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二十一世紀頼光四天王!

二十一世紀頼光四天王!~通りませんでした?

作者: 正井舞

「こんなとこで、こんなことして、補導されませんかねぇ。」

黒いジーンズ、黒いシャツに黒いパーカー。スニーカーには辛うじて赤い色が差してあるのは井原藤の衣装だ。そっちのほうが補導されかねんわ黒尽くめ、コナン君に眠らされてしまえ、と綱はぼんやりと考えた。まあ彼の背中にだって少々困る長物があるのだが。

それと最初に出会ったのは季武の母親だった。今生の卜部季武の母親として産まれたからでもあるのか、観音経を唱えて撃退している。

それから東京の各地で姿を見られていた不審者撃退を、日本屈指の名家でもある源家の名の下、源頼光が預かった次第である。

その姿は堕ちた侍のようである。乱れた髪は長く、ぎらぎらと夜闇に槍の穂先を光らせて、襦袢一枚で彷徨いているのだという。それは宛らフォークロアのように、怪談のように、広まり伝染し、伝播した。そしてその出処を探って一番最初の目撃談が季武の母親であったというから驚いた。まあ、季武の曰く、彼の霊感霊能の強さは母親譲りということなので、彼女もまた自分を見た男を不審に思っての対応であったのだろう。

そもそも、彼女が庭で月明かりを浴びてあったところへの出現で、彼女には心得があったので撃退出来ただけであり、繁華街の片隅や人通りのない公園や住宅街、様々な場所で通り魔事件が発生した時期と合致してしまう。これは源家の所縁の警察官、藤原から頼光が仕入れた情報だ。

繁華街の少し外れたその場所は、ネオンが少々下劣であるが、他人の目を気にする男女が少々のほど戸惑うと、渡辺と井原の二人を見て踵を返した。通り魔事件の続く中に無用心であるとか、もしくは完全なる不審者と見られたか、ふむと渡辺は一つ頷くと、こっち、と歩き出した。彼は兄妹揃ってお気に入りのキャラ物のシャツに黒いジャケットを羽織ってはいるが、浅葱色のボーイフレンドデニムに浅いブーツだ。

ネオンの見えない裏路地には、一軒のおでん屋が暖簾を出しているが、やはり人通りは少ない。

「あ、いい匂い。」

何の衒いも無く渡辺は暖簾に分け入り、店の店主であろう、新聞を読みながら煙草を蒸す、典型的な親父さんに笑いかけた。

「食ってくかい?」

「どうする、井原。メシ。」

一応井原の食事を邪魔した自覚はあるようで、渡辺は携帯電話を開くと、頼光への番号を繋ぐ。うん、ない、からご飯食べていい、やった、との言葉ののち、携帯電話を仕舞うと、井原のパーカーの裾をくいくいと子供のように引っ張った。なにこのひとあざってぇ!と顔に書いてある井原の顔を確認せず、渡辺は暖簾下の長椅子で、ここに座りなさい、とばかりに座面を叩く。あざとい。

「大根と竹輪麩と・・・たまごふたっつ!」

「ふたっつって言い方まじあざってぇな綱サン!おっちゃん、俺も大根と竹輪麩!蒟蒻と筋!辛子多めにちょーだい!」

「ちょーだいってのもなかなかあざといと思うぞ。」

湯飲みに頂いた白湯に口を付けながら言う渡辺に、あんたにゃ負けるわよ、と井原は思う。

「通り悪魔って・・・。」

「はい茨木、あーん!」

あぐ、と口にたまごを突っ込まれて井原は、ひふへんれひは、と喘いだ。客はいないとはいえ、店で話せる単語でない。

「うん、徳川直参のとある侍の話なんだが。」

「徳川直参ってこた、江戸っすね。」

渡辺はプラスチック製の箸でこまごまと大根を千切り、たまごをゆっくりと割る。猫舌なんだ、と視線に気付いたように振り返って笑った。

「男の姿も諸説ある。こちらの侍は白い襦袢姿であった。他にも腰の曲がった白髪の翁であったりな。季武の母親話は後者と酷似している。とある婦人が庭で煙草を嗜んでいた際、翁と目が合う。しかし家人でない、ので観音経を唱えた。すると翁は消えたという。が、近所で医師の妻がこころを病んでしまった。パターンはあるが。」

