88.二人の日々Ⅲ
コタツに入りながら甘酒を飲む。
BGMはなにもない。
こういう時に適当なものがあればいいなと思うけど、そういう方面での娯楽はなかった。
ひゅうひゅうと風の吹きわたる音ばかりが聞こえる。
動画サイトとかないし、テレビもやって無いし、ラジオはたまにしかやらない、音楽は再生機器そのものを持っていない。
テレビラジオに関しては、広告とかの必要性が低いからなのかな、とも思う。
僕らは、欲しくて要るものが偏ってる。
僕で言えば武器がそれだ。
合う合わないの違いがかなりあるから、宣伝されたところであんまり参考にはならなかった。
「あー……」
「どした」
「そういえば、鍛冶屋行かないとなぁ、ってことを思い出した……」
「まだ行ってなかったのかよ」
「すっごく申し訳なさすぎて、なかなか行けない……」
コタツ机につっぷして、鬱々とする。
前の、盛大に壊してしまった武器。あれを造って手渡してくれたときの表情を思うとなおさらだ。誇りと自信と疲労困憊に彩られていて、「ああ、本当に自慢できるいいものなんだな」ってことがそれだけわかった。
僕ら未誕英雄の持つ武器は、縁を辿って『生まれ』た先でも再び出会う。誰かに造られるんじゃなくて『発生』する。
武器が在り続ける。使用者を助け続ける。
あるいは伝説の武具として残ることがあるかもしれないし、そこから新しい物語が発生するかもしれない。永遠になるかもしれない――
そういう『可能性』を作成した誇りと自信と疲労だった。
実際、いい剣だった。
過去形で語らなきゃいけないことが、なんかもう心底申し訳ない。
「武器なんて使って壊してナンボだろ、気にしすぎだ」
「あと、お金もない……」
「そりゃ使って壊したからだろ、ちょっとは気にしろ」
「うん……」
「まあ、飲め?」
少しぬるくなったマグカップを両手で包みながら甘酒を口にする。
甘くて美味しかった。
そのまま二口三口と続けて飲む、このままだとすぐに飲み干してしまいそうだった。
少し息を吐く。甘酒の匂いがした。
なんとなくペスを見てみる。
上は無地のトレーナーで、下はジーンズだった。
完全に普段着。パーフェクトに油断してる姿だ。頬杖をつきながら、今はぱらぱらと手近な魔導書をめくってる。
骨だけの指が器用に動いてページをめくる様子は少し異様、だけど、それもすぐに慣れる。
「……そういえば、甘酒ってアルコール分あったんだっけ」
「ほんの少しな、たしか子供が飲んでも大丈夫なレベルだ」
「変に体が熱いのは、そのせいか……」
「酒に弱すぎだろ」
「まあ、強い気はしない」
「おれは、どうなんだろうなぁ」
「別に確かめる必要はないんじゃない?」
「んー、そっかあ?」
あくびをして、ペスはぐでんと机に上半身を預ける。
僕はすでにそうなってる。
コタツの魔力はすさまじい。
すさまじく人間をダメにする。
冷えていた足がぬくぬくで、体の内からもあったかいが侵略してくる。
これで眠るなって方が無理だ。
意識が明滅して、気分がふわふわしてくる。
なんとなく、ペスの手首あたりを撫でてみた、「うひゃひゃ!」と笑われた後に殴られた。
お陰で目が覚めた。
「あ、そういえば醤油と味噌取られた……」
「え、まじか、誰にだ?」
「受付の人に……」
「は?」
「ギリギリで大丈夫と思ったのに……」
「おまえ、それ輸送依頼のやつじゃねえか」
「味噌醤油が美味しすぎたのがいけない」
「我慢しとけ」
「我慢できない」
「てーか、むしろ取られて良かった」
「え、どうして?」
「材料とか調味料が良すぎると、腕の振るいがいってものがないんだよ」
「そういうものなのか」
