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第一話 章の序 学苑特区 弐

 こういう時のお約束とでもいうべきか、学苑は都会から外れた、さりとて田舎と言うほど田舎でもない地方の某県の山一つを開拓して存在していた。

 表向きは秘匿されているというだけのことはあり、敷地外からの目視に対しては光学迷彩のような視覚を誤魔化す結界が張られ、さらには確固たる意思もって立ち入ろうとしなければ決して辿り着けないようにする認識阻害系の結界等が施されていた。

 またヤマトには正しく認識できていないが、学苑の敷地内には空間拡張系の術式も敷いてあり、本来の敷地面積よりも広大な敷地となっていた。

 そんな至る所に秘跡、魔法、魔術、様々な術式を、あるものは隠すように施され、あるものは堂々と晒すように施術されている学苑を前にヤマトは呆然と突っ立っていた。

 ヤマトの恰好はジャケットにジーンズとラフなもので、春に入り始めたこの時期から別段外れた服装ではないが山の中にあっては若干の肌寒さを感じるものだった。傍らにはキャリーバックが一つと肩掛け鞄があり、ヤマトの私物はそんな二つに入る程度のものが全てだ。

 さて、ヤマトがこんな場所でぼけっと突っ立ているのにはちゃんと理由がある。

 あの後、女性は宣言通りに夜になるとあらかじめ用意していたのか、必要な物資だけを魔法によって何処かへと収納し、それまで使っていた拠点をさっさと引き払った。

 大急ぎで荷造りをしたせいか若干の疲労と、何か言いたそうなヤマトを伴ってマンションを出るとある程度徒歩で移動したところで、女性は唐突に何処の言葉とも知れないような言語を、早口というには常軌を逸した速度で呟きだした。

 統合古代言語と高速奏唱による魔法行使。

 ギョッとするヤマトを、それどころか周囲の一切を気にした風もなく。


「ちょ、おい! こんな街中で魔法なんて!?」


 閑静な場所であることに加え夜ということもあり幸運にも人影がなかったとはいえ、街中で突然に高速詠唱で魔法を発動する。正気の沙汰とは思えないような暴挙にヤマトが思わず静止の声を上げるが、聞こえないとばかりに奏唱を終える。

 すると女性を中心に幾何学模様が瞬くように奔り抜けていき、そこには女性の姿はもちろん、ヤマトの姿も跡形もなく消え去っていた。。

 転移魔法によって学苑と外を隔てる結界の扉の役割を果たすのであろう巨大な門へと空間転移を慣行したのだ。


「ここで暫く待っていれば迎えがくるわ。生きていれば迎えに来るから。いずれね」


 と素っ気なく言い放った後にヤマトを放ったらかしたまま再び空間転移によって何処かへと消え去っていった。

 ところで、何度も言うように魔法とは異端の術である。教会に通報されようものならたとえ空間転移を行おうとも魔力残滓を追って容易に追跡され、教会の異端審問員か天使によって問答無用で懲罰されることになる。これは新暦になって以降、子供だって知っているような常識の一つだ。

 その為どれだけ阿呆な輩でも街中で堂々と傍目から「そう」だとわかるようなあからさまに魔法を使ったりはしない。程度の差こそあれ、少なくとも傍目からは認識できないように行使するものだ。

 しかし女性はそんなことには一切頓着しない。学苑に至るまでの転移魔法も、学苑から再び行った転移魔法にも一切の秘匿、隠蔽、阻害等の当然として行われるべき措置がなされていない。

 では、ヤマトはそのことに呆れ慄き茫然としているのか? 否である。


「――なんですの、先ほどのバカみたいな魔力反応は!?」


 門の向こう、学苑から一体全体どうしたことかというようなボリュームのある黄金色のロングヘアーの少女が慌しく駆けてくる。

 少女は突然の異常事態に困惑と焦りを隠しきれないような表情をしていたが、門の前で呆と突っ立っているヤマトを目にすると表情を一変。怒りと嘲笑を等分に混ぜたような貌で駆け足から、悠然とした歩みで下手人最有力候補へと口を開いた。


「そこの。貴方が先ほどの、隠蔽も何も考えていないような馬鹿な魔法の奏者なのかしら? たしかにここは魔法すらも学ぶことを赦された機関ですけれど、それはこの学苑の敷地内、つまりはその門の内側――こちらだけの話でしてよ。それ以外の場所での魔法演奏は如何なる理由でも異端認定。そんなこともわかっていないのかしら?」