そうさな、と箸先をくちびるに持っていく。やっと舌に耐えうる温度まで下がったのか、大根をひとつまみ含んだ。幸せそうに下町のおでんを食べている。渡辺綱とは昔からこのような男であったな、と茨城童子は思い出す。武家の男であるくせ、内裏への出仕より町での生活を楽しんだ。公家に見初められ四天王と呼ばれる腕も決して驕らぬ男であった。

「どれも、落ち着いたこころで出会わなければ、狂う。」

「・・・どれも。」

「冷める前に食えよ。あ、大根もうひとつ下さい!」

はいよ、と明るく声が上がって、冷えるようになりましたねぇ、そうだなぁ、と世間話を楽しんだ。

「まあ、出会った当人の証言が取れてないからな、これはしょうがない。」

「え、最近のも!?」

「うん。無いらしいよ。麻薬とかの痕跡もない、精神科への通院歴も無い。まあ、精神科にかかったからって病んでる訳じゃないけどさ。逆に精神系の病気に自覚の無いひともいるけど。」

「あー、鬱とか気付かないで自殺って結構ありますねぇ。」

おっちゃん、出汁余分にちょうだい、おうよ筋おまけだ、と会話は尽きない。鬼と呼ばれた集団にも秩序はあり、過分に奪わず殺さなかった茨城童子を渡辺綱は知っており、竹輪麩を齧り、満足気に微笑んだ。一条には茨城童子に惚れ込んだ姫君がおり、警備の折に彼女と少しだけ話せた記憶も綱にはある。恍惚に笑んだ彼女は確かに自我はあり、ただ乙女はいつの時代も変わらず恋するものだ。

「井原ってさ、カノジョいる?」

「ぶっは!」

「きたね。」

「なんつーこと前触れもなく聞くんすか!」

「え、ただ興味あって?それに付き合う女がいたらお前も深夜に家を抜け出すことは無いだろうに、と。まあ頼光の言だが。」

「そーゆー綱サンこそ。アンタんとこで一番モテるって卜部情報、握ってますよん、俺は。」

「部活に専念したいからな、引退までは。休みの日も大抵右手に竹光、左手に鬼斬りだもん。」

「うわ、えげつね。」

抜く暇すらねーじゃん、と下世話なぼやきに剣術に鍛えられたスナップがいい音を立てた。

「あっ、頼光サマとは今生でどこまで進まれましたー?」

「叩っ斬られたいか。」

鬼斬り丸がキリキリと鍔鳴りを立て、宥めるようにその紫色の生地を渡辺は摩ってやる。くるくると翡翠の紐飾りが心地良さそうに鳴り、まるで刀という凶器でない。

「よ、りみ、つとはっ、なんか色々言われてるけどな!そう言う関係じゃ一切無い!!」

約束したし、と提灯の明かりの中で酒も入っていないのに真っ赤な渡辺は呟いた。約束とは、と井原は視線の温度が生ぬるくなった。

「頼光サマとの蜜月までは遠いっすね。」

「だからそう言う関係違う。」

「ちぇー、一瞬でいつも通りでやんの。」

けらけらと井原は笑い、たまごをそのまま齧る。そのまま食うと咽詰まんない、と渡辺は店主に冷を注文しようとして、立ち上がった。

「茨木、お前の視界に入ったか。」

「十七時方向に一人、ですかね。服装がわかんないっすわ。もうちょい近づかねーと。」

それで十分だ、と渡辺は立ち上がり、財布を出すと千円札を一枚出した。井原も倣う。立ち上がって、金を置いて、帰ってきたのが包丁の切っ先だというから背筋の凍りそうな話、店主は白眼を充血させ、半分隠れた黒目に瞳孔は開ききっており、口角から泡を垂らして、過呼吸気味になりながら、おでんの器を二つ並べたテーブルに乗り上げ、二人が直前まで座っていた椅子に包丁を躊躇いなく打ち下ろした。

