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未誕英雄は生まれていない  作者: 伊野外
遠征
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81.旅の終りについて


口を開こうとして、躊躇する。

どんな言葉を言えばいい?


一時の熱狂、ただの気の迷い――

そういう状態になっているんじゃないかと思う。だけど同時に、「戻らずこのまま旅を続ける」って選択は、とんでもなく魅力的だった。


そう、僕らは戻らなくてもいい。そんなことは強制されていない。

依頼そのものは、魔力球を届けた時点で成功扱いのようなもの。あとは、好き勝手をしてもいい。


自由であること。

僕や、僕の仲間たちが、そうであっていけない理由なんてない。


「やっぱさ」

「……あ、ん?」 


返事が遅れた。

だけど、気にせずペスは空を見上げてた。


「戻ってから食いたいのって、うどんか?」

「え……」

「おまえが持ってきたのは、もう食べ終わったろ」

「ああ、うん、そうだった」

「あんま作ったことないから、上手く行くかわからないけどいいか?」

「ごめん、なんの話?」


ペスはとても不思議なことを言われたような顔をした。

ぴしりと指でさされる。


「元の世界戻っても、あんまり金、ないんだろ」

「うん」

「腹減るだろ?」

「そりゃ、うん」

「おれが作るしかないだろ?」

「え」

「好きなもんの方がおまえだって嬉しいし、おれだって作りがいがある」

「ちょ、ちょっと――」

「作る場所はまあ、おれの家でいいよな」

「待って、待った」

「最近建て付けが悪くて夜間だとドアが開かなかったり窓が変に強化され出られないかもしれないけど、気にすんな。おれは気にしないからな!」

「ペス、落ち着こう」

「なんだ」


あぐらをかくペスはきょとんとしてる。

髪の毛は、風に吹かれてさらさら流れる。


「なんか、僕がペスの家でタダメシ食べるって話になってない……?」

「大丈夫だ、対価は貰う」

「血か、血なんだな!?」

「うどん、食いたくないのか」

「食べたい!」

「後ろに積んである醤油とか、少しくらいなら貰えるだろ」

「おお……っ」


究極だ、究極の素うどんが完成しようとしている……!


「い、いや、でも、実質ヒモみたいなことをするわけには……ッ」

「なんだよ、部下に報酬なしかよ、意外とけちだな」

「……ぶか?」


不可とかの言い間違い?


「うん」

「誰が?」

「おれが」

「誰の?」


人差し指は僕を示してた。

ぺスが、僕の、部下。

意味としてはそうなる。


しばらく待ってみた。

なーんて嘘だって、って言葉は出て来なかった。


ざあ、っと血の気が一気に引いた。冷や汗が全身から流れた。


なに言ってるんだ、そんなわけないじゃないか――

はは、またまた冗談、そんなのにひっかかるはずないよ――

僕を部下にするの言い間違いだよね? ペスって意外とうっかりだなぁ――


そういう類の返事もできない。


だって、僕を見る瞳は、まるきりそれを事実として捉え、疑ってないものだった。

ペスだけじゃくて、僕もそれを認識してるはずだっていう『当然』がある。


頬が引きつる。

旅の間の色々が、すさまじい勢いで流れた。

僕は結構な回数、血をあげた。

二度ほどペスを『掴んだ』。で、それに抵抗とかされなかった。

扶萄国から出るとき僕は命令っぽい言葉まで言い、ペスはそれに素直に従った――


「ぬ、あ……」


そう、ここしばらく、ぺスは『そういう立場として』行動をしている。


衝撃的事実に打ち抜かれた脳味噌が、過去の、銀色ロボの砲弾を回避していた場面を再生した。

普段とは違う、やけにしおらしい様子。

あんまりにも衝撃的すぎて、意識から弾きだされていたその言葉は――


 うん、わかりました、『マイマスター』


ものっすごく致命的なものだった。

そして、僕はこの言葉に対して、明確な否定をしていない……!

むしろ、返事代わりみたいに強い『掴み』を――彼女の存在そのものの把握を続けた……!


「あの、さ……」

「ん?」


ぺスは、もうその立場を完全に受け入れてるように見えた。

僕は受け入れるどころじゃなかった。だから口から出たのは――


「ペスは……このまま旅とかしてみたくない?」


ほとんど時間稼ぎみたいな質問だ。

さっきまで重要事項だった旅への欲求は、いつの間にかずいぶん順位を下げていた。


「元の世界に戻らずってことか?」

「うん」

「んー……やだ」


自称僕の部下は、あっさりきっぱり否定した。


「おれはさ、どうせなら色んなところ行きたい」

「え」

「せっかくあんな所いるんだ、どうせなら、もっと別の世界だって見たいに決まってる」

「それは――」


僕の表情を見て、ペスはむすっと不機嫌になった。


「おいおい、お前が言ったんだろうがよ」

「え、なんて?」

「折角なら、ただの旅行したいってさ、別の世界で、ごく普通に」


そんなことを、言ったかもしれない。


「それ、やろうぜ?」


にっ、と笑う。

いつものように、いつも通りの快活な笑みで。


僕の目は、自然と真ん丸になった。

真ん丸のまま、前方へと向き直る。


ごとごと馬車は進んでいた。

牧歌的な風景。魔力がない世界。色んな人がいて、色んな考えを持っていて、色々なことをしでかしている。


少し呼吸。

背後の騒がしさは、いつの間にか消えている。


「この世界だけじゃ足りない?」

「おおとも」

「ぺスってわがままで、欲張りだ」

「今更気づいたのか?」

「いや、前から知ってた」


なぜか、気が楽になっていた。

何も変わっていない――いや、違うか、僕らの思うように、僕らの関係は変えることができる。それに気づいた。


「ぺスはさ、僕の部下だって言ってるけど、隙があったら下剋上するつもりだよね」

「当たり前だろ?」

「なんて油断ならない部下なんだ」

「ふふん、首輪でもつけとくか?」

「それは委員長とヤマシタさんの趣味。僕は違う」


背後から聞こえる抗議の声は流した。

というか、やっぱり聞き耳を立てていた。


部下――ペスが僕の部下。

自分で言ってても違和感がすごいし、とんでもない。


だけど、困った、うん、本当に困った。

僕はそれを嫌がっていない。


「僕の趣味はこっち」


手を差し出す、

少し不思議そうにしてたけど、すぐにニヤリと笑い握り返して来た。握手の形。


「おれは好き勝手やるぞ」


むしろそれは僕の望みだった。

握る手の先にいるのは、僕の部下で友達で、そして尊敬する相手だ。


「少しは手加減してくれると嬉しい」

「ダメだな」


『掴む』先にある存在が、とてもよくわかる。

軽く微笑むその様子も。


「だから、ちゃんと捕まえといてくれよ?」


敵わない笑顔だった。


遠征編、終了

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