83.受付の日々Ⅱ
未誕英雄と呼ばれるものたちは、この世界に長居することはない。
定期的に生まれはするものの、定期的に死ぬ――あるいは『生まれ』るからだ。
それは、人の流動であり、良いものも悪いものも押し流す作用となる。新陳代謝の激しい世界だとも言える。
これが、こと事務作業となると悪い作用となる。
短い時間、ほんの一時の腰掛けでしかない世界だというのに、延々と他者のために事務作業を行いたがる者は少ない。
仕方なしにする義務として持ち回りでその担当を行っているが、この評判も宜しくない。
戦闘を主とするものであれば、細々とした注意事項の伝達や連絡などは不得意であり、トラブルを起こしやすい。
逆にそうしたことが得意であれば、今度は戦闘力が低くなりがちだ。それは通常の作業時には露見しないが、トラブルに巻き込まれた際には問題となる。
そう、さすがに強盗を起こすような輩は淘汰されるが、半端な駄々を言う者は残る。特に見るからに実力が足りないものは、「いや、もうちょっとくらい支払いあってもいいだろ? 俺らすっげえ苦労したんだ、こんなんじゃ赤字なんだよ、わかるだろ? な?」とゴネられ、「あはは、知るかそんなことー、ほら、次の人!」と言っても退かせることができない。互助的な組織しかない未誕英雄世界では、後ろ盾となる権力すら無いのだ。
そして、いつまでも捌けなければ、後ろで並んでいた人間が心底バカにした笑みで「なに文句言ってんだ、下手打った上にゴネて金巻き上げか、いい英雄様だな、きっと生まれた後でもおんなじ強請りやんだろうなあ?」と言い出す。
こうなると、血を見ずにはいられない。
剣を抜かずにはいられないし、魔水を展開して放出せざるを得ないし、巻き込まれた人間が嬉々として参加もするし、シャットアウトするように扉が閉じて密閉され、それ以上の被害拡大を防ぐのも当然の措置――こういうことが日に一度は必ず起こるのだ。
常識的な判断力があれば近づきたいとも思えない。
火薬庫に松明を持った人が日々訪れているようなものだった。
そして、それは祓打の目の前で起きている光景でもあった。
ロッカーの開いた部分から、外の異常を眺めた。
「ふむ……」
寝苦しいながらも深く睡眠を取った後、目の前にあったのは人外魔境だった。
目覚ましにしてはいささか派手だ。
吹き飛ばされて炎に包まれていた人間が、肌を金属状に変化させ、吠えて再び立ち向かう。
Sの形をした奇妙な剣を持つものが、迫る攻撃すべてをいなし、変幻自在のフェイントを織り交ぜながら周囲を翻弄する。
ホーミングレーザーのように水流が場全員の頭部へ殺到し、残らず迎撃される――祓打のところにも来たがロッカーが遮断した。
幸いなことに言葉は通じるようだった。
また、このロッカーは思った以上に頑丈なようだ。
どのようなオカルトが働いているのかわからないが、まずは助かった。ここに居る限り、ただの観戦者でいられるだろう。
「英雄……?」
そうして、情報を収集した。
彼らのやりとりから、この世界がどのような場所なのか、彼らがどのような立場にあるのか、そして、この場所がどのようなことを目的としたものなのかを知る。
罵倒混じりであっても、いや、むしろだからこそ『彼らのプライドが何か』を知ることができた。
「なるほど」
そして、わかってしまえば今の状況は、祓打にとって許すことのできない混乱であり混沌だった。
まるでバラバラに散らばった積み木だ。誰もこれを片づけず、散らかし、省みない。
安全を約束されたロッカーを開き、外へと出た。
すぐ横を衝撃波が弾けた。
燃えさかる整理整頓好きの魂はその程度ではめげない。
姿勢を低く、できるだけ壁沿いに走り抜けた。
夜間の掃除により、家具類の位置関係は把握していた。
理由は不明ではあるものの『物品が壊れていない』ことも承知済み。
一秒か二秒、それだけ生き残り、カウンター内へと滑り込むことができれば生存率は跳ね上がる。
大立ち回りを続けるのを無視し、うずくまっている相手――先ほどまでこちら側で依頼料金の値上げを要求されていた、小型の妖精のように見える相手へと話しかける。
「文字は書けるか?」
「は……え……あんた誰……」
「文字が、書けるのかどうかを、訊いている」
一般的な人は、秩序をあまり愛さない。
前置きなしに用件を言った場合、高確率で聞き返される。
ここもそうかと若干のむなしさを覚えながら、根気よく、なぜそう問いかけたのかを説明した。
+ + +
混沌とした状態にも、波がある。
予測することはできぬ性質のものだが、わずかの間、静寂が現れる時がたしかに存在するのだ。
そこに滑り込ませるように、
「次の方、どうぞ――」
祓打は機械仕掛けのような素早さで椅子に腰かけ、背筋をのばし、静かに言った。
「次の方はそちらでしたね。こちらへ。依頼の申請でしょうか、それとも報酬受け取りでしょうか」
ベストのタイミングだった。
全員の視線が祓打に向く。
「おい」
「あなたは時間切れです。大変失礼ですが、並び直しを」
「おいおいおい? おまえさんが、どこの誰だか知らないけどなぁ?」
胸ぐらをつかみ、引き寄せる。
そこにネームプレートがあるのを、ようやく相手は見た。
ハラウチミノル ただの人間
そう書かれているのを、認める。
「報酬の支払いはいたします。並び直してください」
つい先ほどまで人外の力を振るっていた相手――だが、祓打にはそうは捉えなかった。
混雑を呼び込み、ゴネる相手、つまりは『迷惑な客』だ。
本来であれば責任者が出て、対処すべき事柄だが、この場にいないようだ。
ならば、その場の人間が適宜収めるよりほかにない。
「暴れる続きをしたいのであればどうぞ、停めはしません」
「おまえは――」
「ええ、ただの人間です、なにか問題があったでしょうか?」
「ははっ、聞いたかおい? この馬鹿、英雄じゃねえただのヨワヨワちゃんがオレらを顎で使おうってよ!」
「なにかご不満でしょうか」
「あたりまえだろ、馬鹿、オレらは英雄なの、英雄。扱うにはそれなりの奴じゃなきゃ納得できないの、わかる?」
「心からそう思っているのであれば、排除すれば宜しい」
客扱いするのを止める。
「強い者に従い、弱いものの言葉など何ひとつ訊けぬというのであれば、これを殺してしまえばいい」
「はあ? そんなこと言ってないだろうが、馬鹿か?」
「力があれば弱きが媚びへつらうと思うが間違いだと言っているのだ」
睨みつけながら言う。
力の横暴とは、混乱の源だ。
個人の勝手と横暴が、全体の秩序と平和を乱す。
決して支持を受けることのないであろう主張。
いままでの生活の中で、決して客の相手をしないよう言われ続けた祓打の対応だった。
「おいおい、オレは英雄だぜ? おまえみたいな奴らために――」
「己の勝手と都合を力で押し通すは敵対行動に他ならぬ。今更味方面をするな。敵と味方の中間に位置して相手に言うことを聞かせたがる半端者は、いかなる意味であっても信頼には値せぬ」
相手の顔が朱に染まった。
拳が握られ、振り上げられる。
祓打など、一撃で跡形もなく消し飛んでしまうだろうその攻撃力を前に。
「並び直しを」
視線鋭く、英雄に行儀の良さを要求した。