「最高級の肉とか、誰が焼いたって美味くなるだろ?」
そのあたりの感覚は、よくわからなかった。
美味しければいいじゃないかと思うけど、料理する側からすれば違うのかもしれない。
ペスはむっつりと職人顔で腕を組んでいたけど、突然ぱっと表情を明るくしたかと思うと器用に骨の指を鳴らして「あ!」と言った。
嫌な予感が膨れ上がった。
「そういやな?」
「却下」
「米麹買うついでに、酒を少しだけ買ってみたんだけどよ? せっかくだから飲まね?」
「だから、却下」
「これがなきゃ生きていけないって奴もいれば、不味いし好んで飲むもんじゃないって奴もいる、じゃあ、おれたちは一体どうなのか!」
「僕らって、年齢で言えば成人どころかむしろマイナスだよね」
「あと酒に合うツマミとかって、いまいちピンとこないんだよな、やっぱ自分で実際に確かめてみねえとな」
「ねえ、人の話聞いてる?」
「チーズとかも買ってあるけど、やっぱちょっと一手間加えたい、ジャガイモ茹でてグラタンでも作るか」
「あ、美味しそう」
「だろ?」
「むしろそれだけでいいと思う」
「へいボス、醤油と味噌がねえけど、どこにある?」
「ごめんなさい」
上司、立場が弱い。
「おつまみとか、どんだけ作ればいいんだろうな、やっぱ塩辛い感じの方がいいのか」
「お酒よりもむしろご飯とかパンの方が……」
「湯豆腐に日本酒が通とかって聞くけど、あれって本当なのか? あ、そうだイカの塩辛とかあったな」
「なんか普通の夕食よりも大量に作ろうとしてない?」
+ + +
やる気になったペスを、僕が止められるわけがなかった。
次々に作り出されて、次々にコタツの上へと乗せられた。一見すると普通に夕ご飯な感じだ。
違うのは、見慣れない液体の入った瓶があること。
うやうやしく冷蔵庫からコタツ上へと運び、二人で立ったまま黙って見つめる。
見つめたところで変化することはなかった。
「なんかこれ……ものすごくアルコール度数が高いやつじゃなかったっけ」
蒸留酒だった。
透明だった。
45%とか書いてあるのは、なにかの冗談だと信じたい。もしくはアルコールじゃない別の成分が45%なのかもしれない。
どうみてもお酒だけど。
他に何がそんなに入ってるのかまったく見当もつかないけど……!
「これな、実を言えばアルコール消毒とか掃除用にいいかなとか思って買った……」
「僕らが消毒される!?」
「だ、大丈夫だ、本来なら普通に飲むもんだ!」
「というかこれ単品で飲むものじゃないんじゃないかな!」
「何事も挑戦だ!」
「僕ら、いきなりラスボスに挑戦しようとしてないかな……」
ただの瓶がズモモ――と変な威厳を湛えているように思えて、僕らは後ずさる。
せっかく料理があるのに、コタツに再び足を入れることができず、キッチンへ退避していた。
僕もペスも、酒とかまだ飲んだことがなかった。
これが初めてだ、いろいろと勝手が違う。完全な未知が立ちふさがっていた。
「わ、割るものとか、なにかあったっけ……?」
「……たしかオレンジあったな、あれ絞ってジュースにすればなんとか」
「うわ、勿体ない」
「おまえの『掴み』が活躍する場面だ!」
「こっそり隠れてやってたのにバレてた!?」
「ツブツブのないフレッシュなオレンジジュースとかその場で作れるはずねえだろ」
密かな楽しみだったのに……っ!
これからペスの料理に良いように利用される未来が見えた。
……考えてみれば、意外と悪い未来じゃなかった。
「よ、よし、じゃあ飲もう――!」
強敵に望む面もちで、ペスは僕の背中を両手で押していた。
お酒は生まれた後、最低飲酒年齢を上回ってから。




