様子もなく真剣な眼差しでルシェルの顔を見下ろしている。


「アリア?」


アリアは馬乗りのままルシェルの両手を押さえつけると、いとおしそうな潤んだ瞳で、その顔をのぞきこむ。



「ルシェル…… お前は美しいな」


突然の言葉に驚いた表情のルシェルだったが、次第に顔付きも緩み始め身動きも止めると、無抵抗のままアリアを見つめ返す。



互いの視線が触れ合い、二人の体と共に熱を帯びていく。




「ルシェル…… してもいいか?」


「えっ、あの…… 体勢もそのセリフも僕が言った方がいいんじゃ……」


「そうじらすな。もう我慢ならんのだ」


「いや、それはあまり女の子は言わない方が……」


「じっとしてろ。すぐ済むから」


「なんか違う。なんか間違ってるけど…… まぁいいか」



惹かれ合う二人は、やっとの想いで結ばれる。


剣のみに生きて来た女と研究に全てを捧げて来た男の、これが精一杯の浪漫ロマンチック……






 翌朝になっても甘い時間は続いていた。アリアの作った朝食を椅子に並んで腰掛け、密着しながら楽しそうに食べる二人。


昨日までの関係から一変した状況は二人の間に恥ずかしくも幸せな時間をもたらし、生まれたての雰囲気を互いに楽しみ、探り合いながら育んでいる。



「ルシェル。子供が出来たら名前はお前が決めてくれ。私は考えるのは苦手だ」


「ふふ、気が早いよ。でもまあそうだなぁ。女の子なら………… マリアかな」


「マリア」


「ああ。マリュミカ様とアリアの名前をくっつけてみた」


「マリア。マリアか…… いい名前だな。じゃあ男の子なら?」


「男の子なら……」


二人だけの時間がゆっくりと過ぎて行く中、外の様子が何やら騒がしくなってくる。最初は気にも留めていなかった二人だが、徐々に膨らむ喧騒けんそうが、より慌ただしさを増していくと、身支度を整え揃って外に出てみることにした。


「一体何事だ」


「アリア、あそこ」


ルシェルの指差した先は里の中央にある見張り矢倉やぐら。その矢倉の周りには大勢の森狼徒しんろうとが集まり不穏な空気を漂わせている。二人は急ぎ矢倉に駆け寄ると人だかりの中に長老の姿を確認する。


「父上! これは一体何の騒ぎなんだ」


「おおアリアか。どうやら人間の軍勢がこちらに向かって来ているようじゃ」


「なんだと!」


「ルシェルの言っていた大国とやらが小国を攻めに来たんじゃろ。運の悪いことにこの里が進軍経路になっておるようじゃ」


閉口へいこうしたまま苦痛の表情を浮かべるルシェルの肩に、長老の温かく大きな手が優しく添えられる。


「気にするでない。お主には何の責任も無いんじゃからな」


「すみません。人間の無意味な争いに巻き込んでしまって……」


悔しそうに唇を噛み締めるルシェルの背中に、アリアの強烈な張り手が飛ぶ。肩を落とし落ち込んでいたルシェルの姿勢は真っ直ぐに伸ばされ、なかなかの衝撃に息を詰まらせている。


「お前がそんな顔をするな。大体こんなもの大した問題じゃない。人間の軍勢など我らの剣と血の反応で返り討ちにしてやる」



「絶対にダメだ!!」


ルシェルの突然の絶叫はアリアも含め、周りに居た森狼徒しんろうと達の視線を一斉に集める。


「人間に血の反応を見せてはいけない! いや、今はまだ森狼徒しんろうとの存在も知られちゃいけない!」


「と、突然どうしたんだ、ルシェル……」


注目を集める中、不安な顔をのぞかせるアリアをよそに、ルシェルは長老を見据えた。


「皆が避難し身を隠せる場所はありますか?」


「当然用意してある。だが山の中腹にあるため全員となると時間がかかってしまうの」


「構いません。すぐに皆で向かって下さい」


「お主はどうする気じゃ」


「ここで奴等を足止めし、時間を稼ぎます。人間のバカな争いにあなた達を巻き込むわけにはいかない」


長老はルシェルの顔をしばらく見つめ納得深くうなずくと、すぐさま避難所への先導を始める。


「何故だ! 人間など返り討ちにしてやればいい!」


「まあまあ落ち着くのじゃ。いざという時まで、その力はとっておけ」


交戦を望む血気盛んな若者達をいつもの調子でなだめすかせると、的確な指示を出しながらスムーズに避難活動を誘導する。


あらかたの仕事を終えた長老は最後の一人を説得すべくルシェルのもとへと戻った。




「アリア、あとはお前だけじゃ」


ルシェルの横にたたずみ、眉間にしわを寄せながら腕を組むアリアは、断固として動く気配はない。


「私はどこにも行かんぞ。ルシェルと共にここに残る」


「アリア!」


「嫌だ! 私は残る! ルシェルの側を絶対に離れん!」


気丈なアリアの瞳に、こぼれる程の涙が溜まっていく。そのかたくなな想いと気迫は、長老から言葉を奪い押し黙らせてしまう。


必死にこらえていたアリアの眼から、許容を越えた涙のしずくが流れ落ちると、横に居たルシェルは、微笑みを向けながらそれをそっと拭う。



「……アリア」


「嫌だ! 私も時間を稼ぐために共に戦う! お前一人には絶対にさせない!」


「ダメだ。君達は人間と戦ってはいけない。人間はアリアが思うよりも、ずっと恐ろしいものなんだ」


「そんなの知らん! 私はお前の妻だ! 大事な夫を絶対に一人にはさせん!」


「アリア……」




「お願い…… 私も一緒にいさせて……」


泣き崩れながら必死に訴えるアリアの頬に

ルシェルの手が添えられる。


「すまない…… アリア」


頬に添えられたルシェルの手の平は、薄い光をまといながら、そのままうなじまで伸ばされ、光の飛散と共にアリアの首に軽い衝撃を与える。


「うっ!? ルシェ……」


アリアはゆっくり目を閉じると、体を預けるようにルシェルにもたれかかった。


「第二の魔狼まろうを生み出すわけにはいかないんだ」



側に居た長老は気を失ったアリアの体を預かると、驚きの表情でルシェルを見つめる。


「ルシェル、今のは……」


ルシェルは自らの手の平をじっと眺めると、その手を握り拳をつくる。


遠隔飛翔術えんかくひしょうじゅつ…… 僕にはこれが限界みたいです」


「なんとっ! まさか人間のお主が謎を解き明かすとは……」


「いえ、所詮はマリュミカ様が居なければ思いもつかなかった事ですし。やはり一人目(うぶめ)には遠く及びません」


「誇ってよい。人間の持つ探究心や応用力をあなどっておったわ。その力、いつか良い方向に使えるといいのう」


「はい。必ずそうなってみせます。あなた方との交流は人間にとって絶対に必要なものだから」


力強く語ったルシェルに長老は深くうなずくとアリアの体を背におぶる。


「本当にこれで良いのじゃな」



「はい。里のみんなを、アリアをよろしくお願いします」


一礼したルシェルは、軍勢のやって来る里の入り口へと歩み出す。


「必ず、生きて戻って来るのじゃぞ」


ルシェルは振り向きはするものの、返事をしないまま笑顔を返すと、アリアを一瞥し再び歩み始めた。




つづく


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