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旅路編

年老いた王と王妃は自室で息子を諭していた。


「いいな皇子よ。後の事は任せたぞ」


「父上……」


「くれぐれも内密に。外部には事が漏れぬ様、慎重に取り計らうのですよ」


「母上……」



カイル国王とリリーナ王妃の言葉に何か納得のいかない様子を浮かべる長男ミシェル皇子。



「皇子よ。私達が今こうしていられるのも、そのお方の大恩によるものだ」


「そう。あなたが産まれる事が出来たのも、その御恩のおかげなのですよ」


「……」


「そんな顔をするな皇子よ。私達は今、とても晴れやかな気分でいるのだ。やっと、やっと恩返しが出来るのだからな。私達夫婦にとって一生の悲願でもあるんだぞ」


「しかし父上は国の英雄です。勇者とも呼ばれた父上が今退位なされては、国民の士気にも関わります」


「私は勇者などでは無い。その事はお前が幼少の頃より話しておいたはずだろう」


「国民にとって父上は永遠の勇者です」



カイルは絶大な人気を誇っていた。他国も含め歴史上でも、これ程まで国民に愛された国王は類を見ない。


英雄として王家入りした後も、その人柄は変わらず街に降りては騒動を起こし、市民貴族を巻き込んでの大立ち回り。


カリスマともいえる存在感と人懐っこく、さっぱりとした性格は誰からも愛され続けた。



「そんな父上が突然の退位、しかも王妃を連れて旅に出るなど、国民にどう説明すれば良いのですか……」


「新たな王になるお前がそんな事でどうする」


「そればかりじゃありませんよ。帰って来るのは、お二人共に亡くなられた後とは…… 常軌を逸しています」


「細っかい事気にするな。考え過ぎだ、お前は」


「国王が失踪するんですよ! どこが細かいんですか」


「なあに、お前なら大丈夫。全然根拠無いけど、お前ならきっとやれる。だからもっと胸を張れ」


「フフフ、そうですよ。あなたならきっと出来ます。根拠無いけど」


「……」




国王の突然の退位に、国民は戸惑いを隠せ…… ていて、あいつならやりかねない的な流れが国中に出来上がっていた。


更に若く精悍せいかんな新国王の誕生に国は沸き、お祭り騒ぎが始まる。カイルの精神は、そのカリスマが国民にも影響を与えていたらしく、かなりの単細…… おおらかな国民性を有していた。



