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第一話 章の序 学苑特区 壱

「ちょっと出張にでかけるわ」


 ことの始まりは保護者兼師匠兼同居人兼飼い主の、そんな一言だった。

 そのあまりにも混沌とした有様から、投げやり気味に教会から唯一の中立国として認定された国がある。 

 洋の東。それも極東ととまで言い表される小さな島国。その名を日本帝国。

 帝国というだけありその国の君主は皇帝であるが、政を行うものたちは貴族などでなく国民投票による議員によって行われ、君臨すれど統治せずの姿勢を保ちながら、基本的に国民は皇帝に悪感情をもたないという奇妙な国の地方都市の小さな町。の高層マンションの一室。それもワンフロア買い取った内の一室である。其処が少年と女性の現在の活動拠点だ。

 その日はこれまで行っていた実験がようやく終わり、ちょっとした休暇日としてこき使われた身体と心を休ませる日になる筈だった。ちなみに、実験を行っていたのは女性一人だけであり少年は何をしていたのかは知らない。とにかくアレコレとこき使われた、という認識しか少年にはない。

 身体を投げ出してこれでもかとダラけていたソファーから身を起こし女性へと顔を向ける。

 ノースリーブの黒いドレスを纏い、二の腕の辺りまである黒い手袋をした手に顎を乗せて古めかしいハードカバーを捲る。その姿はまるで深窓の令嬢か、そうでなければ魔女を髣髴とさせる。


「今度は何処に行くんだ?」


 とりあえず不満は後回しだ。せっかくの休暇が潰されそうだからか、憮然とした表情のまま少年はまずは女性にそう問いかける。


「ないしょ。ちなみに今回は私一人で行くから」


 場所は答えてもらえなかったが、それは別にいい。この女の秘密主義は今に始まったことではない。必要ならいずれわかるし、必要なければわからないまま終わって忘れるだけだ。だからそこはいい。


「アンタ一人って、俺はどうするんだよ!?」


 少年は憮然とした表情を崩さないまま、しかし内心の動揺を隠し切れないように声を荒げた。

 別に少年は孤独を恐れるような繊細な心の持ち主でないし、親離れができない子供でもない。なんならこの女と離れられることを喜びたいくらいだ。しかし少年が抱えるある問題がそれを許さない。


「貴方はお留守番。大丈夫よ、私がいない間、貴方一人でガンバレなんて言わないから」


 安心なさい。と少年の方を向くでもなく言い放つ。その様があまりにも普段通りで、内心の焦りを馬鹿にされたような気がして。


「……じゃあ、どうするんだ」

「貴方には学苑に居てもらうわ」

「? なんだよ、今さら学校に通えって?」

「そうね。けど、貴方が想像してるのとは違うわよ、ヤマト」


 言われ、首をかしげる少年――ヤマト。

 魔女は相変わらず目線をハードカーバーに落としたまま、けれどページを捲る指をヤマトに向けて振る。

 すると物が煩雑に詰まれたテーブルから一枚の紙がヤマトの元へとひらひらと飛んできた。そんな怪現象を微塵も気にすることなく手に取り、書かれた内容を目で追う。


「……学苑特区? おい、なんだよコレ」

「書いてある通りよ」

「その書いてあることがわかんねぇ」


 困惑するヤマトに、女性は始めて顔を上げため息を吐いた。出来の悪い子供に呆れるような仕草にヤマトは文句の一つでも言ってやろうかと思うが、この女の杜撰さはいつものことだと諦めた。


「喉が渇いたわ」

「あーハイハイ」


 言外にお茶を淹れろと言われ、嫌そうにしながらも素直に従う。

 ややあって台所からトレーにティーポットとティーカップを載せてヤマトは戻ってくる。女性の前のテーブルにトレーを置き、自分のカップにだけお茶を淹れてソファーに腰を下ろす。そんなヤマトに目をくれず礼もなく、女性もまた慣れた手つきでカップにお茶を淹れ口をつけた。


「……まずっ」

「うっせーな、じゃあ自分でやれよ!」


 やらせておいて酷い言い種だ。若干イラつきながらヤマトもまたカップに口をつけ、顔を顰めた。


「まじぃ」


『わかっていた』ことだが思わず口を吐いてしまった呟きを無視して、女性は説明を始めた。



 学苑特区。

 それは教会から中立を認定された日本帝国にのみ存在する学術機関だ。

 教会の支部を置く各国に秘蹟を学ぶ教導府があるように、そこは新暦になってから設立されたファンタジーやオカルトを学ぶ場所だ。

 とはいえ、教導府が一般に知られるのに対して、学苑はその存在そのものが一定の識者以下の者には秘匿されている。

 教導府とは天使が人間に神秘を教え、新暦以降活発化した霊障に対応できる人材を育成するという人間のための機関だ。

 しかし学苑は『学ぶ意志さえあれば種族も善悪も問わない』と謳い、それを実証するように人間以外の者達も在籍しており、教会からは異端認定され学ぶことはおろか、識ることも禁忌とされた術法も学ぶことが出来るのだ。

