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未誕英雄は生まれていない  作者: 伊野外
遠征
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79.帰りの道について

帰り道の馬車内の雰囲気はおかしなことになっていた。

うん、半分以上僕のせいだった。


委員長はヤマシタさんを抱えて離さないようになった。

少しでも別行動になると、途端にものすごく不安そうになり、落ち着かず、暗雲を纏い始める。

というか、抱きしめていても不安そうだった。

首輪とロープと、その先につながる相手を何度も確認してた。


その委員長は、馬車内の僕からはできる限り離れていた。

ちょうど位置としては対角線位置だ。

そこから、じー、っと曰く言い難い視線を向けた。

半眼のそれは敵意というよりも、疑念とか嫉妬とかの色合いが濃かった。


「あの……」


一声でも話しかければ、全身でヤマシタさんをかばい。臨戦態勢を取り、いー! と歯を剥き出しに威嚇する。暗雲が出てないから本気ではないんだろうけど、ちょっと傷つく。


まあ、でも、大抵はヤマシタさんを構ってる時間がほとんどだ。

今もその猫耳に口を近づけ囁いていた。

会話の内容は聞こえない。

どうやら恨み言っぽいんだけど、心なしかうれしそうな雰囲気もあった。うれしそうに「酷い」とか「許しません」とか「責任を」とか「この契約書にサインを――」などの言葉の端々が聞こえる。


ヤマシタさんは眉間にしわを寄せながら耐えていた。

サインだけは断ってた。


ちなみに、僕へ妙な敵愾心というか過敏な対応は、最後辺りでどういうことが起きたのかを説明してからだった。三人とも意識がない時間があったから、主に僕が事態を説明した。

出来る限り事実通りに伝えたと思うんだけど、どういう訳かそれ以後、こんな風になっている。


「んー……」


ちなみに僕の左手は、もうちゃんと治療してある。

めり込んだ銃弾の方は、未誕世界に戻ってから治療する予定。


馬車の結界内で、どっちもペスが治療してくれた。

かなりたくさんの血が流れたし、けっこう酷い怪我だったけど、今のところ無事だった。

左手もちゃんと動かすことができる。


ぺスが治療の最中、何度も唾を飲み込んでいたのは、きっと単純におなかが減っていたからだと思う。

やけに僕の傷口をじっと見つめていたのも、きっとたまたまだ。


で、そのペスは今――


「ええと……?」

「なんだ」

「どうして妙に近いの?」


どういうことかはわからないけど、距離が近かった。

パーソナルスペース、だっけ? その範囲内にがっつり入ってる。

別にイヤな感じはしないんだけど、妙に落ち着かない。


ちなみに、もうすでにその全身に包帯は巻いてある。

くすんだ色合いの赤いのが混じってるような気もしたけど、見間違いに違いない。


「え、当然だろ?」

「当然なんだ……」

「ああ」


なにが「当然」なのかは、訊けない雰囲気だった。

なんか目が笑ってない。


「あのな……」

「なに?」

「……いや、これってやっぱり、おれが言うべきじゃないのか……」

「そこまで言ったなら気になるよ」

「……考えてみれば、おれとおまえの仲だし」


友達としての言葉ってことらしい。

ごく真面目に、僕を案じる表情で。


「おまえが同性愛者だっていうのは、別に悪いとは言わないけどな、ええと。おれとしては凄く複雑で――」

「待った!」

「なんだ?」

「僕が、なに?」

「ホモ。ゲイって言った方がいいのか?」

「ぺスに何が起きたの!? 心当たりがないにもほどがあるよ!」

「はあ?」


心底あきれたような顔には「なに言ってんだコイツ」と書かれている。

委員長も近づき、うんうんと同意に頷いた。


「そうですよホント、油断も隙もありません、あなたがそのような人だったとは思ってもみませんでした。ヤマシタさん、ダメですからね。誘惑に乗らないでください」

「話の流れが、まるで理解できぬのだが……」

「先ほど、何が起きたのか、私たちに何が起こり、どのような結末へと至ったのか、それについて情報確認をしましたよね?」

「うむ」

「話を統合すればです、このタレ目のホモは私を叩きのめし、ペスティさんを昏倒させ、敵を蹴散らしました――そう、仲間三人の内、女性のみを選択的に排除したのです。そうして、ヤマシタさんを浚って行きました……」

「待て、待った! なんか言い方が変だよ! 悪意ある要約すぎるよねそれ!?」

「ましてやです、ショタ愛を叫ぶ狐央国兵のド外道と意気投合ですよ、明らかに同好の士を見つけたぜって雰囲気でしたよ、あれ」

「違うから! ええと、僕にも上手く言えないけど、趣味は違うから! ただ一緒じゃないかって疑惑があるだけで――」


記憶の欠落、一部情報連結が阻害――上手く説明できない……!


「まったくの図星じゃないですか」

「違うんだ、本当に違うから!」

「さらには、ヤマシタさんを裸にして二人掛かりですよ、泣いて嫌がるのもかまわずでした。挙げ句の果てには一緒に死んでくれとまで言いやがりましたよこのタレ目」

「治療! ホントに治療行為としてだった! あと最後のは交渉! 性的な嗜好とかぜんぜん関係ない!」

「そこんところだけ、よくわかんなかったんだけどよ、猫ってふつう裸じゃねえの?」

「ヤマシタさんも、あの場面で頷かないでください。目の前で寝取られを見なければならないプレイは、さすがにもう嫌です」

「そのような意図では無かったと思うのだが……」


なにもかもが違うんだと叫びたかった。

でも、出来事を変な風に並べ替えたら、釈明できない証拠が出そろってる感じがしていることも確かだった。


なんで僕的最大の危機が、こんなところで発生してるんだ。泣きそうだ。


「ええとね、何から言えばいいんだ。とりあえず。河蛾はロリコン拗らせたのが悪化してショタ趣味にも行っただけだから、必ずしも――」

「む、それについては拙者もさすがに物言いたいことがある」


しゅた、と猫が真面目な顔で前足を上げた。


「え、なに」

「仕様がない部分もあったのだとは理解するが、意識がハッキリした途端、目の前に鼻血を垂らしながらハアハア荒い息の男が、訳の分からないことを喋りながら血走った目で拙者の体をまさぐっていた状態は、どうにかならなかったのだろうか」


ずさささ――! と女性二人が引いた。

表情には妙な確信がある。


「やっぱり……」

「ああ、ソイツの同類ってことは……」

「私のヤマシタさんを狙って……」

「そこ! なんか不穏な勘違いをひそひそしないで欲しいっ!」


口元を手で隠し、僕を見つめながら、隅の方でしゃべる様子は、井戸端会議でデマ発生状態だ。

このまま放っておけば事実にされてしまう……!


「なんだよもう! どうすれば誤解が解けるんだ! ペスにキスでもすればいいの!?」

「そこで、迷いなく即断でペスティさんを選ぶあたり、やはり怪しいですね」

「う、お、え……?」

「なるほど、墓穴というものはこうして掘られるものなのだな」

「ちなみにこの場合の怪しいとは、同性愛としての意味ではなくてですね――」

「説明しなくていいから! というか、やっぱり僕のことからかっていただけなんじゃないか!?」


ヤマシタさんと委員長は、そろって頷いた。

ドヤぁ……って効果音が見えた気がした。

さっきこそこそ話していたことの一部は、実はコレだったらしい。

というか今までの全部意趣返しというか、変になった雰囲気取っ払うためのものだったのかな、ひょっとして……


ペスだけが「え、そうなのか?」と、キョトンとしていた。


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