「行ってくるぜい。達者でな」


「元気でやっていくのですよ。息災を祈ります」


旅立ちの時、極秘であったにも関わらず城には大勢の国民が集まり、笑顔でカイルとリリーナを見送る。



「王妃様、お元気で!」


「訳は知らねえけど大事なんだろうな…… 頑張れよカイル国王!」


「必ず戻ってきてね、王さま〜!」


どの国よりも気持ちのいい国民性はカイルとリリーナによって作られ、その子供達に受け継がれながら、守られていくだろう。



「今生の別れなのに、あまり悲しくないな」


「皆のおかげですわ。それに私達には使命がありますからね」


「そうだな、いくつになってもやる事があるってのは、いいもんだ」


こうして二人は、あたたかい国民や皇子に見送られ、あの島へと旅立って行った……







ミカエルの城は美しく保たれていた。


カイルとリリーナはその在位中から忙しい国政に追われながらも、交互にやって来ては手入れを欠かさず我が城の様に大事に扱っていた。


早速魔方陣の部屋へ行くと、並んで眠るミカエルとアイリスに二人は深々と(こうべ)を垂れ、その安らかな顔を眺めている。



「お師匠、世話になるぜ」


「ミカエル様、アイリス様、よろしくお願いいたします」



長く感慨深い謁見えっけんを済ませると、二人は厨房へ行き手早く料理を始める。


「軽めのものでいいだろう」


「そうね」


出来上がったサンドウィッチをとうのカゴに入れると、二人は腕を組み仲むつまじく中庭へと向かった。




「素晴らしい……」


咲き乱れる多様な花の園は、アイリスの存命中そのままの姿で、美しいフォルムを眼前に広げている。



「本当に素敵な場所ですわね」


「ああ、この孤島でこれ程、生を感じる場所もあるまいな。まるでここから島全体が再生していく様だ」


「ひきつけ起こしそうな位、似合わないセリフですけどよく解りますわ。何か再生の地みたいな……」



畑で育てた取れ立ての野菜にエルの実を挟んだサンドウィッチを、二人は美味しそうに頬張ほうばっている。



「思えば、こうして二人でのんびりするなど久しい事だな」


「そうね。毎日公務に追われ二人の時間なんてありませんでしたから…… あなたしょっちゅう逃げ出してたけど」


「……」


「余生を過ごすには、最高の場所なのかも知れませんね」


「そ、そうだな。お二人には感謝せねばならんな。フフ、また借りが増えてしまった」


暖かい陽射しと淡い花の匂いに包まれながら、二人だけの時間はゆっくりと過ぎていく

……






転生魔法。この旅路の果てにある、最重要にして最難関の終着点。カイルが蘇ったその日から、研究は引き継がれ今に至る。


七十年余りの研究で、その精度は上がり使用出来るまでにはこじつけたが、魔力の乏しいカイルには多少の不安が残った。


完璧を期す為、カイルが使用できる転生魔法はミカエル一択となる。



「想いの強さが魔力に影響されるのなら、私はミカエル様しかありえんの」


「当たり前ですわ。もしアイリス様でしたら浮気と見なし、ぶっ〇〇しますわよ」


「……」



本来ならば、どちらかが亡くなった時カイルにはミカエル、リリーナにはアイリスとの対面が望ましい。