 それは見方を変えれば人類に害を与えかねない機関であり、事実として悪魔のばら撒いた知識の一つ、魔法は世界各地で犯罪の手段もしくは理由として用いられている。

 そんな危険な機関が、幾ら中立国とはいえ存在することを知られるわけにはいかない。

 とはいえ。完全に秘匿するのは難しく、隠し立てていざ事が発覚した際には教会からの国単位での異端認定は免れない。それこそ、どこぞの愚かな大陸のように大天使が出張ってきて国民総てを塩の柱にしたのちに国ごと沈められかねない。

 そこで学苑設立者は教会の本山へと赴き教皇と、ある大天使に学苑の設立許可を取り付けた。

「これからの世界に於いて人類とそれ以外の種の対立は免れ得ない。今はまだ小競り合い程度だが、遠からず種族間戦争になりかねないだろう。だがそれは互いが互いを正しく理解していない、不理解から起こることだ。ならばこそまずは互いを知ることが必要だ。とはいえいきなり互いを理解し合えといって、同じ場所にそれぞれを置いても意味はないだろう。だからまずは、種族を問わず同じ目的をもって共存する場所を造り、そこをテストケースにするのはどうだろうか。更に、今現在異端とされしかし世界に蔓延る邪法をも識ることが出来るようにし、邪法の異端たるを教えその正しい対処法も学べるようにしてはどうか。もちろん、暴走することが無いように監督する者を教会から派遣することを前提に。そしてついでだから其処に陣を敷き、世界各地で起こる霊障の何割かを肩代わりさせるようにしてはどうだろう。そうすることで何時か世に向けて事を成す時に、双方からの悪感情の取り除く一助とするのはどうだろう」

 とか何とか口八丁で言いくるめ、同じように日本帝国の皇帝と議員閣僚からも了解を得るに至る。


「――そうして、学苑特区は表向き秘匿され、日本帝国領内にあって治外法権となるのでした。めでたしめでたし」


 そこまで語った女性は一息吐くとカップに口をつけ、喋り続け乾いた喉を潤した。今度はその不味さに文句を言うこともなく。

 めでたしと締めたくせにそのまま続きを語りだそうとした女性をさえぎるようにヤマトは口を挟んだ。


「いや、あー、なんだ。とりあえずその学苑てのはなんなのかわかったよ。なんか詳しすぎる気がするけど、気にしても仕方ないだろうからそこも別に良い」


 それまで黙って聞いていたヤマトは最低限覚えておけば良いだろう部分のみを記憶することにし、ガリガリと頭を掻きながら解決していない問題を口にした。

 途中で腰を折られたかたちになった女性は特に機嫌を害した風もなく無言で続きを促す。


「そこさ、俺が居たら不味いよな。俺が」


 言ってみれば学苑特区とは火遊び好きが巣食う火薬庫みたいなものだ。そんな場所にヤマトを、常に爆弾を巻いて生活しているような人間を通わせようと言う。

 正気の沙汰ではない。

 狂気に走りたいというなら好きにすればいい。だがそれに付き合わされる、どころか投げ込まれる自分は堪ったものではない。十中八九どう考えてもデッドエンド以外の未来が見えない。

 そんなことは今更言うまでもないことだろうに、しかし女性は意に介した風も無く。


「ちなみに私は今夜出るわ」

「ハァ!?」

「その時ついでに貴方を学苑まで届けるから」

「おい!?」

「既に先方からは合意が得られてるから大丈夫」

「何がだ!?」

「さっさと支度なさいな。準備不足でも構わず持っていくわよ?」

「あーもー畜生このばーか! ばーか!」


 既に日が傾いている。細かい時間の指定こそしなかったが夜の帳はすぐに落ちるだろう。この女はやると言ったら必ずやる。それこそ準備不足で裸だったとしても構わず己の決定したタイムスケジュール通りに動くだろう。そこにはもう何者の意思も介在を許されない。

 長い付き合いからそれをよく理解しているヤマトは、稚拙に過ぎる罵倒の尾を引きながら急いで準備に取り掛かった。


まだ終わってないのがあるのに新作投稿してやったぜいえーい。


週一ペースで投稿できればいいよね。


11/15

誤字訂正及びちょっと改訂

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