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未誕英雄は生まれていない  作者: 伊野外
訓練
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6.実戦訓練開始について

「よし行け、ほら行け」


背中をバシバシ叩いて送り出しているのは、二回生で狼の頭部を持ってる人だった。

荷物を放り込むように次から次へと僕らを中へと移動させ、「頑張って死んでこいよー!」と笑って言う。


中には抵抗するような人もいるけど、笑ったまま掴まえ、そのまま放り込んでた。

なにをどうやっているのか、見ただけじゃまったくわからない。

まるで子供を相手にあやしているみたいなのに、気づけばとんでもない速度で横へと吹き飛ばされている。

剣を抜いて斬りかかる相手にすら、同じように笑って、同じような結果を強制した。


この二回生の人は僕やペス以上の、生粋のバトルマニアで、それだけの実力者だった。

僕らの中で、戦闘に値する者はまだいない。だからこそ、こういうことになっている。

いつか是非とも本気で斬り合ってみたいと思う。


クラスメイトが叫びながら放り込まれているのは――黒い円だった。

異なる世界との連結経路。これから行く場所は仮想の、あるいは訓練場としてのダンジョンじゃなくて、本物のそれだった。

要するに、ただ単純にモンスターが生息する地点だ。

用意された敵や問題を越えるんじゃなくて、密林の人喰い獣を狩りに行く感じだ。


もう少し上級になれば、国の陰謀やら、戦争の調整とかもやるらしいけど、今はまだ単純に力押しで解決できる問題しかない。


――どうせ英雄やるんだから、生まれるより前にやってもいいだろ?


そんな軽い思いつきから始まった実戦訓練は、訓練とは名ばかりの現実だ。

殺せば敵は死ぬし、殺されれば死ぬ。

王様の前で「おお ○○よ しんでしまうとはなさけない」なんてやり直しは起きない。

想定外は当然のように発生するだろうし、どうあがいても勝てない敵だって現れるかもしれない。


まあ、だけど、だからこそ力を試すにはもってこい。

この程度のことで後込みして諦めるなら、英雄やる価値がない。


順番の列は減っていく。

投げる。ゲートが一回閉まり、また開く。投げる、の繰り返し。

それぞれのチームはそれぞれまったく別の場所へ行く。

同じ世界ではあるらしいけど、歩いて一ヶ月とかそのレベルで離れてる。

結果、他チームとの敵対は警戒せずに済むけど、同時に手助けも期待できない。


「課題をクリアすれば戻る、それまでは戻るなよ?」


そんな言葉と共に僕ら四人もまた、二回生の人にまとめて襟首を掴まれ、ポイと投げられた。

体格は変わらないはずなんだけど、まったく抵抗する暇さえなく、気づけば真横へ滑空してた。


横薙ぎに、風景が移動する。

真横が下だと錯覚する。

牧歌的なところから、黒い境を通って別世界へ。


涼しい風吹く草原、右手方向には岩山がそびえ、洞窟がぽっかりと口を開いてる。

他の生物の姿はまるでなく、魔力の気配も感じない。

黒色の連絡経路は僕らを通した一瞬だけ開いて、すぐに閉じた。


重力の錯覚が、横から斜めとなり、地面が近づいた。


僕は不格好ながら着地して、剣を片手に周囲を警戒する。

ペスは咄嗟にマントで体をくるんで衝撃をやり過ごし、すぐさま立ち上がる。

ヤマシタさんは、生来の性能を生かして四本足で着地する。

そして、委員長が頭からつっこんだ瞬間、地面が陥没した。


「へ」

「は」


呆然としてたのは僕とペスだけ。

ヤマシタさんは「やはり……」と何もかもを諦めたような顔をしていて、委員長は「えへへ」って感じに泥だらけの顔に照れた笑顔を浮かべた。


「!」


反射的に崩れる地面を走り抜け、委員長の手を掴んだ。

ヤマシタさんは当たり前のように委員長の肩に乗った。

同じく走り寄ってるペスを、逆の手で掴もうとする――空を切った。


「あ――」


四人の中で、飛行の魔術を扱えるのはペスだけだ。

委員長のそれは呪いであって、この場面で役立つものじゃない。

だから、命綱に成りうるとしたら、骸骨で意地っ張りで喧嘩友達っぽい感じのペスしかいない。


僕らは落ち、ぺスは浮遊する。

必死な表情は刻一刻と遠くなり、重力は僕らを地面へと招き寄せ――


「!」


墜落死の予感を振り切る。

ただ手を開き、閉じ、掴んだ。


手応えがあった。

ペスの手じゃなかった。

握力の許す限りがっちりと『掴まえる』。決して離してなるものかって感じに強く。

両足と委員長がぷらぷら揺れる。


「お、おまえなああ!?」

「ごめん! 他に掴めるものがなかった!」

「だからって人の魔力掴んでんじゃねえよ! クソ痛え!」


ペスの魔力圏範囲は広い、僕は落下しながらもそれを手掛かりにした。

外から見れば、宙に浮く骸骨。数メートル離れて変な格好で手を上にのばしてる僕。その僕に掴まってるおかっぱセーラー服。クンクンと鼻を小刻みに動かし周囲を伺う猫って感じだ。


宙にあって落下してないのは、ペスの魔力を頼りに固定しているから。

痛がっているのは、前みたいに魔法陣のそれじゃなくて、ペス自身の魔力を掴んでいるから。

言ってみれば僕は余分な部分――わき腹辺りを捉えて体重を支えているようなものだった。歯を食いしばり泣きそうな顔になっているのも当然だ。さすがに申し訳ない気分になる。


「というか、ひょっとして、ペスが魔力デブってことになるのかな、これ」

「あ? なんつった? なんつった? わけのわかんねえ痛みに耐えながら必死に飛行魔術編んでるおれになんつったんだコラァ!」

「身に纏う魔力が大きくで密度も高くてすごいねって話を――」

「それがなんでデブってことになんだよ! おれ、これ以上ないくらい痩せてんだろうが!」

「そうだね、むしろ魔力マッスルでマッチョでパワフルって感じが正確だった」

「ああ、そうだな、じゃあな、楽しかったぜ」

「ゴメン! よくわかんないけど僕が悪かったから、落としてサヨナラを決定事項にしないで!」


落下した穴はけっこう深い。

真っ暗で、底までどれだけあるかわからない。

太陽の光は斜めに入って、奥底までは見通せない。


ペスは魔力によって飛行できるけど、これだけの数を抱えて浮かび上がるのは無理だった。

今はゆっくりと下降している最中だ。


「じゃあ、いいからその口閉じてろ、今必死なんだよ、まじで」

「了解」

「くっそ何だこの痛み、初体験もいいところだぞ」


ツッコミを入れたいけど黙っておく。


「おぬしも、大変なのだな……」


やけに実感のこもったヤマシタさんの言葉だった。

密かに首輪をはめようとしている誰かの行動には気づいてないみたいだった。

委員長の目は「猫には首輪をしなければ、むしろヤマシタさんは首輪をしなければならない義務があります、私の中で!」と言っているような気がしたけど気のせいだったのかもしれない。


途中、上から落石が降り注いだり、敵が弓で射掛けて来たけど、それでも自由落下よりはずいぶんマシだったと思う。


――まあ、着地した先にあったのは、毒の沼だったけど。

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