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未誕英雄は生まれていない  作者: 伊野外
遠征
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75.中央突破についてⅡ

哀切な声が響く。

それは恋人や友達というより、兄や親などの肉親を亡くした者の叫びだった。


巨腕を振り上げる動きは、その感情に反比例して遅かった。巨体の分だけ動作が遅れた。

銃の方は即座に発射された、だけど、足場にしているところからも生えているそれらが当たることは決してなかった。


僕はヤマシタさんを運んでいる。彼を助けるための行動をしている、それを続ける限り、この程度の攻撃は掠りもしない。

ヤマシタさんが委員長の側にありながらも生存していたのは、伊達でもなければ偶然でもない。それだけ『幸運』だからだ。


銃は効かず、動きは鈍い――準備を行うのには十分すぎるほどの間だ。

僕は存分に『掴み』、分厚い防御を突破できるだけの概念を把握し、それらを刀身へと流した。


標的を睨みつける。

向こうもまた僕を睨んでいた。

怒りと復讐に目を曇らせながら。僕だけ注目し、僕だけを殺そうとし、効かぬ攻撃を続けるものたちは完全に無視した。

それは、とんでもなく愚かな判断だ。


僕は不安定な巨体を足場とし、左手に猫を抱えたままだ。右手の剣は限界値を示すように赤色の小雷が幾重にも弾ける。


眼前には壁、とても人型の一部とは思えない。

ネズミが人に取り付けば見えるだろう景色だ。


そうして掴む――空間を、穿孔を、灼熱を、物理を、破壊を。

多くは左手で手榴弾の爆発を体感したときに得たものだ。

そう、十の概念を一度に掴む必要はなかった。五個を強く把握した方が有益だ。

必要なのは万能の破壊じゃない、状況の突破であり、そのための機能構築だ。


敵の腕を弾いた動きからそのまま滑るように進み、全身を可動させ、抉り込むように突き入れる――

手に感触は返らず、気づけば柄まで刀身は入り込んでいた。


個人技としては上等。

鉄塊を貫き通す一撃だ。


「その程度か貴様ッ!」


だけど、それで敵の機能は削がれない。

自滅も構わないような攻撃が送り込まれる。運不運も関係なく僕は握りつぶされることになる。


「もちろん違う」


解除、『掴み直した』。

爆炎、衝撃、破壊、熱鉄、自壊。

左手で味わい今も僕を苛むそれを、右手で再現。


剣が、起爆した。


内側にもぐり込んだ状態での爆発は、通常以上の破壊力となる。

聖銀とやらの耐魔能力もこうなれば関係ない。


ヤマシタさんはできるだけ遠くの位置にしてあるけど、僕には熱風が吹き抜けた。

めり込む剣が赤く膨れ上がる様を見届ける。


ぼろぼろの鉄屑となって剣は崩れる、不運の根本みたいなものを叩いた直後にこの仕打ちだ、よくもってくれたと思う。

感謝と哀悼を捧げる時間は、だけど、今はない。


破壊の威力そのものは、それほど大したものじゃなかった。

人間の体に爆竹を埋め込み発火させたようなもの。生身なら致命的だが、機械となればそうでもない。

せいぜい、強く胸元を押したくらいの被害。


僕は反発で宙へと投げ出され、ロボは上半身を反らした。


「小癪な手妻を――ッ!」


崩れたバランスも、すぐに立て直そうとする。

吹き飛ばされた僕を睨みつけ、


「……ッ!?」


言葉もなく『それ』を見た。


僕のさらに上方、千載一遇のチャンスを逃さず、いままでのストレスすべてを解放すべく急速落下しているペスの笑みと――怨霊兵と怨霊達とアルフの姿だった。

数にして十を越え、百を越え、千を越えるほどの数の『人間』が、両足に魔力を纏わせ跳び蹴りの格好で落下した。


魔力源は僕が放り投げた魔力球で、それを変換したのはペスで、指揮を取ったのはアルフだった。

障壁を飛び越えて、魔法陣をくぐり抜け、そのまま両足揃えて落下する簡単なお仕事。


そうして怨霊達は、魔弾と化して降り注ぐ。


「ふざ――ッッ!」


豪雨なんてレベルじゃなかった。

土砂崩れでもまだ甘い。

一クラス四十人と仮定して、二十五クラス分の人たちがほぼ同時に降ってきたようなもの。

怨霊であるからこそ可能な飽和攻撃だった、生身でやれば衝突事故が多発した。


いかに強力な防御力を持っていても多勢に無勢。

千人に乗ってもどころか、跳び蹴り食らった状態だ。地面へ背中から落ち、さらに魔力付きの跳び蹴りを食らい続ける。


「ざっまあみろっ!」


その中でも一際巨大な一撃を加えたペスは、反発を利用して落下途中の僕らをキャッチ、中指を立てて、歯を全開にして笑った。


その顎を僕の拳は打ち抜いた。


「あ……?」


密着体勢から顎だけを狙った攻撃は難しいけど、上手く行った。


再び落下。

今度は右手にペスを抱える。

そのままだとバラバラになりかねないから、きちんと『掴む』。


ペスが軽いのは、こういう時とても助かる。

あとは再び、抱えたままで走るだけだ。


「て、め……」


千人以上の魔力蹴りを食らっても、まだロボは機能を停止していない。

それこそ河蛾が戦場に来ることを認めたほどのものだ。生半可な防御力じゃなかったし、その継戦能力も並じゃなかった。


銀の機械はいくらか形をゆがませながらも、


「悪しきものがどれほどの数の徒党を組もうと効くものかっ!」


再び立ち上がろうとする。


怨霊たちはその動きに巻き込まれて消し飛んでいる。

叫びがいくつも上がった。

残った者も被害にあった者も解放者に――ペスに助けを求めた。


「ペスはおまえらなんかにやらない」


知ったことか。


「僕の仲間だ、おまえたちの主じゃない――!」


このままだときっと、ペスは彼らを導く立場に落ち着く。

最後まで責任を取ろうとする。


それを僕は認めない。

この世界に奪われることを僕は拒否する。


走る、ただ走り続ける。時間は本当にもうまるで残されていない。

両手に花じゃなくて、両手に意識不明者をかかえながら、尖塔へ向けて一直線に。


「む――」


ヤマシタさんが、朦朧としながら意識を取り戻し。


「う……」


ペスが頭を振りながら、覚醒しようとしていた。


「河蛾の――我が身内の仇だ、その罪、是が非でも購ってもらうッ!」


そして、背後の殺意は膨れ上がり、確実な殺傷を行うべく準備する。


「あ、あのう殿下? ワタクシ、きちんと生きているのですが……?」

「なにいッ!?」


満身創痍ながらもその姿を認め、驚きの声を上げた。

でも、直前までの発射をキャンセルできるほどの間はなかった。


胸中央から生えた銃身、そこからヤマシタさんを大怪我させたものが再び発射された。

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