 これでもかと見下した態度で、嘲笑を投げかける少女を前にしてもヤマトは依然として呆と突っ立ったまま動かない。

 しかし少女は構うことなくなめらかに口を動かし続ける。


「とは言え。わたくしは異端審問員や天使共みたいな他人の話を聞きもしない頭でっかちさんとは違います。何がしか已むに已まれぬ理由があると言うのなら、弁明の機会くらいは差し上げましょう」


 少女はボリューミーな金髪をふぁさっと掻き上げながら得意満面に微笑むという器用な顔で言い放った。どうやらどんなに怪しい相手にでも寛大な器を示したいタイプの人物のようだ。

 弁明の機会を与えられたらしいヤマトはそれでも無言。ただそこにいるだけとでもいうように身じろぎもしない。

 しかし少女はそんな様子のヤマトに何を勘違いしたのか、笑みを深くし自らの胸に手を当て一時的に閉ざしていた口を再び開いた。


「どうやら言葉も出ないようですわね。ふふん、そうでしょうとも。このわたくしが、誇り高き“ナイトウォーカー”の辺境伯たるヴァシリーサ・ツェツィーリア・オルロックが出てくるとは思いもしなかったでしょうから。しかし、だとしたら程度がしれましてよ? わたくしが当学苑に於ける有事の際の防衛の要たる風紀委員長の任に就いていることはちょっと調べればわかること。その程度のリサーチすら満足に行わず、しかもこんな時間に――夜に来るだなんて二流三流なんて言葉ですらぬるいあんぽんたんと誹られても文句が言えませんわよ」


 饒舌に過ぎる口上を並びたてる少女――ヴァシリーサに対し、けれどもやはりヤマトは無反応を貫く。

 

「とはいえ、幾ら残念なおつむしか持っていないようなお馬鹿さんでも見逃すわけには参りません。見たところ魔力量は大層なものですが、大方それに上長してこの学苑に侵入しようとでも考えたのでしょう。ですが! 魔力が多いことに良い気になっているようでは魔導を扱う者としては半人前未満! このわたくしが直々に魔導を扱うとは、演奏するとはどういうことなのかをその身に刻んで差し上げましょう!」


 言い終わるや否やヴァシリーサは半身になると左手を横一文字に振るう。刹那、何時から編まれていたのか不可視の魔力糸がヴァシリーサの左手親指を除いた四指から放たれる。

 魔力糸は一瞬の内にヤマトの四肢を拘束すると、そのまま中空にヤマトの身体をまるで磔刑のように固定した。

 それは瞬きをする時間よりもなお早い、ほんの僅かな瞬間の出来事だった。それだけでこの少女がどれほどの腕前か、それこそ自信に満ち満ちて長口上を並べ立て捲し立てるに足る実力か窺い知れようというものだ。

 しかし、そんな状態でもなおヤマトは身じろぎもせず、借りてきた猫をも上回るような大人しさを維持して見せた。


「……あら?」


 ここまでやってようやく、ヴァシリーサは何かおかしいようなと疑問を抱いたようだ。


 ところで、空間転移とは人間が扱うことの出来る魔法の中でも最上位の難度と複雑さ、そして魔力を必要とする魔法だ。

 連続する空間の否定。時空間への干渉。肉体と魂の解体と再構成。ぱっと挙げるだけこれだけのことを同時に行わなければならない。加えて、移動する距離が長ければ長いほどに要する魔力も“乗算”的に多くなる。

 ここまでくると人間の平均魔力では賄いきれない量であり、その時に必要な術式の演算工程は人間程度の脳で処理しきれる限界を容易く超えるものだ。

 そして、それ程までに複雑かつ難度の高い高位魔法は発動だけで周囲にある程度の影響を与える。それこそ、天使の秘跡や悪魔の使う魔法に匹敵するだけの異常を周囲にまき散らすことになる。それこそ一級の能力を持つ物が慌てふためく程に。

 加えてそんなモノに巻き込まれた場合もただで済むはずがない。何せ空間転移の際は『肉体と魂が一度解体されてから再構成』されているのだ。その時にかかる負荷が如何程のものになるかは計り知れない。それこそ、


「まぁ、気絶してらしたのね」


 表情筋が固まったまま直立不動で気を失ったとしても仕方がないのだ。

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