「逸般人!!」

「あー、折角美味しいおでん屋さんだったのにー。」

バク転の要領で飛び退った茨城童子は上空を通過した綱の駿足に、こっちやっとけってか、と内心毒を吐く。

渡辺が対峙する男は髷を結わぬ侍の格好をしており、白い襦袢に槍を持っている。伝承通り、炎がその男の足跡には残っている。シャッター通りとはいえ火の気があれば通報でもあるだろう、もしくは野次馬根性でも疼くのが人情だ。おでん屋の主人はきっとその火を見て、更にこの男と目があったのだ。

ひゅっ、と短い呼吸音に、肩帯を解きながら丹田に力を籠める。

「綱サン避けろ!」

「いばかき!!」

抜刀とほぼ同時に背後から襲い掛かってきた男は刃毀れするほど茨城童子の爪と闘い、逸れると綱の背中だったらしい。右脚を軸に地を蹴って、そこらの包丁に負ける鬼斬り丸でない、真っ二つに折れた包丁はそのまま切れ味の悪い根元を茨城童子の怪力が折った。そのまま回転を殺さなかった渡辺はその刃が何物も通らず、思わず舌を打つ。

「逃した!」

キン!と鋭い納刀音に井原は眉が寄る。奇声を発する男の軽動脈付近を抑えてやれば、くたんと倒れこんだ。

「すまない頼光!逃した!」

刀を片手に携帯電話の液晶に照らされる頰が眩しいほど肌理細かい。あの首筋から血を貰うってのはとんでもなく美味いんだろうなぁ、と茨木童子の今生はぼんやりと考える。

「っ、茨木、沿線沿い!」

「走れってか!このひとどうします!?」

「頼光が通報した!事情知ってる連中寄越すからほっとっていいって!」

がっ、と肩に組みかかってきた腕に警戒心は無いのだろうか、タン、と足音が聞こえれば足の下には光の濁流。沿線沿いということは、とそのまま路線の屋根に、渡辺を背負って携帯電話の指示は東北、所謂鬼門に向かって三駅向こう。更に東北十丈、と言われて井原が跳躍すれば背中に渡辺はおらず、星のない夜空に慣性の法則と一瞬の重力との戦いで滞空した彼は、ずあっ、と何かの瘴気が昇ったのを知覚した。通り魔を誘発してきた通り魔者は、現代の渡辺綱に斬り捨てられて滅された。

「お晩です、井原君。」

「おーっす、卜部!ってか卜部!」

「ご協力感謝します、茨城童子。井原君は渡辺先輩への敬愛を同じくするものとしまして、同志ですからね。」

「そういう話題を真顔ですんな。」

渡辺は片手でその秀麗な美貌を隠してしまったが、ぱしん、と経文と手が打つ音で顔を上げた。

「囮ご苦労。」

「やっばあれ囮だったか、貞光。」

「腹芸のド下手な綱には暴露たらマズイかも、つったの季武な。」

「いや、いい案だと思ったよ?精神干渉の魔物というのは物理に強い。鬼門に誘い込んで、は頼光の知恵だろう?」

「いや、金時。」

「金時が頭脳戦・・・だと・・・!?」

「ちょ!」

その緊迫した伊月の声音に思いっきり噴き出したのは案の定、鬼の転生であっても年相応の姿を持つ井原であり、割りかし笑いのツボが浅い貞光に伝播し、渡辺はその切れ長の目元を瞬かせて、珍しく微笑ましげに、笑みの形に目元を細めた。

「さて、補導されない内に帰りましょうか。」

のだが、季武が容赦なく現実に引っ張り返した。流石妖怪を泣かした男と伝承されるだけはある。

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