しかしカイルの魔力量が心許ない為、ミカエルを蘇生するしか道は無く、お互いの想い人には会えそうもない。


これもまた、この世の無常か……



「すまんな。アイリス様に会えたかも知れんのに……」


「何言ってるの。それより私の魂でアイリス様がその後を生きて行ってくれるんです。とても誇らしいですよ」


「そうか、そうだな」




そして二人は、三年の時をこの城で共に暮らす。穏やかな安らぎに満ちた自給自足の生活は、人間の在り方を思い起こさせるには充分であった。




そして訪れる…… 別れの時。



寝室ではベッドに力無く横たわるリリーナを優しく見守るカイルの姿があった。ぴったりと寄り添い、その手を両手で握りしめ、暖かく優しい瞳で見つめていた。


リリーナは薄れゆく意識の中でカイルに握られた自分の右手を、ぼんやりとした目で見つめると、目一杯の笑みをこぼす。


「……私が先の様ですね」


「……」


「不思議なものです。恐怖を感じないのは、あなたが居るから…… それとも目的を果たせるから……」


「うっ……」


微笑みを絶やさないカイルの目に涙が漏れる。


「私はとても幸せでしたわ…… 大好きなあなたと結ばれて、立派な子にも恵まれて……」


カイルは強くその手を握りしめる。


「あなたは…… 幸せでしたか。私と一緒で……」


「ああ、幸せだったとも。お前と居れて最高の人生だった」


「……良かっ…… た……」


リリーナは満面の笑みをつくりながら、ゆっくりと瞳を閉じていくと、安らかな永遠とわの世界へと旅立った……



「うああぁぁ……」


カイルはリリーナの身体に頭を擦り付け、号泣する……


「お前と居れて本当に、本当に幸せだった……」



涙にくれるカイルが愛おしそうにリリーナを眺めていると、寝室のドアが開き一人の女性が驚いた様子で二人を見据えている。



「待っていたよ…… アイリス殿」


カイルはリリーナからは目を切らさずに呟いた。


「あっ、あの…… あなたは?」


アイリスは二十歳前後の出で立ちで蘇生していた。カイルはそれを確認すると、安堵ともいえる溜め息を吐いた。


「私達はミカエル様に生前救っていただいた者です」


「……ミカエルに」


「ミカエル様は私に対し最後の転生魔法を使われました」



「えっ、それじゃあ…… あれ、何故私が……」


「それを今からお話しします。いきさつを最初から全て……」



カイルはこれまでに起こった事、そしてこれから行おうとする事を全て語った。


「ミカエルがそんな事を……」


「私達人間の業を全て理解した上での行動でした。何よりも、あなたを悲しませる方法での転生はきっとしなかったと思います」


アイリスの身体が小刻みに震え出した。


「うぅ……」


「しばしお待ち下さい。必ずミカエル様も蘇らせてみせますので」


アイリスはその言葉で我に返る。


「私の為にあなたの奥方が犠牲に……」


「ハハハ、犠牲になどなってはおりません。妻は寿命で天に召されたのです。それは私も同じ事。気になさらずとも良い事です」


「でも……」


「私達夫婦はミカエル様のおかげでここまで生きてこれました。あまつさえ子供までもうけ……私からも何かをさせてもらえねば、死んでも死にきれませんぞ。どうか好きにさせて下さい」


「王様……」


「カイルです。カイル・クーリック。もう王様ではありません。ハハハ」



「……んっ、クーリック」


「そう、あなたと共に戦ったドレファスは私の曾祖父です」


「ええっ! 似てないっ!」


「そうですか、出来ればお話しを伺いたいですな」


「ええ、構いませんよ。そうかソフィアとドレファスの子孫が未来で結ばれたのね」


「曾祖父の残した手記にもあったのですが、当人達も愛し合っていたようなんですがね」


「……それはなんとなく分かっていました」


「曾祖父は奥方を早くに亡くしていたから、何とかならなかったのかと」


「あの時代では難しいかも知れませんね…… ソフィアは確か裕福な国の皇子と結婚したはず」


「貧しかった様ですからね…… まあそのおかげで私達は夫婦になることが出来たのですが」



「あなたの奥方は変なギャグとか言いません?」


「ヘッ? いや、特には……」



気付けば仲の良い親子の様に打ち解けていた。カイルの持つ魅力はアイリスの抱えたもう一つのトラウマをも消し去っていく。


父親への恐怖…… くしくも同じ国王であるカイルがアイリスの抱えた心の闇を取り除いていく。


これから共に暮らす上で、アイリスはまた、新たな愛の形を知る事となる。




「は〜い。晩御飯出来たわよ」


「待ってました」


老いても、その力は衰えず。カイルは精力的に野良仕事をこなしながら日々の生活を満喫し、アイリスもまた新しい暮らしを楽しんでいる様だ。


「それにしても、美味いなぁこの実は」


エルの実はほどよい酸味と控え目な甘さが絶妙で、あらゆる料理と相性がよく、ミカエルの常用食の枠を越えアイリス達の主食とも言える存在になっていた。


「シチューにぴったりね」


「サラダにもいける」


いずれ世界中に広まり、愛される様になる事はまだ誰も知らない……





 穏やかな日々を送る中、カイルはアイリスから魔力訓練を受けていた。来たる日に備えカイル自らが頼み込んで特訓しているのだが、アイリスは不思議そうな顔をしている。


「転生だけならもう充分だと思うけど、何でそんなに一所懸命なの?」


「えっ!? いやその…… ちゃんとやらないとな、リリーナに怒られるから……」


「何か歯切れが悪いわね。隠し事?」


「そ、そんな訳ないだろう。ただリリーナにな、しっかり大人の身体で蘇生させてやりなさいと念を押されてな……」


「はあ?」


「だから、つまり久しぶりに会った若い男女は求めたりするだろ…… 子供の身体で蘇生しちゃったら何年も待たなきゃならんだろうし……」


「バカ! 変態国王!」


「ひ、ひどい…… リリーナに言ってくれ」



「……でもまあ、リリーナさんの遺言じゃ仕方ないわね。頑張りましょう、お父様♪」



この日より、アイリスの魔力訓練プログラムは、よりハードなものに変更された……




アイリスが蘇生してから、二年の月日が立とうとしていた。二人の間には深い絆が生まれており、自然な振る舞いや気遣いが本当の親子の様に思わせる。



そんな二人にも、今生の別れが近づく……



野良仕事中のカイルが突然倒れると、そのまま体調を崩し床に伏す時間が増えていく。思うように快方には向かわず、体力も落ちていく一方であった。



「ほら、栄養満点のおじや出来たわよ。食べて」


「……すまんな」


ベッドの上で身を起こしたカイルは、スプーンを手に取り、一口、二口頬張ると、その手を止めた。


「……アイリス、転生魔法の事なんだが」


「今そんな話、したくない……」


「そう言うな。これを最後の転生魔法にして欲しくてな」


「そのつもりだから大丈夫。分かってるよ」


「そうか」


「私自身、転生魔法の研究中に思った事があったの…… これでダメでもまた蘇生して、やり直せばいいやって……」


「ふむ、人から色々と大切なものを奪っていくようだな」


「そう、それもミカエルが唯一認めていた人間の価値……」


「そうだな。まあこれで最後としてくれれば、それでいいんだ。ワシ考えんの嫌い」




突然、アイリスの目に涙が溢れてくる。


「お父さん…… 大好き」



「何!?」


驚いた表情を見せるカイル。


「死なないでお父さん…… 私の為にずっと側にいて……」


肩を震わせ、うつむきながら泣くアイリスを、カイルは優しく見つめている。


「やれやれ、唐突なのは私の専売特許だぞ。だが、何より嬉しい言葉だ。本当に私は最高級の人生だったのだな」


「嫌だよ、一人にしないで……」


「大丈夫。その寂しさを何倍にもして忘れさせてくれる人がいるのだから……」



アイリスはカイルの胸で泣き、カイルはその頭を優しく撫でる。親子の愛はカイルを通しアイリスの心に深く刻まれた……





そしてやってくる別れの時……


カイルは魔法陣の部屋で、リリーナの隣に伏していた。安らいだ表情でリリーナを見つめていると、かたわらに居たアイリスを呼び寄せる。


「どうしたの」


「聞いておきたかったんだ。あの世という存在があるのか……」



アイリスは何も言わない。



「……そうか、無いんだな…… それは残念だ」



「……未練」


「ん?」


「この世に未練があると、神様が天国を見せてくれないのかも…… 私には転生魔法という未練があったから」


「なるほど。生き返る可能性のある者に天国を見せるわけにはいかないか。何せ生者には秘密の場所だからな。フフ」


「ええ、きっとそうだわ」



「アイリス、頼みがあるんだ」


「うん」


「ミカエル様を、あの場所へ運んではくれないか」


「あの場所?」


「あの中庭へ、この島で最も美しい再生の地へ。あの場所でミカエル様を蘇らせてあげたい……」


「……わかったわ」


アイリスがミカエルの身体を運ぶ間、カイルはリリーナの手を握り、寄り添う様に横たわると、ゆっくりと瞳を閉じていく……


「娘よ。ミカエル様と幸せにな」


残ったわずかな力が、リリーナの手をそっと握る。


「今行くぞ…… リリーナ……」





…………


……


アイリスが部屋に戻ると、その光景を前に床に崩れ号泣する。


「おっ、お父さぁん!」


カイルとリリーナは手を握り合い、寄り添う様に優しく安らいだ表情を浮かべ眠っている……



「うぅ…… ありがとうお父さん。リリーナさん……」




アイリスはカイルとリリーナに深い、深い礼をすると、涙を拭いながら中庭へと向かった……




end。

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